ブックマーク / littleboy.hatenablog.com (3)
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﹁自分の過去をテレビで喋ることはほとんどない﹂というなだぎ武。4月1日に放送された﹁草野☆キッド﹂では﹁テレビで話すことは初﹂という話を﹁丸裸になるつもり﹂で、自分の過去を語っていた。 学生時代は、クラスの人気者とは、正反対の人間だったという彼は﹁あまり友達を作らず、自分が好きなものがあると、もうそこだけに依存してしまうようなそういう子どもだった﹂。 自宅ではいわゆる﹁引きこもり﹂状態だった。 僕が引きこもってずっと好きなテレビを見てたりとか、好きな音楽を聴いてたり、漫画を読んでたりしてたんですけど、それをしているうちにホントに人と喋れなくなって。 そういう時期は、親から声を掛けられることすら億劫になってしまうんですよ。 要するに自分の部屋の扉の前にお食事を置いていただいて、それを親がいなくなると、さっと取って食べて、終わったらそれをさっと出しておくという。 僕がそういう生活をしていたら
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完全に記事にするタイミングを逃してしまったけど、もうだいぶ前に復刊された﹁splash!! ﹂*1では、﹁ぼくたちのスタンダード﹂と題した特集で、甲本ヒロト、水道橋博士、大根仁、山下敦弘、長嶋有、タナカカツキといった各ジャンルを代表する面々が、自分にとってのスタンダードを語っている。そのインタビューはそれぞれ金言だらけなのだけど、特に甲本ヒロトの言葉は、一人でも多くの人に読んでもらいたいので、今更ながら紹介したい。 甲本ヒロトは﹁受け手﹂としての自分の立場を隠さない。 日々やりたいことをやってるよ。ただ、レコードは毎日朝から晩まで聴いてます。僕が音楽が好きっていうのは、まずは聴くのが好きなんだ。 ︵略︶ ずっとステレオセットの前にいます。ときどきライブやります︵笑︶。ときどきレコーディングもするし、ときどき曲も作ります。でも、僕は﹁何の人?﹂って聞かれたら、﹁レコード聴く人﹂って答えます。
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タモリがデビュー前、赤塚不二夫宅に居候をしていたことは有名な話だけど、こちらに書かれているように、﹁笑っていいとも!﹂でもその秘訣を明かしている。 ﹁卑屈になるな﹂ ﹁こいつはもしかしたらすごい奴なのかもしれないと家の人に思わせる﹂ これを実践し、タモさんは、赤塚から小遣いとして月20万をもらいながら、我が家のように生活していた。 スカパーのテレ朝チャンネルの﹁徹子の部屋classic﹂で、1981年に放送された赤塚不二夫がゲストの回で、当時のタモリとの生活について語っていた。 徹子 ﹁タモリさんにアナタ、おうちを乗っ取られてたじゃない?﹂ 赤塚 ﹁1年ぐらい(笑)﹂ 徹子 ﹁アナタ(が逆に)、こそこそ居候のように。スタジオの隅で寝たりして﹂ 赤塚 ﹁僕は仕事場で寝てたりしてね。自分の洋服取りに行くときにね、電話かけたりしてね。﹃今からいってもいいでしょうか?﹄なんていってね(笑)。それで
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