ターヘル・アナトミア
『解体新書』の最も重要な底本
﹃ターヘル・アナトミア﹄は、ドイツ人医師ヨハン・アダム・クルムスによる解剖学書のオランダ語訳書の、日本における呼称。杉田玄白、前野良沢らが翻訳して出版した﹃解体新書﹄の最も重要な底本である。この呼称はラテン語での題名に由来するとみられる︵後述︶。
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著者・訳者
編集書名について
編集『ターヘル・アナトミア』という書名は、杉田玄白の『蘭学事始』の中で使われている表記である。漢文で書かれている『解体新書』においては「打係縷亜那都米」と表記され「ターヘル・アナトミイ」とフリガナが付いている。『解体新書』の凡例の中で「ターヘル」が表、「アナトミイ」が解剖を意味しているとの適切な説明がある。
この表記は、扉絵に書かれているラテン語題名 Tabulæ Anatomicæ (タブラェ・アナトミカェ)に由来するとみられる。原書のドイツ語題名は Anatomische Tabellen(アナトーミッシェ・タベレン)、オランダ語題名は Ontleedkundige Tafelen(オントレートクンディヘ・ターフェレン)であり、いずれも『ターヘル・アナトミア』とは大きく異なる。
先述したラテン語題名 Tabulæ Anatomicæ を直訳すれば『解剖(学)図表(複数)』という意味であり、解剖学書としてはごくありふれた名称である。したがって『ターヘル・アナトミア』を正式な書名とするのは難しく、本来なら『解体新書』に記された他の参考解剖書に倣って『クルムス解体書』のように呼ぶのが妥当であるが、杉田玄白が『蘭学事始』の中で何度も『ターヘル・アナトミア』と表記しているので一般に広まっている。日本で一般に『ターヘル・アナトミア』と言えばクルムスの解剖書のことである。
日本への招来
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日本へは少なくとも前野良沢と杉田玄白の所有した2冊が輸入されており、前野良沢は明和7年︵1770年︶長崎遊学の際に同書を入手している。
杉田玄白の同書入手の仲立ちになったのは、﹃解体新書﹄の翻訳メンバーでもある中川淳庵だった。明和8年︵1771年︶の春、中川淳庵は、江戸参府中の出島商館長︵カピタン︶を訪問する。そこで﹃ターヘル・アナトミア﹄および﹃カスパリュス・アナトミア︵カスパル解体書︶﹄を見せられ、﹁望む人がいれば譲る﹂と言われた。2冊を預かって、同じ小浜藩医で先輩であった杉田玄白のところへ持ってきた。玄白も大いに興味を持ったが、彼もまた個人では買えず、藩の家老に頼み込み、代金を出してもらってやっと入手できたという。なお玄白は﹃カスパリュス・アナトミア﹄もこのとき入手したらしく、﹃解体新書﹄に玄白所蔵の参考図書として出てくる。
同年3月4日、小塚原刑場での刑死者の腑分︵ふわけ=解剖︶を見るために杉田玄白、中川淳庵、前野良沢などが集まった。そのとき良沢は﹃ターヘル・アナトミア﹄を持参してきた。それは玄白が入手した物と同書同版であるとわかり、互いに手を打ち合ったという[3]。
その翌日より、前野良沢、杉田玄白、中川淳庵によって、﹃解体新書﹄の翻訳作業が始まる。
『解体新書』との関係
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﹃解体新書﹄は基本的に﹃ターヘル・アナトミア﹄の翻訳であるが、他にも数冊の洋書が参考にされており、杉田玄白による独自の注釈も付けられている。単純な翻訳ではなく、実用的な解剖学書として再構成された本だと言える。
原本にある注釈は﹃解体新書﹄では省かれ、本文だけが訳されている。
﹃解体新書﹄翻訳当時は日本に於けるオランダ語研究が十分ではなく、誤訳も多かった。当時、杉田玄白らは﹃ターヘル・アナトミア﹄がドイツ語からの翻訳書であることを理解しておらず、もともとオランダ語で書かれた本だと思っていた。
玄白も﹃解体新書﹄が誤訳だらけであることを心苦しく思ったらしく、弟子の大槻玄沢に訳し直させた。それが﹃重訂解体新書﹄である。同書は寛政10年︵1798年︶に稿ができていたが、刊行は諸般の事情で遅れ、文政9年︵1826年︶にやっと刊行された。
脚注
編集- ^ “Ontleedkundige Tafelen” (オランダ語). 慶應義塾大学. 2023年10月25日閲覧。
- ^ “Ontleedkundige Tafelen” (オランダ語). 東京医科歯科大学. 2023年10月25日閲覧。
- ^ 蘭学事始 / 杉田玄白(翼)著,林茂香,明治23年4月 P.28「これを見れは即ち翁か此頃手に入りし蘭書と同書同版なり是れ誠に奇遇なりとて互ひに手をうちて感せり」
関連項目
編集- アンドレアス・ヴェサリウス著『ファブリカ』(ラテン語: De humani corporis fabrica, 人体の構造)1543年