鳥のミルク
表示
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/ec/Ptasie_mleczko_2007_by_RaBoe_02.jpg/220px-Ptasie_mleczko_2007_by_RaBoe_02.jpg)
鳥のミルク︵とりのミルク、ポーランド語‥Ptasie Mleczko、ロシア語‥птичье молоко、ウクライナ語‥ птaшине молоко︶は、マシュマロ、メレンゲ、ミルクスフレなどをソフトチョコレートでコーティングした菓子[3]。
![](//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7d/%D0%9A%D0%BE%D0%BD%D1%84%D0%B5%D1%82%D1%8B_%D0%9F%D1%80%D0%B8%D0%BC%D0%BE%D1%80%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B5_%D0%BD%D0%B0%D1%87%D0%B8%D0%BD%D0%BA%D0%B0.jpg/220px-%D0%9A%D0%BE%D0%BD%D1%84%D0%B5%D1%82%D1%8B_%D0%9F%D1%80%D0%B8%D0%BC%D0%BE%D1%80%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B5_%D0%BD%D0%B0%D1%87%D0%B8%D0%BD%D0%BA%D0%B0.jpg)
プリモールスキー・カンヂーチェル販売版﹁鳥のミルク﹂である﹁プリ モルスキエ﹂
ソ連崩壊後、キャンディ版については﹁鳥のミルク﹂商標登録にいち早く着手した同業他社︵前述の﹁クラースヌィー・アクチャーブリ﹂と同グループ経営の︶﹁ロット・フロント﹂︵ロシア語表記﹁Открытоеакционерноеобщество "РотФронт"、ОАО "ОАОотФронт"﹂、本社‥モスクワ、ロット・フロント販売版﹁鳥のミルク﹂公式HP︵ロシア語︶︶のみが名称使用権を独占し、前述のプリモールスキー・カンヂーチェル販売版では﹁プリモルスキエ﹂と名乗って販売が続けられている。
ケーキ版およびキャンディー版共に、多彩な販売メーカーによりロシア中のスーパーマーケットや菓子専門店で購入出来る。
歴史と種類[編集]
ポーランド[編集]
1930年代にポーランドのチョコレート菓子メーカーであるヴェーデル社︵現‥ロッテヴェデル︶が﹁鳥のミルク︵Ptasie Mleczko(プターシェ・ムレチュコ)︶﹂を発明し、販売を開始した。これはココナッツ、バニラ、生クリーム、レモンなどを混ぜたマシュマロをミルクチョコレートでコーティングした菓子[3]。 比較的安価な普及品のタイプは子供のおやつとしても定着しているが、ポーランドには日本と似た﹁贈答﹂の文化があって国民は頻繁に贈り物をやり取りするため、﹁鳥のミルク﹂の高級版の詰め合わせは日本のまんじゅう・最中・羊羹などと同様、ちょっとしたお茶菓子の無難な贈答品として特に人気がある。 ドイツでも、このヴェーデルの﹁鳥のミルク﹂は﹁フォーゲルミルヒ︵ドイツ語‥Vogelmilch、"鳥のミルク"のドイツ語への直訳︶﹂として第二次世界大戦の前から知られている。 ポーランドで﹁鳥のミルク﹂はこのロッテヴェデルのものだけが名乗ることができ、他の菓子メーカーはポーランドでは同様の菓子に別の名前︵﹁アルプスのミルク﹂など︶をつけている。ロシア[編集]
ロシアではウラジオストク製菓工場︵現プリモールスキー・カンヂーチェル︵沿海地方製菓︶。創業は1906年︵後に国有化︶︶に勤務していた菓子職人アンナ・チュルコワを中心とした部署が1967年に考案・製造したとされるキャンディーのタイプを指す。寒天もレシピに用いる等、若干ポーランド版と異なる︵生菓子要素が増えた為、日持ちもしなくなっている︶。ほどなくソ連の代表的な菓子の一つとして知られる様になった同菓子によりアンナ・チュルコワは功績を認められ、社会労働英雄やレーニン勲章を受勲された。解説HP 当時のロシアでは知的財産関連の法律が無かったため、このレシピは1975年のクラースヌィー・アクチャーブリ︵ロシア語表記﹁красный октябрь﹂。﹁赤い10月﹂のロシア語訳。ロシア語版Wikipedia︶社製造・販売版など国内随所で模倣され広まる。 1978年に当時のソビエト連邦の首都モスクワのプラガ︵チェコのプラハの意味︶・レストランで、同名のケーキもできた。ケーキのほうはスフレを仕込んだスポンジケーキにチョコレートグレーズをかけたもの。こちらのレシピも前述の事情により、モスクヴァ︵モスクワ︶・レストラン、ブダペシュト︵ハンガリーのブダペストの意味︶・レストラン、ウクライナ・レストランなどといったモスクワ中の他のレストランに模倣伝搬していった。1980年代、﹁鳥のミルク﹂ケーキ版専用工場がモスクワ市南部のチェリョムーシュキ地区に建設された。ケーキ版は1982年に製法登録された。ケーキ版﹁鳥のミルク﹂解説HP1、同解説HP2![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7d/%D0%9A%D0%BE%D0%BD%D1%84%D0%B5%D1%82%D1%8B_%D0%9F%D1%80%D0%B8%D0%BC%D0%BE%D1%80%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B5_%D0%BD%D0%B0%D1%87%D0%B8%D0%BD%D0%BA%D0%B0.jpg/220px-%D0%9A%D0%BE%D0%BD%D1%84%D0%B5%D1%82%D1%8B_%D0%9F%D1%80%D0%B8%D0%BC%D0%BE%D1%80%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B5_%D0%BD%D0%B0%D1%87%D0%B8%D0%BD%D0%BA%D0%B0.jpg)
その他の国[編集]
モルドバでは、ルーマニア語のラプテ・デ・パサーレ︵lapte de pasăre︶として知られ、ブクリア・キャンディー工場で製造が始まった、ロシアのキャンディー版と似た菓子を指す。なお同名のデザートがルーマニアにあるが、こちらはクレーム・アングレーズにメレンゲを浮かべたもので、フランスでイル・フロッタント︵île flottante、浮き島︶と呼ばれるものと同じである。このメレンゲとクレーム・アングレーズのデザートを鳥のミルクと呼ぶ例は他にもハンガリーのマダールテイ︵madártej︶やオーストリアのカナリミルヒ︵Kanarimilch、カナリアのミルク︶がある。語源[編集]
﹁鳥のミルク﹂の語源は、美しいお姫様が彼女の求婚者の情熱と機知を試すため、まだ見たことのないぜいたく品である[4]﹁鳥のミルク﹂を取ってきなさいと言って彼を荒野に送った、というスラヴ人の古い民話にある[3]。つまり﹁鳥のミルク﹂は英語で言う﹁アンオブタニウム﹂の類である[5]。﹁この世にないほど美味しいお菓子﹂の含意がある[6]。参考文献[編集]
●A Russian Fairy Tale Cake: Story and recipe on Russia Beyond the Headlines, 25 October 2007. ●下田立行﹁ギリシア喜劇断片(5)﹂﹃人文科学論集. 文化コミュニケーション学科編﹄第36号、信州大学人文学部、2002年、155-173頁、hdl:10091/11615、ISSN 13422790、NAID 110000576287、OCLC 5176245763、国立国会図書館書誌ID:6211690、2023年4月15日閲覧。 ●村尾信尚﹁聖書の植物︵15︶鳩の糞﹂﹃チャペル週報﹄第23号、関西学院大学、2006年、4頁、hdl:10236/3137、NAID 120003798771、OCLC 1127459348、国立国会図書館書誌ID:4920000000052010、2023年4月15日閲覧。 ●ヤキメンコ, レギーナ (2017年). 2.4.1.1920-1940年代‥ 様々な社会層に適する食料品の多種多様性. 1920-1940年代の満洲におけるロシア人と日本人の﹁満洲経験﹂に関する思い出 : 1920-1940年代の満洲において居住したロシア人と日本人の回想記の比較研究 (博士(言語文化学) , 甲第19197号). 大阪大学. pp. 105–106. doi:10.18910/67062. NAID 500001045129. OCLC 1031082289. NDLJP:10994040. 2023年4月15日閲覧。 ●加藤栄一、光井明日香、菅井健太、ミソチコ・グリゴリー、サブリナ・エレオノーラ﹃日本人が知りたいロシア人の当たり前 : ロシア語リーディング﹄三修社、2019年、21頁。ISBN 9784384058963。 NCID BB29067514。OCLC 1241121017。国立国会図書館書誌ID:029939794。2023年4月15日閲覧。 ●水野友有﹁齋藤慈子・平石界・久世濃子 編/監修者・長谷川眞理子﹃正解は一つじゃない 子育てする動物たち﹄一般財団法人 東京大学出版会 2019年10月刊 2600円︵別税︶︵337ページ︶﹂﹃霊長類研究﹄第36巻第2号、日本霊長類学会、2020年、80-81頁、doi:10.2354/psj.36.018、ISSN 18802117、NAID 130007959208、OCLC 9660476575、国立国会図書館書誌ID:110978979780457、2023年4月15日閲覧。 ●地球の歩き方編集室﹃地球の歩き方 W25﹄地球の歩き方︿旅の図鑑シリーズ﹀、2022年、85頁。ISBN 9784058019184。 NCID BD00449127。OCLC 1358655472。国立国会図書館書誌ID:032528349。2023年4月15日閲覧。脚注[編集]
- ^ 村尾信尚 2006, p. 4.
- ^ 水野友有 2020, p. 80.
- ^ a b c 地球の歩き方編集室 2022, p. 85.
- ^ 下田立行 2002, p. 163.
- ^ ヤキメンコ, レギーナ 2017, p. 105.
- ^ 加藤栄一 et al. 2019, p. 21.