『スパイナル・タップ』は、1984年にロブ・ライナーによって製作されたモキュメンタリー作品である。この映画の画期的であった点は、本来のドキュメンタリーの「既存の対象に密着しありのままを記録する」手法を根本から覆し、「脚本にそって対象を作り出し、俳優にキャラクターに沿ってアドリブで演技をさせ、それを記録する」というモキュメンタリー(mock documentary=うそドキュメンタリー)という手法である。ちなみに俳優にアドリブで演技をさせそれを記録するという方式のため、使われなかったシーンが膨大にあり、それらすべてを収めた「完全版」が海賊版として存在する。
この手法にのっとり、クリストファー・ゲストは架空のヘヴィメタルバンド「スパイナル・タップ」を作り出した。映画の内容は基本的にはヘヴィメタルバンドの冗談でやっているのか真面目にやっているのかわからない演出や、その格好よさとダサさが紙一重な部分を強調・戯画化したもの。
バンドのメンバーは各パートのステレオタイプなイメージ(例えば金髪の長髪で派手好き、ファンタジー好きのボーカル、ギターソロとギターの音の大きさに異常な拘りをもつギタリストなど)にそって設定された。同時にストーリーにロックバンドにありがちな事件(ボーカルとギタリストの軋轢、何度も交代するドラマー)などが加えられており、よくよく注意すれば「フィクション」であることがわかるものの、完全に「フィクション」であるという告知はされないため、公開当時はジョーク映画だということが理解されず「カメラワークが悪い」などのクレームが寄せられたという。ちなみにバンド「スパイナル・タップ」は全員実際に演奏が可能で、映画とはまったく関係のない2枚目のアルバムすら存在する。ここがスパイナル・タップが完全に架空のバンドではなく、半分架空のバンドたるゆえんである。その作りこみは絶妙で、米国などでは実在のバンド扱いでカルト的な人気がある。
スパイナル・タップは1964年、デイヴィッド・セントハビンズとナイジェル・タフネルの親友2人の出会いによって始まった。もともとのバンド名は The Originals。その後メンバーを増やして Thames Men に改名。初期ビートルズ風の楽曲﹁Gimme Some Money﹂をリリースするも、ドラマーであるジョン・ペピイが﹁園芸中の奇妙な事故﹂によって死亡。その後もメンバーチェンジと改名︵Ravenbreakers, Doppel Gang, Silver Service, Bisquits, Love Buisquits, Tufnel-St.Hubbins Groupなど︶を繰り返す。
1965年、デレク・スモールズがバンドに参加。スパイナル・タップとバンド名を改め、サイケデリック風の﹁Listen To the Flower People﹂を発表。しかしながら、またもやドラマー、エリック・スタンピー・ジョーが﹁他人の吐瀉物を喉に詰まらせて﹂死亡。その後も新しいドラマーが﹁自然発火﹂、﹁ステージ上で爆発﹂するなど安定しない。代表曲は﹁Hell Hole﹂、﹁Big Bottom﹂など。
- デイヴィッド・セントハビンズ(リードギター)
- ナイジェル・タフネル(リードギター)
- デレク・スモール(リードベース)
- Spinal Tap Sings / Listen to the Flower People
- We are all Flower People
- Brain Hammer
- Never Damage
- Blood to let
- Intravenus de Milo
- the Sun Never Sweat
- Bent for the Rent
- Tap Dancing
- Rock'N Roll Creation
- Shark Sandwitch
- Smell the Glove
以下、実際のリリース
大まかなバンドのイメージはレッド・ツェッペリン、ジューダス・プリースト、エアロスミスあたりから取られているものと思われる。
劇中登場する、﹃スメル・ザ・グローブ﹄の﹁ノーン・モア・ブラックアルバム︵黒以外なにもないアルバム︶﹂はレッド・ツェッペリンの﹃フォー・シンボルス﹄、AC/DCの﹃バック・イン・ブラック﹄のパロディ。ちなみにサウンドトラックも劇中使用された字の一切入っていない真っ黒なカバー。
初代ドラマーの死因﹁園芸中の奇妙な事故﹂はキース・ムーン、2代目の﹁他人の吐瀉物が咽に詰まって死亡﹂はジョン・ボーナムのパロディで、それ以降は完全なおふざけ。
ちなみにアルバム﹃Break Like the Wind﹄は英語圏のスラング﹁Break the wind︵=屁をこく︶﹂を捩ったもの。
●作中でナイジェルが考案した﹁ボリュームの目盛りが11まであるアンプ﹂は、数多くの有名ミュージシャンが特別にそのようなアンプをオーダーメイドしたという逸話が残っている。また、このアンプの説明をするナイジェルの台詞、アップ・トゥ・イレブン︵英語版︶︵Up to eleven︶は﹁最大音量﹂という意味を持つ慣用句として使われるまで英語文化の中で浸透しており、﹃The Shorter Oxford English Dictionary﹄にも掲載されているほどである。
●マーシャル社が1990年にボリュームの目盛りが20まであるアンプを商品化した際、クリストファー・ゲスト扮するナイジェルが広告キャラクターを務め、雑誌広告などに登場した。
●デレク・スモールズ役のハリー・シーラーが、米アニメ﹃ザ・シンプソンズ﹄で声優を務めている関係で、スパイナル・タップのフロント3人は同アニメにゲスト出演したことがある。
●映画の中で、ステージセットのストーンヘンジのレプリカが小さ過ぎるというシーンがあるが、スパイナル・タップが1992年に英国ロイヤル・アルバート・ホールにて再結成コンサートを行った時は、今度はレプリカを大きく作りすぎて、ステージに搬入できないトラブルが発生するという演出が施された。
●スパイナル・タップのフロントの3人はクリストファー・ゲスト監督作品﹃みんなのうた﹄でも﹁ザ・フォークスメン﹂としてフォーク・バンドを組んでいる。﹁ザ・フォークスメン﹂は、1992年のスパイナル・タップ再結成コンサートの際、前座として出演していた。
●1992年4月にウェンブリー・スタジアムで開催されたフレディ・マーキュリー追悼コンサートにも出演した。同年には単独コンサートも行われ、ジェフ・ベックらがゲストとして参加している。
●その後、2000年にはダウンロードのみの販売でシングルをリリース。2007年7月には﹃Live Earth﹄に出演している。
●そのほかにも、クリストファー・ゲスト監督・脚本作品ではその撮影手法の特殊さから、同じ俳優を何度も使用する率が非常に高く、この映画に出演している多くの俳優がその後の﹃ドッグショウ﹄や﹃みんなのうた﹄にも出演している。
(一)^ Nixon, Rob. “The Big Idea Behind THIS IS SPINAL TAP”. Turner Classic Movies. 2015年1月12日閲覧。
(二)^ “This Is Spinal Tap (1984)”. Box Office Mojo. 2010年8月5日閲覧。
(三)^ Officially stylized This Is Spın̈al Tap, with a non-functional heavy metal umlaut over the letter n—n-diaeresis—and a dotless letter i.
(四)^ Hill, Stephen (2014年4月29日). “11 Reasons We Love Spın̈al Tap”. Louder. 2019年8月19日閲覧。
(五)^ Arnold, Jeremy (2016). Turner Classic Movies: The Essentials (1st ed.). Running Press. ISBN 978-0762459469. https://books.google.co.uk/books?id=kX84DgAAQBAJ&pg=PT492&lpg=PT492&dq=one+of+england%27s+loudest+bands&source=bl&ots=CGoW0XLxDh&sig=ACfU3U36NzMDK44wqf0c0-XbqCN162MzaA&hl=en&sa=X&ved=2ahUKEwjtobqp2Y_kAhVaQkEAHbQYANU4FBDoATAGegQIBxAB#v=onepage&q=one%20of%20england's%20loudest%20bands&f=false 2019年8月19日閲覧。
(六)^ Yarbroff, Jenny (2009年4月10日). “Spinal Tap and its Influence”. Newsweek. 2018年4月6日閲覧。
(七)^ “'Spinal Tap,' 'Alien' Make National Film Registry - News”. Lifewhile (2002年12月18日). 2012年1月7日閲覧。
(八)^ abBillboard, Allmusic
(九)^ “Spinal Tap - From The Original Motion Picture Soundtrack "This Is Spinal Tap" at Discogs”. Discogs. 2017年3月8日閲覧。
(十)^ “Spinal Tap - Break Like The Wind at Discogs”. Discogs. 2017年3月8日閲覧。
(11)^ “Jonas Brothers Turn Trying Times into Billboard No. 1”. MTV (2009年6月24日). 2014年7月26日閲覧。
(12)^ “Spinal Tap - Back From The Dead at Discogs”. Discogs. 2017年3月8日閲覧。
(13)^ “This Is Spinal Tap Movie Reviews”. Metacritic. 2010年6月11日閲覧。
(14)^ “The Greatest Films of 1984”. AMC Filmsite.org. 2010年6月11日閲覧。
(15)^ “The 10 Best Movies of 1984”. Film.com. 2010年6月11日閲覧。
(16)^ “The Best Movies of 1984 by Rank”. Films101.com. 2010年6月11日閲覧。
(17)^ “Most Popular Feature Films Released in 1984”. IMDb.com. 2010年6月11日閲覧。
(18)^ “This Is Spinal Tap Movie Reviews”. Chicago Sun Times. http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/19850301/REVIEWS/503010301/1023 2010年6月11日閲覧。
(19)^ “Ebert's 10 Best Lists: 1967 to Present”. Chicago Sun Times. http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20041215/COMMENTARY/41215001/1023 2010年6月11日閲覧。
(20)^ “This Is Spinal Tap Movie Reviews, Pictures”. Rotten Tomatoes. 2010年6月11日閲覧。
(21)^ “This Is Spinal Tap: Award Wins and Nominations”. IMDb.com. 2010年6月11日閲覧。
(22)^ Muir, John (2004). Best in Show: The Films of Christopher Guest and Company. Applause Theatre & Cinema Books. p. 31
(23)^ Yabroff, Jennie (2009). The Real Spinal Tap. Newsweek
(24)^ See the notes for Symptom of the Universe: The Original Black Sabbath 1970-1978, Rhino Records, 2002.
(25)^ “Q&A: Robert Plant”. Rolling Stone. 2012年1月7日閲覧。
(26)^ Paul Du Noyer, "Who the hell does Jimmy Page think he is?", Qmagazine, August 1988, p. 7.
(27)^ abKonow, David (2002). Bang Your Head. Three Rivers Press. pp. 216–217. ISBN 0-609-80732-3
(28)^ Blush, Steven (2001). American Hardcore. Feral House. p. 207. ISBN 0-922915-71-7
(29)^ “'It Might Get Loud' Movie Review: Documentary Puts Three Guitar Gods Center Stage”. New Jersey On-Line. 2010年6月11日閲覧。
(30)^ Rollins, Henry, Get In The Van: On The Road With Black Flag, 2.13.61 Publications, 1994
(31)^ “'Real Life Spinal Tap' Anvil Sign Record Deal”. Spinner (2010年11月25日). 2012年1月7日閲覧。
(32)^ “Empire's The 500 Greatest Movies of All Time”. Empire. 2010年6月11日閲覧。
(33)^ “The Best 1,000 Movies Ever Made”. The New York Times. (2003年4月29日). https://www.nytimes.com/ref/movies/1000best.html 2010年5月25日閲覧。
(34)^ “Total Film features: 100 Greatest Movies of All Time”. Total Film. 2010年8月23日閲覧。
(35)^ “Entertainment Weekly's 100 Greatest Movies of All Time”. Entertainment Weekly. Published by AMC Filmsite.org. 2010年8月23日閲覧。
(36)^ “100 Best Comedy Movies”. Time Out London. 2011年9月17日閲覧。
(37)^ “AFI's 100 Years...100 Laughs”. American Film Institute. 2016年8月5日閲覧。
(38)^ “AFI's 100 Years...100 Songs Nominees” (PDF). 2016年8月5日閲覧。
(39)^ “AFI's 100 Years...100 Movie Quotes Nominees” (PDF). 2016年8月5日閲覧。
(40)^ “AFI's 100 Years...100 Movies Nominees (10th Anniversary Edition)” (PDF). 2016年8月5日閲覧。
(41)^ http://www.billboard.com/biz/articles/news/tv-film/7548915/harry-shearer-files-125-million-spinal-tap-fraud-suit-copyright
(42)^ https://www.theguardian.com/business/2017/feb/08/spinal-tap-lawsuit-harry-shearer-rob-reiner-vivendi