ブックマーク / jbpress.ismedia.jp (8)
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︵山本一郎‥財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員︶ 2024年の幕開け早々、能登半島北端の輪島市、珠洲市周辺を襲った巨大地震。山がちな半島特有の地形や寸断された隘路に悩まされていましたが、ホバークラフトが投入されるなどして、ようやく被災地に暮らしていけるだけの物資が輸送できるようになってきました。 大型の余震や豪雪などの悪天候もあり得る中で、ギリギリの人命救助や輸送作戦も行われています。石川県の皆さんだけでなく、応援に入られた各都道府県消防・防災ご担当者や防衛省・自衛隊、海上保安庁および電力会社や通信会社、医療関係者ほか各民間の皆さんのご努力には本当に感謝に堪えません。 総理の岸田文雄さんも、巨大地震発生の報が入るや発生1分後には対策室を設置。5分後には関係部門への指示出しを行うなど、きちんと初動の対策に力点を置き、状況把握や人命救助、物資輸送に尽力されました。 石川県知事の馳浩
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﹁やばい﹂﹁嫌がらせ﹂。Google検索窓に﹁別子山﹂と打ち込むと、こんなワードがサジェストされる。愛媛県新居浜市の別子山︵べっしやま︶地域に移り住んだ地域おこし協力隊員が配信したYouTube動画が話題を呼び、この旧村地帯はいま、世間からそんなイメージを抱かれている。かつて銅山として栄えた別子山は、ここからどう立ち直るか。そもそもなぜ、こうしたトラブルが起きてしまったのか。農山村への移住に詳しい国学院大学の嵩和雄︵かさみ・かずお︶准教授に聞いた。︵河合達郎‥岐阜県本巣市地域おこし協力隊、フリーライター︶ 集落の草刈りのルール ――話題になった﹁移住失敗﹂をどうみましたか。 嵩和雄氏︵以下、嵩氏︶‥私は学生時代から約9年間、熊本県小国町に移住し、地域づくり活動に従事していました。当時住んでいた隣町で、集落の草刈りがあった日のことです。 自分の自宅周辺から草刈りをしたところ、その後の飲み会で
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天然スギが優先する屋久島の原生林は、世界でも屋久島にしかない美しい森である。その屋久島で、増えすぎたヤクシカの食害により、希少植物や、地表近くに生える林床植物が失われている。 ヤクシカは、もともと屋久島に棲んでいた動物なので、捕獲しなくても、いずれヤクシカと屋久島の森のバランスが回復するのではないかという見方がある。しかし、ヤクシカが屋久島に生育するようになったのは、人間の移住とほぼ同時期であり、その当時から人間によって狩られていた可能性が高い。屋久島だけでなく、日本各地のシカの個体数を抑えてきたのは、オオカミよりもむしろ人間だったようだ。屋久島を題材にして、獣害問題について考えてみよう。 屋久島の森は世界に誇れる自然遺産 まず、屋久島の森が世界的に素晴らしい森である4つの理由を紹介しよう。 第1に、私たちにとっては見慣れたスギ林自体が、世界的に見て極めて貴重な森なのだ。スギ科スギ属に属す
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2月21日、フランクフルト空港がまた壊滅状態になった。空港の警備に当たっている民間会社の従業員たちのストで、空港は終日、ほとんど完璧に閉鎖されてしまったのだ。 Ver.di︵サービス産業労組︶という組合が、フランクフルト空港の警備に当たっている民間会社の従業員に、午前2時より午後11時まで一切の仕事をしないよう指令を出した。これにより、搭乗前の手荷物検査はもとより、貨物の検査、空港の警備、そして、警備に関するサービス部門がまったく機能しなくなった。 フランクフルト空港の運営を取り仕切っているフラポート社は、フライト客に対して、早めに航空会社に連絡を取り、対策を講じるよう要請。フランクフルトでの発着便の3分の2を占めているルフトハンザ航空も、鉄道など他の手段に切り替えるよう乗客に呼びかけた。﹁申し訳ありませんが﹂とか﹁ご迷惑をおかけしますが﹂という言葉は、どこからも出ない。 フランクフルト空
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福島県南相馬市からの報告を続けよう。福島第一原発から20キロ、30キロの線で市域が3つに分断されてしまった街である。 ﹁地震・津波﹂と﹁原発災害﹂の2つの被災地︵死者・行方不明者は福島県で最多︶であるこの街を訪れるにあたって、聞いておきたいことがあった。東京その他の全国で流れているマスコミの報道について、地元の人たちがどう思っているかである。そして、﹁東京﹂を筆頭とする他の地域の人々が﹁被災地﹂﹁被災者﹂に向ける視線についてどう思うか、である。 私がびっくりしたのは、南相馬市の市役所を取材に訪れた時だ。取材が終わり、担当の男性職員と軽い雑談になったときだ。 ﹁NHKも朝日新聞も︵南相馬市から︶撤退してしまった。こないだ朝日はファクスで取材の問い合わせ来てたよね? あれどこだった?︵福島市の電話番号だと同僚が言う︶ほら、福島市ですよ。福島市から電話とファクスで取材してくるんだよなあ﹂ 福島市
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美化することなく、英雄扱いすることなく、感謝も、慰労も求めておりません。ただただ、被災者の安心と被災地の復興のために必要な装備と、活動に対するご理解をいだたきたくて、国民の皆様にお伝え致します。1.被災地の実情 多くの被災者は、想像を絶する悲しみや心身の苦痛を伴いながらもなお、冷静さを保って不自由な生活に辛抱されておられます。 しかしながら、被災地の現実は、きれいごとや美談ばかりではありません。 被災地では、地震および津波発生以来、避難者の自宅への不法侵入による窃盗や、ドラッグストアやスーパーからの商品窃盗、銀行その他のATMや金庫の破壊および盗難、車両の給油口をバールでこじ開けてのガソリン窃盗なども発生しています。 被災者に生活物資を法外な値段で売りつける輩 また、地元住民ではない人たちが自警団の目や警察の巡回をかいくぐって窃盗行為を行ったり、東京ナンバーの車両が、避難所周辺でロウソク
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3月17日午前0時40分。今、この原稿を東京の自宅で書いている。3月11日金曜日午後2時46分︵東日本大震災発生︶以来、この国がもう後戻りのできない別の時代に入ってしまったことを刻一刻感じている。 マグニチュード9.0の巨大地震。大津波。原子力発電所事故。どれ1つとっても﹁国難﹂級のクライシスが3つ、束になってやって来たのだ。これ以上深刻な危機は﹁戦争﹂か﹁大規模テロ﹂ぐらいしか思い浮かばない。 今後の日本の歴史は﹁3.11以前﹂と﹁3.11以降﹂に分類されるだろう。そういう意味で﹁2011年﹂は、﹁1868年﹂︵明治維新︶﹁1945年﹂︵敗戦︶に続く日本の現代史の分岐点になるだろう。 私は新幹線に乗って関西に逃げるべきなのか? 日本のマスメディアや報道を観察している私にとっては、これは歴史的な好機である。新聞、テレビ、インターネットなどマスメディアを﹁最も過酷な条件にさらした場合の実績デ
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私は家庭内では、主夫として家事全般を引き受けている。さらに、結婚に際して妻の姓に変わっているわけで、日本人男性の中では珍しい生き方をしているのだと思う。 もっとも、当人としてはさほど珍しいことをしているつもりはなくて、生活が珍しいものになってしまっては大変である。 上の子供が生まれてからもうすぐ15年になる。それだけの年月、来る日も来る日も洗濯や買い物や料理をしてきたおかげで、いずれの腕前も妻の追随を許さない高処に到達しているのだけれど、それを素直に喜べないのはなぜなのか? また、私自身は普通だと思っていても、主夫という存在が少数派であることにかわりはない。 すっかり顔馴染みになったスーパーの店員さんたちからは、﹁本当にエラいですよね﹂と折に触れて感心されて、そんなエピソードを旧知の女性編集者に話すと、﹁あたしたちだと、やって当たり前ですからね﹂と皮肉を返される中で、私は日々の暮らしを送っ
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