奄美語
琉球語の方言
奄美語(あまみご)または奄美方言(あまみほうげん)は、鹿児島県の奄美群島で話される言語(方言)である[2][3][4][5][6]。琉球諸語(琉球語、琉球方言)の一つ。
奄美語 奄美方言 | ||||
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話される国 | 日本 | |||
地域 | 奄美諸島 | |||
話者数 | 約34,000人 | |||
言語系統 | ||||
言語コード | ||||
ISO 639-3 |
各種:ryn — 北奄美大島方言ams — 南奄美大島方言kzg — 喜界島方言tkn — 徳之島方言okn — 沖永良部方言yox — 与論方言 | |||
Glottolog |
amam1245 [1] | |||
消滅危険度評価 | ||||
Definitely endangered (Moseley 2010) | ||||
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2009年2月にユネスコにより消滅危機言語の「危険」 (definitely endangered) と分類された[7][8]。1970年代以降は奄美語と日本語が融合したトンフツゴ(唐芋普通語)が広がり、現代では奄美語は衰退が進んでいる[9]。
下位区分
編集音韻
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奄美大島・徳之島では、/i, ï︵または/ɪ/︶, u, e, ɘ, o, a/ の7母音体系、またはこのうち /ɘ/ を欠いた6母音体系を持つ[注釈1]。日本語本土方言の /o/ が /u/ になって元々の /u/ と統合している。また日本語の /e/ は中舌母音 /ï/ になって、/i/ との区別を保っている。/ɘ/ は連母音の融合により成立した音だが、個人により、地域により /e/ に変化しており、特に喜界島北部でこの傾向が進んで6母音となっている︵以下、/i/ と区別するために中舌母音 /ï/ は赤字で示す。︶。沖永良部島北端の国頭地区方言も、日本語の /e/ に対応する /ɪ/ を持つ[16]。
喜界島南部や沖永良部島大部分、与論島では、沖縄語と同じく日本語のeはiに合流しており、/i, u, e, o, a/ の5母音体系となっている。
奄美語では母音・半母音の前で声門破裂音 /ʔ/ の有無が弁別される。また、奄美大島を中心に、無声の破裂音と破擦音に、有気音と無気喉頭化音との区別がある。多くの場合、日本語のイ段・ウ段の子音が変化して喉頭化し、ア段・エ段・オ段の子音との区別が保たれている。ただし与論島では有気音と無気喉頭化音の対立は認められない。
奄美大島・徳之島では日本語のカ・ケ・コに対応する拍が有気音の /k/、キ・クに対応する拍が無気喉頭化音の /kʔ/ となっている[17]。一方、奄美大島北端の佐仁[18]および喜界島、沖永良部島、与論島では、語頭のカ・ケ・コに対応する拍の子音は /h/ に変化している[17]。一方語中では、カ・ケ・コの子音は、奄美語全体で /h/ または /x/︵無声軟口蓋摩擦音︶に変化するか脱落する傾向にある。例えば大和村思勝で [taxasa]︵高い︶、[dɘxɘ]︵竹︶、与路島で [taːsa]︵高い︶、[dɘː]︵竹︶など[19]。
文法
編集動詞
編集否定形 | 志向形 | 終止形1 | 終止形2 | 連体形 | 命令形 | 禁止形 | |
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奄美大島北部 奄美市名瀬 |
nakaN | nakoo | nakjuri | nakjuN | nakjuN | nakï | nakuna |
奄美大島南部 瀬戸内町古仁屋 |
nakam | nakoo | nakjur | nakjum | nakjuN | nakï | nakuna |
徳之島 伊仙 |
nakaN | nakaa | nakjuri | nakjuN | nakjuN | nakï | nakuna |
喜界島 志戸桶 |
nakaN | nakoo | nakjui | nakjuN | nakjuN | nakï | nakuna |
沖永良部島 知名町上城 |
nakam | naka | - | nakjum | nakjunu | naki | nakuna |
与論 | nakazi nakanu |
nakaN | nakjui | nakjuN | nakjuru | naki nakijoo |
nakuna nakuruna |
奄美語での動詞の終止形には、-ri系と-mu系の2つの形が併用されており、両者には微妙な意味の違いがある。﹁書く﹂を例にとると、-ri系はkakjuri、kakjui、kakjurなど、﹁書きをり﹂に由来する形をとる。一方の-mu系はkakjum、kakjunなど、﹁書きをりむ﹂︵または﹁書きをむ﹂、﹁書きをるもの﹂か︶に由来する形をとる。ただし沖永良部島方言では-mu系しかない[21]。
﹁~しよう﹂という意味を表す志向形は、﹁泣く﹂を例にとると、与論島ではnakaNのような形を用い、他の方言ではnako(o)やnaka(a)のような形を用いる[22]。-oの由来は未然形に助動詞﹁む﹂の付いた形とみられるが、-aも同様に﹁む﹂に由来するという説と、未然形単独形に由来するという説がある[21]。
次に奄美大島の瀬戸内町古仁屋と徳之島の井之川、沖永良部島の知名町田皆方言の﹁書く﹂の全活用形を示す[23]。
志向形 | 未然形 | 条件形 | 命令形 | 禁止形 | 連用形 | 連体形1 | 終止形1 | 終止形2 | 連体形2 | du係結形 | 準体形 | 接続形 | |
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書く | kakoː | kaka | kak | kakï | kak | kaki | kak | kakjur | kakjum | kakjun | kakjur | kakju | katʃi |
主な接辞 | m(否定) z(否定) sjum(せる) rïm(れる) ba(条件) |
ba | na | busja(たい) du(ぞ) ga(に) m(も) |
gadii(まで) had(はず) |
mï(か。疑問) |
志向形 | 未然形 | 命令形1 | 命令形2 | 禁止形 | 連用形 | 終止形1 | 終止形2 | 終止形3 | 連体形 | du係結形 | 準体形 | 接続形 | 条件形 | |
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書く | kaka | kaka | kakï | kakɘ | kaki | kaki | kaki | kakjuri | kakjun | kakjun | kakjuru | kakju | katsï | katsïka |
主な接辞 | n(否定) da(否定) sun(せる) run(れる) |
na | tʃahan(たい) ba(否定) gatʃana(ながら) |
志向形 | 未然形 | 条件形 | 命令形 | 禁止形 | 連用形 | 連体形1 | 終止形 | 連体形2 | du係結形 | ga係結形 | 準体形 | 接続形 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
書く | hakkaː | hakka | hakki | hakki | hakku | hakki | hakku | hakkimu hakkin |
hakkinu hakkin |
hakkiru | hakkira | hakki | hattʃi |
主な接辞 | mu(否定) n(否定) ʃimu(せる) rimu(れる) ba(条件) |
ja(条件) | na | buʃaʔaːmu (たい) |
ntane(まで) kaja(かしら) ka(か) |
形容詞
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奄美語の形容詞は、奄美大島の佐仁方言を除き、古い語幹に﹁さあり﹂の付いた形から派生してできている。奄美語では、動詞と同じように形容詞の終止形にも2種類の形があり、一つは-ri系、もう一つは-mu系である。﹁高い﹂を例にとると、-ri系の終止形は、瀬戸内町古仁屋でtahasar、徳之島の井之川でtaːhari、与論島でtakasaiである。-mu系の終止形は、古仁屋でtahasam、井之川でtaːhan、与論島でtakasaNとなっている[24][25]。
一方、奄美大島北部の佐仁方言の形容詞は、[ʔoːkaɴ]︵青い︶、[kʔurakaɴ]︵暗い︶のように、語幹にカリの付いた形から派生している[26]。
次に、奄美大島の瀬戸内町古仁屋方言と、徳之島の井之川方言、沖永良部島の田皆方言の﹁高い﹂と﹁珍しい﹂の活用を示す[27]。
未然形 | 連用形 | 条件形 | 終止形1 | 終止形2 | 連体形 | du係結形 | 準体形 | 接続形 | |
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高い | tahasara | tahak | tahasar | tahasar | tahasam | tahasan | tahasar | tahasa | tahasatï |
珍しい | mïdraʃara | mïdraʃak | mïdraʃar | mïdraʃar | mïdraʃam | mïdraʃan | mïdraʃar | mïdraʃa | mïdraʃatï |
主な接辞 | ba(条件) | najur(なる) du(ぞ) |
ba(条件) | m(も) si(で) tu(と) |
連用形 | 終止形1 | 終止形2 | 連体形 | du係結形 | 準体形 | 接続形 | 条件形 | |
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高い | taːku | taːhari | taːhan | taːhan | taːharu | taːha | taːhati | taːhatika |
珍しい | mïdzïraʃiku | mïdzïrahari | mïdzïrahan | mïdzïrahan | mïdzïraharu | mïdzïraha | mïdzïrahati | mïdzïrahatika |
連用形1 | 条件形 | 連用形2 | 終止形 | 連体形 | du係結形 | ga係結形 | 準体形 | 接続形 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
高い | taːku | taːsaʔari-ja | taːsa | taːsaʔan | taːsaʔanu | taːsaʔaːru | taːsaʔaːra | taːsaːʔaː | taːsaʔatti |
文例
編集瀬戸内町古仁屋方言の文例[28]。
- ʔura ja katʃi m wan na kaka m(君は書いても私は書かない)
- wa ga kak gadiː ʔarrja koː mta(私が書くまで彼は来なかった)
- tahasan mun na kwëːkirja m(高いものは買えない)
関連項目
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 中本正智 (1976) では ɘ ではなく ë を用いているが、同記号は1993年の国際音声記号表改訂で ɘ に置き換えられている[15]。以下、当記事では現行の /ɘ/ 表記を用いる。
出典
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(一)^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “奄美語”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History
(二)^ abc﹃岩波講座 日本語11方言﹄212頁。
(三)^ ab飯豊, 日野 & 佐藤 1984, p. 5.
(四)^ 中本正智 1976.
(五)^ abPellard, Thomas (2015). The linguistic archeology of the Ryukyu Islands. De Gruyter Mouton. pp. 13-37. doi:10.1515/9781614511151.13
(六)^ 林由華, 衣畑智秀, 木部暢子﹁五十嵐陽介﹁分岐学的手法に基づいた日琉諸語の系統分類の試み﹂﹂﹃フィールドと文献からみる日琉諸語の系統と歴史﹄開拓社、2021年、18頁。ISBN 9784758923545。 NCID BC09858842。全国書誌番号:23593487。
(七)^ 消滅の危機にある方言・言語 文化庁
(八)^ “八丈語? 世界2500言語、消滅危機 日本は8語対象、方言も独立言語 ユネスコ”. 朝日新聞 (2009年2月20日). 2014年3月29日閲覧。
(九)^ ab松本泰丈, 田畑千秋﹁奄美語の現況から﹂﹃言語研究﹄第142巻、2012年、143-154頁、doi:10.11435/gengo.142.0_143。
(十)^ ab中本正智 1976, p. 353.
(11)^ 中本正智 1976, p. 336-337.
(12)^ ab中本正智 1976, p. 347.
(13)^ 中本正智 1976, p. 73.
(14)^ 狩俣 2000.
(15)^ International Phonetic Association (1993). “Council actions on revisions of the IPA”. Journal of the International Phonetic Association 23(1): 32–34. doi:10.1017/S002510030000476X.
(16)^ 中本正智 1976, p. 334-336.
(17)^ ab狩俣 2000, p. 55.
(18)^ 中本正智 1976, p. 368-369.
(19)^ 中本正智 1976, p. 355.
(20)^ 飯豊, 日野 & 佐藤 1984, p. 168.
(21)^ ab内間 1984, ﹁動詞活用の通時的考察﹂.
(22)^ 飯豊, 日野 & 佐藤亮一 1984, p. 168.
(23)^ 内間 1984, ﹁動詞活用の記述的研究﹂.
(24)^ 内間 1984, ﹁形容詞活用の通時的考察﹂.
(25)^ 町 2016.
(26)^ 中本正智 1976, p. 35.
(27)^ 内間 1984, ﹁形容詞活用の記述的研究﹂.
(28)^ 内間 1984, [要ページ番号].
参考文献
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●内間直仁﹃琉球方言文法の研究﹄笠間書院、1984年。
●中本正智﹃琉球方言音韻の研究﹄法政大学出版局、1976年。 NCID BN02366315。全国書誌番号:75000276。
●飯豊毅一; 日野資純; 佐藤亮一 編﹃講座方言学10沖縄・奄美の方言﹄国書刊行会、1984年。
●外間守善 著﹁沖縄の言語とその歴史﹂、大野晋; 柴田武 編﹃岩波講座 日本語11方言﹄岩波書店、1977年。
●狩俣繁久﹁奄美沖縄方言群における沖永良部方言の位置づけ﹂﹃日本東洋文化論集﹄第6巻、琉球大学法文学部、2000年、43-69頁、ISSN 1345-4781、NAID 120001372350。
●町博光﹁与論方言の文法﹂﹃消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究‥与論方言・沖永良部方言調査報告書﹄国立国語研究所、2016年。