記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。 クリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET テネット』(以下TENET)を観ました。ノーラン監督はこれまで『メメント』や『インセプション』、『インターステラー』で時系列の入れ替えや時間の拡張や超越を描いており、いわば時間をテーマとした映画のエキスパートです。 今作『TENET』も時間を扱う作品な訳ですが、今作ではこれまでの映画に無かった【時間の逆行】が描かれています。それもただ逆行するのではなく、順行する時間と複雑に絡み合う為、今作は非常に革新的であると同時に物凄く難解な作りとなっています。 この映画においては「無知は武器」とされ、主人公も殆ど何も分からないままミッションに参加しており(その点はダンケルクと重なります)、観客にも情報が与えられないまま瞬く間に物語が進んでいく
【注意】このインタビューは、漫画『ゴールデンカムイ』の完全なネタバレを含みます。ご了承いただける方はお読みください。 全力で駆け抜けた週刊連載を終えて… ――約8年間にわたる連載お疲れ様でした。最終回に呼応するように単行本も既刊全巻に大重版がかかり、最終巻の初版部数も急遽10万部増刷。累計部数も2300万部を超えたと伺っております。最終巻も発売されたことで『ゴールデンカムイ』の漫画に関するお仕事は、ひとまず終わられたと伺いました。ぜひ、今のお気持ちをお聞かせください。 今、おっしゃっていただいたことを伺って、多くの読者の皆さんが、この作品を肯定してくれているのが伝わってきました。 最新話を含む全話無料公開とか、最終回へのカウントダウンとか、実写化の告知とか、ゴールデンカムイ展とか、本当に全ての情報戦といいますか、担当(ヤングジャンプ編集主任・大熊八甲)さんとの作戦が上手くハマった感じも大き
現在キン肉マン周りを騒がせている一連の騒動は非常にわかりづらいため一度整理させていただきたい。 今のキン肉マンは2011年から週プレNEWSというWEBサイトで「ネット連載」だけを続けていた。 紙の雑誌では一切連載されておらず、ネット連載のみの状態で9年間連載を続け「キン肉マンは今が一番面白い」と言われるほどの盛り上がりを見せた。 そして盛り上がりが繁栄されたのかキン肉マンは2020年8月より雑誌「週刊プレイボーイ」に紙の雑誌連載として復活する運びになった。 これにより「午前0時には公式HPで無料で読めるが 紙で読みたければプレイボーイを買う」という選択肢が生まれる つまり8月に雑誌に復活するまではキン肉マンファンが(単行本待ち組以外は)全員WEB連載を追いかけていたということをまず覚えておいてほしい。 そして雑誌復活以後、作者であるゆでたまご先生による「スクリーンショットが目に余る」とい
ウマ娘に関しては馬の名前もディープインパクト位しか知らないので意識してなかったんですが、トレンドで「ハルウララ」の名前を思い出した途端 「ヤバイ、好きになってしまうかもしれん」という危機管理センサーが反応したので触れない事にします (同じ事がニジガクの天王寺を知った時にも起きた) — ストーム叉焼 (@roastpork193) February 24, 2021 ゲームを遊ばない理由には二つあって 「単に興味がない」からと 「直感が『これ遊んだら身を滅ぼす』と言ってる」という危機回避があり、 ウマはついさっき後者になった — ストーム叉焼 (@roastpork193) February 24, 2021 こんな事言ってたのに。 「好きになり過ぎそうだから新しいコンテンツを始めたくない」 というジジイそのものの感性が垣間見えるが、そもそも競馬に全く興味のない俺がウマ娘に興味を持ってしまっ
僕は基本的に駄作をいじって笑う、とか、失敗作をみんなでボコボコに叩くというノリがあんまり好きではない。創作なんて基本的に嘘っぱちなんで、ぶっ壊そうと思えばどんな名作だってグチャグチャに批判できるわけである。誰かが必死に書いて震える手で差し出したラブレターを目の前でビリビリと破けば、そりゃ確かに告白してきた相手よりは優位に立って見下すことができるだろうけど、基本的には僕は誰かに向けて下手くそなラブレターを書いて恥をかく側にいたいと思っている人間である。その方が人生が楽しそうだし。 だからこの『ドラゴンクエスト ユアストーリー』が2019年8月2日に封切られるやいなやあらゆる人からボロクソに言われているのを見て「ああまたか」と思ったし、「もしかしたらCGクオリティが低かったり、原作のゲームとは違うラストだったりして不評なのかな、でもそういう中でも作り手の意図とか思いが読み落とされていたりするか
もちろんのようにネタバレを含むので、注意してほしい。 見終わった感想は、「本当に終わった」だった。 すごく丁寧に「伝える」ことに真摯に向き合っていると感じた。 それは描いていることだけではなく、描かれなかったことも含めて。 これまでのあらすじきちんと振り返り部分がある丁寧さが、この映画を象徴しているといっても良い部分。 復習して来いよ、ではなく、劇場でこれまでを振り返る。その丁寧さが全編にわたってある。 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 EVANGELION:1.0 YOU ARE (NOT) ALONE.ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 EVANGELION:2.0 YOU CAN (NOT) ADVANCE.ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q EVANGELION:3.0 YOU CAN (NOT) REDO. シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇 EVANGELION:3.0+1.0 THRICE U
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています 「竜とそばかすの姫」を見た後、はらわたが煮えくりかえっていた。 仮想テクノロジーによる没入型SNSという「サマーウォーズ」のアップデート、家庭内、社会内で孤立する若者を描いた「おおかみこどもの雨と雪」の延長線、何より「時をかける少女」との演出的な相似性。これまで氏の作品を見続けてきた者として、本作を総決算として見るのは非常に容易だ。むしろ細田守監督もそのつもりで本作に向き合っているのだろう。 結果、本作は市場が求めていた細田映画の再来として好調なスタート。細田史上最大のヒット作になるとの予想も出ている状態だ。だがそれと同時に逆の集大成――すなわち、過去作でも度々言及されてきた細田作品の負の側面、すなわち「社会システムへの根本的な不信」、それを原因とする「脚本の致命的な欠陥」。加えて結果として出力されたものが受け手側に示す「歪んだメッ
観てきました。 感想を書くべき作品だと感じたのでこうして記事にさせていただきました。 以下記事を読む前の注意点 映画の核心を含むネタバレがあります 約12000字の長文です 辛口評価です 同時期に公開された『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』の内容に触れて比較する箇所があります 以上を承知の方のみお読みください。 まず最初にこれだけは誠意を以て伝えます。 この映画は親子連れで観に行ってはいけません。 もしかしたら世のお父さんお母さんは、上映後に瞳を輝かせている子供に対して「これがぼくわたしが昔夢中になってたゲームなんだよ」とちょっぴり自慢げに語る情景を想像しながらこの映画を観に行く計画を立てているかもしれませんが、そのような光景を実現することは不可能です。 この映画はドラクエ5をプレイしたことがない子供が観ても楽しめないし、お話を理解することができません。 この作品は
なんやかんや危機が訪れても最終的に回避してめでたしな話、じゃなくて回避出来ませんでしたっていうのが知りたい 滅亡スタートもちょっと違う 調べてあるにはあるけどどうしようもなくて打ち切りになってそう言う終わりになったとか不評とか放送自粛とかでやっぱり難しいんかな… 【追記】 たくさんの反応、本当にありがとうございます 増田はあまり実写映画を見ないし、SFも星新一をちょろっと齧ったことある程度なので、知らない作品をたくさん上げてもらえて助かります インターネット集合知最高 滅亡の規模についてですが、人類だけでも世界でも地球でも宇宙でも何でも . 具体的な作品上げると、進撃の巨人やFILM REDで回避出来ない展開を見たかったと言うか期待してしまった もちろんあの結末は良かったです、それはそれとしてという… . コメがネタバレ→そりゃそう 逃げて . エヴァ→エヴァ未履修の状態で、シン公開のタイ
『初代ポケモン』マサラタウンのジオラマを画用紙で作ってみた! ストップモーションで描かれる表現に「立体なのがなんか感動する」「わくわくする」の声 海外でバズり中のボカロ曲「ヤババイナ」楽曲配信開始!初音ミク、ずんだもん、重音テトの破茶滅茶なMV映像に「中毒性やばい」「何度も聞きにきたくなる」の声 久米田康治先生のマンガは、最終回に衝撃的な「どんでん返し」が起こるという特徴がある。 『かってに改蔵』の連載終了当時、数年に渡るギャグ展開を全てひっくり返すような突然のシリアス最終回が波紋を呼び、話題となった。 『さよなら絶望先生』はショックを受けるほどの暗いラストに、久米田先生が「最終回は連載開始前から決めていた」と語ったのも相まって、筆者もリアルタイムで読んでいて背筋が凍ったのをよく覚えている。 そして、先日に完結した最新作『かくしごと』は、最終回で作品全体に仕掛けた大きな伏線を回収するという
https://anond.hatelabo.jp/20210210225201 エドガー・エラン・ポオ「モルグ街の殺人」ウィルキー・コリンズ「月長石」コナン・ドイル「シャーロック・ホームズの冒険」モーリス・ルブラン「怪盗紳士ルパン」ロナルド・A・ノックス「陸橋殺人事件」フョードル・ドストエフスキー「罪と罰」コンラッド「闇の奥」F.W.クロフツ「樽」S.S.ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」ガストン・ルルー「黄色い部屋の謎」エラリー・クイーン「Yの悲劇」ジョン・ディクスン・カー「火刑法廷」アガサ・クリスティ「そして誰もいなくなった」ドロシー・セイヤーズ「ナイン・テイラーズ」イーデン・フィルポッツ「赤毛のレドメイン家」G.K.チェスタトン「ブラウン神父の童心」フランシス・アイルズ「殺意」ウィリアム・アイリッシュ「幻の女」コリン・デクスター「キドリントンから消えた娘」セバスチャン・ジャプリゾ「シン
一応断っておきますが、ネタバレ全開です。 「庵野の回復ストーリー」としてのシンエヴァシン・エヴァンゲリオンとは一言で表すとどういう話だったのか。 「シン・エヴァンゲリオン」とは、ニアサードインパクト(エヴァQ)を起こしてうつ病になったシンジ(庵野)が、周りの人々に支えられて回復し、ゲンドウ率いるネルフ(旧エヴァ)と対決するお話である。 つまり、極めて個人的な庵野秀明自身の「回復の物語」が紡がれている。旧エヴァにあったような普遍的なテーマはどこにもない。ひたすらに、庵野秀明個人がみんなに支えられてうつ病から回復し、エヴァの完結編を創ってエヴァの呪縛から逃れられるようになった。それだけの話が延々と展開されている。 極言すれば、本作には「エヴァンゲリオン」のキャラクターはほとんど登場しないとも言える。エヴァのキャラクターの口を借りて、庵野秀明が自分の話をつらつらと語っている。そういう作品だ。 エ
ジェンダーSF文学としての最高傑作『大奥』――萩尾望都、山岸凉子、アトウッド、そしてよしながふみの文脈―― ※こちら『大奥』最終巻を読んでの感想になりますので、盛大にネタバレしてます。ご注意ください~。この記事を加筆修正した文章が『女の子の謎をとく』という書籍に収録されています! よければぜひ。 「私たちはなぜ産む性として生まれてきたのか」。 ジェンダーSF文学作品がずっと考えてきたのは、その解けない疑問だった。 萩尾望都が、山岸凉子が、マーガレット・アトウッドが、そしてよしながふみが、そして彼女たちの作品の読者が、ずっと考え続けてきた問いだろう。 はじめによしながふみの『大奥』が完結した。全19巻、圧巻の結末だった。 『大奥』の物語が始まるのは、徳川家光が将軍だった時代。赤面疱瘡という疫病が流行り、若い男性人口が激減する。男性はおよそ5人に1人しかいないという時代になった日本では、将軍も
教えて下さい。タイトルのとおりです。 ボーイミーツガール、ラブコメ、NLのジャンルでお願いします。 第1話でふとした出来事がきっかけで出逢った2人が、話数を追うごとに困難や苦悩を乗り越えて愛を深めていくお話。 そして、起承転結の「転」と「結」のあいだに、主人公、あるいはヒロインのどちらかの記憶から相手の情報が消えてしまう、もしくは何者かによって消されてしまうお話。 冴えない主人公はようやく彼女との幸せな日常を掴んだのに、一瞬にして、彼女と出逢う前の空虚な日常に逆戻りしてしまうような。 あるとき、彼女の面影を残すものをみたとき、涙が溢れてきて、しかしその理由が自分でも全くわからず困惑してしまうような描写があると非常に良いです。 「最後は愛の力で記憶を取り戻し、一生幸せに暮らしましたとさエンド」でも、「結局記憶を取り戻すことはなく、影から彼or彼女を切なく見守るエンド」でもなんでもいいので教え
シン・エヴァンゲリオン、面白かったですね。ラストシーンではシンジとマリがイチャイチャしたあとカメラがひいていくと宇部興産と宇部興産専用道路(興産大橋)がドカーンと大写しになって終わり、というシンジくんが宇部興産に就職したことを強く示唆するものでした。 これについて、多くの人が「宇部と宇部興産の景色」が庵野秀明の原風景の一つであることを指摘しています(もう一つの原風景は身体障害者の父親でしょう)。ただ、それだけでエヴァンゲリオンというコンテンツを宇部興産で終わらせるとも思えないですし、パンフなどをみたかぎり実務(特に脚本解釈と編集)を担当したのはどうも緊急登板である前田真宏監督であり、マヒローの視点が多く入った、庵野英明だけの映画でない、ということも考慮しなければいけないと思う。 というようなことを考えたときに、やはり田植綾波にたいしておばちゃんが発した「働くとは汗水たらすこと」というセリフ
皆さんがこの記事を読んでいるのは2019年8月だと思いますが。 今は平成ですか?令和ですか? 答えはこうです『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』を見た人は令和、そうでない人はまだ平成である。 何を言ってるのかと思うかもしれないが劇場版仮面ライダージオウとはそういう映画だ、今から君たちにはこの映画のことを説明するし見たら映画館に生きたくなると思う。 今この文章を読んでいる人は「仮面ライダーの映画?どうせ映画限定の悪いやつが出てきて 色々あってライダーキックで終わりだろ?」と思ってるかもしれない。まずそのような認識は一切通用しないと言っていいだろう。 映画そのものの話に行く前に仮面ライダーに興味ない人に向けて説明しているので『仮面ライダージオウ』という仮面ライダーについて説明しないといけない。 平成仮面ライダーは今年で20周年を迎える その記念すべき20作目として制作され
アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』が12月25日に公開された。原作は36年前の田辺聖子の小説で、17年前には実写化もされた。今回のアニメ映画(以下、本作)は『ジョゼ』の3つ目のバージョンとなる(注1)。 これら3つに共通する部分は多い。生まれつき足が不自由な女性・クミ子。同居する祖母は彼女を案じるあまり家に閉じ込めている。そこに健常者の大学生・恒夫が奇妙な縁から関わるようになり、クミ子はやがて自らをジョゼと名乗り始める。あやうい恋を営むジョゼと恒夫。そしてジョゼから見た外界の恐怖の象徴として登場する虎……。 一方で、結末は各々違う。原作ではジョゼは歪な関係性の中に束の間の幸福を見出す一方、破局の予感もはっきりと持っている。実写では恒夫が親に結婚を言い出せず、やがて逃げるように去る。
闘病モノとかじゃなくアクションとかパニック系でガキも平等に死ぬ作品ってあんのかな Twitterで 「倫理観のある作品」って「倫理的に正しいことしか行われない作品」ではなく「作品内の事象の倫理的是非が明らかにされている作品」だと思うよ なんて呟きが1.2万いいねとかされてんだけど、こと幼児の生き死にに関しては「倫理的に正しいことしか行われない」と言っていい状況な気がする 大人は子供を守らなければならない・子供を死なせてはならない みたいな規範を無視してガキでもなんでも殺しまくる作品ってそうそうないような ガキが殺す側に回ることはちょいちょいあるけどな パニックものでガキがでてくるとハイハイこいつは死なないのねって思っちゃってちょっと冷める 弱いんだから一番死にやすいくらいだろ 不自然な展開・異常な自己犠牲でガキだけは絶対に生き残るのが面白いとはどうしても思えん ガキも死ね 追記:とか言って
呪術廻戦は漫画を全巻買ってて毎週ジャンプで最新話を追っているけど、あと一歩の所で大好きな作品と言い切ることができない。いつも少し引いた目で見てしまい熱を感じる所まで行かない。なんでかというと、呪術廻戦から読者を置いてきぼりにする癖を感じるからだ。以下自分が置いてきぼりにされたと感じたよくわからない部分を書いていくけど、自分は頭が悪くてそのせいで楽しめてない可能性もあるので、むしろ納得いく説明できる人がいたら誰か説明して欲しい。 まず設定に関してなんだけど、呪力周りがよくわからない。なろう系の読者にはRPGの世界観が前提として共有されてるからウィンドウが出る理由の細かい説明はいらないみたいな感じで、ハンターハンターの念能力という前例があるからなんとなくで理解できてるけどなんかいまいちピンと来ない。 縛りってなんなんだ?ハンターハンターの硬っていうのは、体中のオーラを一点に集中させることで体の
毎月大量に刊行される漫画本の中で、読み漏らしてはいけない名作がある。たみふる『付き合ってあげてもいいかな』(小学館)はその一つ。女子大学生の犬塚(いぬづか)みわと、猿渡冴子(さわたり・さえこ)の恋愛を中心に、若者たちの出会いと別れを描く。本作はフィクションだが、みわと冴子たちが、現実の世界のどこかで生きていると思えるほどのリアリティーが魅力だ。阿賀沢紅茶『氷の城壁』(集英社)が高校生の恋愛を描いた名作ならば、『付き合ってあげてもいいかな』は大学生の恋愛を描いた傑作。12巻が刊行され、物語が佳境に入ったタイミングで、担当編集者の渡辺沙織さんを交え、作者のたみふるさんにインタビューした。 【目次】 ①性的少数者は誰かの教材じゃない ②自分を受け入れてくれるコミュニティーはきっとどこかにある ③挑戦は、1人でできる ④主人公は、あなたたちでもある 【12巻までのあらすじ】 おっとりしていて美人の
『インセプション』ラストの意味は?ノーラン監督が「正解」を話す © 2010 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved 観客に解釈が委ねられた映画の描写について議論するのは楽しいことだ。余韻をもたらす曖昧なラストをもつ作品の代表例として、クリストファー・ノーラン監督の2010年の作品『インセプション』がある。 この映画は現実と夢、さらに深い階層の夢が入れ子に折り重なる複雑な作品だ。登場人物と観客は、自分がいま現実にいるのか、それとも夢の中にいるのかを判断する手法として「コマ」を使う。回転するコマがやがて停止すればそこは現実で、いつまでも回り続けていれば、夢の中にいるということがわかる。 『インセプション』(2010)結末に関する描写があります。 この映画のラストでレオナルド・ディカプリオが演じた主人公のコブは、現実と虚無を何度も行き来する長き戦いを経て、つ
えいす @nijieith マトリックスのマシーンがやっていた「人間を生体バッテリーとして利用する」が子供の頃から意味不明だったんだけど 元々の設定は「人間の脳を生体ニューラルネットワークとして利用する」だったのが、観客には理解しにくいよねって変えたらしい 作品の根幹になる部分で妥協しちゃってる気がする・・・ 2021-12-21 18:16:33 えいす @nijieith 「人間をマトリックスという夢の世界に繋ぎ止めて、マシーンは人間から活動エネルギーを採取しているのだ」 子供ワイ「マトリックスを動かすエネルギーで活動しろやあああああああ」 2021-12-21 18:20:21 えいす @nijieith 未来世界はだいぶ気候変動してたから、太陽光や風力で発電できなくて人間が一番サステイナブルなエネルギー源だった? でも人間をバッテリーにする燃料になる炭水化物ってどうあがいても太陽光
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