厚木たか
人物
編集フィルモグラフィ
編集- 水木荘也監督『或る保姆の記録』(芸術映画社、1942年) - 構成
- 森永健次郎監督『転換工場』(朝日映画社、1944年) - 脚本
- 水木荘也監督『わたし達はこんなに働いている』(朝日映画社、1945年) - 構成
- 京極高英監督『少女たちの発言』(新世界映画社、1948年) - 脚本
- 宮津博監督『善太と三平』(東洋映画、1955年) - 脚色
- 柳澤壽男監督『どこかで春が』(新映画ぷろだくしょん、1958年) - 脚本
- 鈴木重吉構成・編集『東京オリンピックへの道』(1963年) - 脚本
- 上野耕三・山添哲監督『オートメーション ―限りなき前進―』(記録映画社、1968年) - 脚本
- 荒井英郎監督『われわれは監視する—核基地横須賀—』(横須賀を映画で記録する会、1975年) - 脚本
- 森永健次郎・川尻泰司監督『セロ弾きのゴーシュ』(1982年) - 製作
ビブリオグラフィ
編集
●雑誌掲載エッセイ・座談会
●1947年、﹁映画展望﹂誌に﹁映演スト・二つの意義﹂[3]。
●1952年、﹁平和の色紙展﹂を﹃新日本文学﹄6月号に掲載。
●1959年、﹁ヨーロッパの旅から-1〜3﹂を﹃新日本文学﹄2月号、3月号、4月号に掲載。
●1968年、﹁歴史映画から現代の課題へ -婦人解放運動史映画化のなかで﹂を﹃月刊社会教育﹄12月号に掲載。
●1975年、研究誌﹃現代と思想﹄︵青木書店︶の座談会﹁プロキノの活動﹂に参席。
●1976年、﹁軍部と特高警察のシナリオ検閲﹂を﹃文化評論﹄4月号に掲載。
●著書
●﹃それでもなお私は働く﹄︵明治図書出版、1966年︶
●﹃女性ドキュメンタリストの回想﹄︵ドメス出版、1991年︶
●訳書
●﹃文化映画論﹄︵ポール・ローサ、第一芸文社、1938年︶
●﹃ドキュメンタリィ映画﹄︵ポール・ローサ、みすず書房、1960年︶
●﹃ドキュメンタリィ映画﹄︵ポール・ローサ、未來社、1976年︶