![道長の娘・彰子立后と皇后定子の死。後宮の覇者交代の残酷な現実を描いた「神回」を徹底解説【光る君へ 満喫リポート】28 | サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/906a3b32bbcaf1e8c749335ac10c1901e0860c16/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fserai.jp%2Fwp-content%2Fuploads%2F2024%2F07%2F7d5c410ed4c72df9dfdf5e62b273e523.jpg)
あの悪評をギミックとして楽しむ。「紫式部と清少納言は親しいお友だち」は、大河ドラマの王道設定だった【光る君へ 満喫リポート】まひろとききょう編 ライターI(以下I):『源氏物語』の作者の紫式部(まひろ/演・吉高由里子)と『枕草子』の作者の清少納言(ききょう/演・ファーストサマーウイカ)。ふたりの「平安スーパースター」が仲良しだったという設定ですが、こんなにわくわくさせてくれるとは思いもよりませんでした。 編集者A(以下A):大河ドラマではこれまでも、このふたりは面識ないだろう、という人物を劇中で会わせるという演出を展開してきました。代表的な事例では、1976年の『風と雲と虹と』の平将門(演・加藤剛)と藤原純友(演・緒形拳)が語り合うという場面があげられるでしょう。 I:やっぱりビッグネームは劇中で会わせたくなっちゃうのでしょうね。 A:将門と純友に関しては比叡山で夢を語り合ったという伝説が
TOP趣味・教養光る君へ「道長とまひろの関係はあれでいいんですか? とよく聞かれます」國學院大学竹内正彦教授と語る『光る君へ』【光る君へ 満喫リポート】特別編 ライターI(以下I):『光る君へ』も20回を数えました。 編集者A(以下A):今日は、『源氏物語』の研究者の先生にお話を伺います。國學院大学文学部で中古文学を専門としている竹内正彦教授です。先生は『2時間でおさらいできる源氏物語』『源氏物語の顕現』などの著者で、『図説 あらすじと地図で面白いほどわかる! 源氏物語』などの監修をされている『源氏物語』の研究者です。 竹内教授(以下竹内):『光る君へ』は楽しく見ていますし、学生をはじめいろいろな人からの質問もたくさん寄せられています。「先生、紫式部の本名はまひろというんですか」とか「道長とまひろの関係はあのような形でいいんですか」という質問があったりします。 I:興味をもって見ている方が
光る君へ 7歳の幼帝即位の際に起こった元祖『ゴッドファーザー』事件。「… ライターI(以下I):『光る君へ』第11回では、円融天皇(演・坂東巳之助)と藤原詮子(演・吉田羊)との間に生まれた懐仁親… 大河ドラマ光る君へ
懐仁親王を授かる 円融天皇の女御として、宮中での生活を送っていた詮子。天元3年(980)、天皇との間に懐仁(やすひと)親王を授かりました。詮子は懐仁親王を溺愛したそうで、兼家も皇子の誕生を大変喜んだとされています。 また、当時は夫婦の間に生まれた子どもは、母方の親族によって養育されるのが通例でした。そのため、懐仁親王を天皇の座につけることで、兼家は外祖父として権勢を振るうことができたのです。何としても、皇子を擁立したいと考えた兼家と詮子。 次期天皇となった花山(かざん)天皇の後は、懐仁親王を擁立させるという約束を円融天皇と交わしたそうです。その後、花山天皇を退位させるべく、兼家は天皇に出家を勧めました。花山天皇の退位計画には兼家の次男・道兼(みちかね)も加わっており、彼の口車に乗せられた天皇は、出家せざるを得なくなってしまったのです。 花山天皇が出家したことで、寛和2年(986)、兼家と詮
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