カストリ雑誌
カストリ雑誌︵カストリざっし︶は、太平洋戦争終結直後の日本で、出版自由化︵ただし検閲あり、詳細は下段参照︶を機に多数発行された大衆向け娯楽雑誌を指す。
これらは粗悪な用紙に印刷された安価な雑誌で、内容は安直で興味本位なものが多く、エロ︵性・性風俗︶・グロ︵猟奇・犯罪︶で特徴付けられる。具体的には、赤線などの色街探訪記事、猟奇事件記事、性生活告白記事、ポルノ小説などのほか、性的興奮を煽る女性の写真や挿絵が掲載された。
戦前の言論弾圧で消滅したエログロナンセンス︵1929年 - 1936年︶を引き継ぐ面もあり、戦後のサブカルチャーに与えた影響も大きい。
語源[編集]
語源には複数の説がある。 (一)こうした娯楽雑誌の多くが粗悪で、大抵3号で休廃刊︵=3号雑誌︶したことから、﹁3合飲むと悪酔いして潰れる﹂といわれたカストリ酒︵粗悪な酒︶にかけた名称である[1]。カストリ酒とは、本来、清酒醸造の副産物である酒粕から蒸留して製造する﹁粕取り焼酎﹂から出た呼び方であるが、当時は粗悪な密造酒をこう呼んだ。密造酒の中には工業用アルコールを混ぜたものが出回り、それを飲んだ者が失明・死亡する事件も多発したという。 (二)仙花紙︵屑紙を漉き返した質の悪い紙︶で作られていたことから﹁紙のカスをとって作られた→カス・トリ﹂雑誌。検閲[編集]
出版自由化と言っても、実態はGHQによりプレスコードに従い検閲が行われていた。カストリ雑誌に対して行われた検閲の記録は米国メリーランド大学のプランゲ文庫に保管されている。用紙[編集]
当時は物価統制令下であり、物資不足であったため、印刷用紙は当局に申請し配給してもらわなければならなかった。しかし、この種の娯楽用出版物は用紙の確保ができず、統制外の仙花紙を用いることになった。仙花紙は古紙などを漉き直した再生紙の一種であって紙質は悪く、劣化しやすい。 裏の印刷が表にも透けてしまう有様であった[2]。 現存しているものは保存状態が劣悪であることが多いが、古書店で購入するなどして収集・研究の対象とする人もいる[1]。 ちなみに同音の﹁泉貨紙﹂とは別のもの。泉貨紙は高級和紙である。 対極的な存在に1946年︵昭和21年︶に日本語版が創刊された﹃リーダーズ・ダイジェスト﹄の存在がある。こちらはアメリカから輸入された紙を使用しており、高級さを感じさせるものがあった[3]。主な雑誌と内容[編集]
カストリ雑誌のブームは1946︵昭和21︶ - 1949年︵昭和24年︶頃と言われる。昭和初期に刊行されていたエロ・グロ雑誌﹃グロテスク﹄︵1928 - 1931年、梅原北明︶などのスタイルを継承している面がある。復員が進んだ1949年頃には凄惨な戦争体験の手記も掲載されるようになった。著名な文化人といえども生活苦だった当時は、カストリ雑誌に小説・挿絵を寄せていた。作家では永井荷風、江戸川乱歩、菊池寛、谷崎潤一郎、林芙美子、有馬頼義らがいる。画家の東郷青児は﹃女性﹄の表紙を描いた[1]。
●﹃赤と黒﹄︵1946年9月創刊︶[4]。創刊号に女性のヌードを掲載して話題を呼んだ。後に﹃人間復興﹄[5]。
●﹃猟奇﹄︵1946年10月 - 1947年︶は、第2号に﹁H大佐夫人﹂を掲載し、1947年︵昭和22年︶にわいせつ物頒布罪で戦後第一号といわれる摘発を受けた。
●今日よく知られる﹃りべらる﹄︵創刊号は1945年12月発売の1946年1月号。1953年3月まで刊行[6]︶は20万部を売り上げ、これに触発されて雑誌創刊が相次いだといわれる。数年続いたため、語源︵3号でつぶれる︶からすればカストリ雑誌とは言えないが、戦後まもなく創刊され、当時の世相をよく表しているため、カストリ雑誌と同様のものとして論じることが多い。後にSM雑誌に転向した﹃奇譚クラブ﹄︵1947 - 1975年︶、﹃夫婦生活﹄︵1949 - 1955年︶、吉行淳之介が編集者を務めていた﹃別冊モダン日本﹄︵1950 - 1951年︶なども同様である。
●さらに後の﹃あまとりあ﹄︵1951 - 1955年︶、﹃裏窓﹄︵1956 - 1965年︶なども、その内容から代表的なカストリ雑誌の系譜と言われている。
●﹃千一夜﹄﹃ロマンス﹄﹃犯罪読物﹄﹃だんらん﹄など。
脚注[編集]
(一)^ abc西潟浩平﹁めくるめくカストリ雑誌◇敗戦の傷抱え人々はどう生きたか 大衆娯楽雑誌に見る◇﹂﹃日本経済新聞﹄朝刊2018年7月30日︵文化面︶2018年9月7日閲覧
(二)^ 世相風俗観察会﹃増補新版 現代世相風俗史年表 昭和20年︵1945︶-平成20年︵2008︶﹄河出書房新社、2003年11月7日、14頁。ISBN 9784309225043。
(三)^ ﹃増補新版 現代世相風俗史年表 昭和20年︵1945︶-平成20年︵2008︶﹄p.16
(四)^ 三島由紀夫﹃仮面の告白﹄という表象をめぐって[リンク切れ]武内佳代、お茶の水大学 F-GENSジャーナル、2007-09
(五)^ 斎藤精一﹁カストリ雑誌﹂﹃大衆文化事典﹄︵弘文堂、1991年、pp.142-143︶
(六)^ 松尾秀夫﹁“りべらる”始末記﹂﹃グラフィックカラー昭和史 第12巻 大衆と文化︵戦後︶﹄︵研秀出版、1984年、p.160︶
参考文献[編集]
- 終戦直後の「カストリ雑誌」の総合的研究:平成17年度プロジェクト研究および平成18年度プロジェクト研究(大阪芸術大学・山縣煕他)
- 長谷川卓也『《カストリ文化》考』(三一書房、1969年)
- 山岡明『カストリ雑誌にみる戦後史 - 戦後青春のある軌跡』(オリオン出版社、1970年)
- 山本明『カストリ雑誌研究 - シンボルにみる風俗史』(出版ニュース社、1976年)
- 渡辺豪『戦後のあだ花 カストリ雑誌』(三才ブックス、2019年)