歯周病
歯周組織に発生する慢性疾患の総称
歯周病︵ししゅうびょう︶とは、歯肉、セメント質、歯根膜および歯槽骨より構成される歯周組織に発生する慢性疾患の総称である。歯周疾患︵ししゅうしっかん︶、ペリオ︵perio︶ともいい、ペリオは治療のことを指すこともある。ただし、歯髄疾患に起因する根尖性歯周炎、口内炎などの粘膜疾患、歯周組織に波及する悪性腫瘍は含まない。歯を失う原因となる最も多い病気[1][2]であり、歯周病菌が原因の歯周病は﹁世界で最も蔓延している感染症﹂とも言われる[3]。日本でも日本人が歯を失う原因の第一位は虫歯ではなく歯周病である[4]。
歯周病 | |
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歯周病を発症した歯周組織のレントゲン写真。組織破壊を生じ遺失した部分は黒く見える。 | |
発音 | ししゅうびょう |
概要 | |
診療科 | 歯学 |
分類および外部参照情報 | |
ICD-10 | K05.4 |
DiseasesDB | 29362 |
MedlinePlus | 001059 |
MeSH | D010518 |
疫学
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食生活の欧米化と並行した生活習慣病の一つ[5]。歯垢︵プラーク︶を主要な原因とする炎症疾患が多いが、単に歯垢のみでなく、多くの複合的要因によって発生する。また、歯垢が一切関係ない︵非プラーク性︶歯周疾患も多数存在する。さらに、原因因子には個人差があり、歯周病の罹りやすさや進行度合いは人によって違う[6]。
歯周病のうち、歯肉に限局した炎症が起こる病気を歯肉炎︵しにくえん︶、他の歯周組織に及ぶ炎症と組織破壊が生じている物を歯周炎︵ししゅうえん︶といい、これらが二大疾患となっている。歯肉炎で最も多いのはプラーク性歯肉炎︵単純性歯肉炎︶であり、歯周炎のうちで最も多いのは慢性歯周炎︵成人性歯周炎︶であるため、歯肉炎、歯周炎といった場合、それぞれ、プラーク性歯肉炎、慢性歯周炎を指すのが一般的だ。
6年に一度行われる歯科疾患実態調査によると、日本においては歯周疾患の目安となる歯周ポケットが4mm以上存在している割合が、平成23年︵2011年︶調査[7]では45歳以上の人で約半数に達しており、また、高齢者の歯周疾患患者が増加していることが示されている。ただし、前回までと比較して調査方法の厳密化がなされていることから、単純比較はできないのではないかとされている。また、8020運動の推進[8]などにより、残存歯数が増加していることも歯周疾患の増加に関わっていると考えられている。ただし、85歳以上では残存する歯が減少するため一見した患者数は減少する[7]。
徴候と症状
編集原因菌と代謝物質
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口腔内には、700種以上の細菌が生息しているとされ[9][注釈1]、原因菌としての関与が確認されている細菌は少ない。しかし、幾つかの嫌気性グラム陰性菌との関与が報告され、細菌の代謝産物である短鎖脂肪酸︵高濃度の酪酸、イソ吉草酸など︶[10]が大きな影響を与えていると指摘されている。また、舌苔は歯垢よりも Porphyromonas gingivalis が多く検出され口内細菌の供給源となっている可能性が報告されている[11]。
●Porphyromonas gingivalis[12]︵ポルフィロモナス・ジンジバリス、旧 Bacteroides gingivalis[13]︶
●Prevotella 属菌は進行を促進する[14]。
●Prevotella intermedia[10]女性ホルモンにより発育が促進されると考えられ、思春期性歯肉炎や妊娠性歯肉炎への関与が指摘されている[15]。
●Fusobacterium nuclea[10]
●Aggregatibacter actinomycetemcomitans (旧 Actinobacillus actinomycetemcomitans)[16] - 若年性歯周炎[10]、侵襲性歯周炎︵特に若年者の限局型︶細胞のアポトーシスを誘導する[15]。
●Tannerella forsythensis[15] - 難治性歯周炎の病巣から、P.gingivalis やスピロヘータとともに検出されることが多い[15]。
●Treponema denticola - スピロヘータ、組織間隙に入り込み歯周組織破壊に関与する[15]。
高濃度の酪酸によりB細胞、T細胞の増殖が抑制とT細胞アポトーシス誘導がされるとする報告がある[10]、一方、硫化水素、メチルメルカプタンは組織為害作用はあるものの細胞障害作用には関与していないと報告されている[10]。例えば、P.gingivalis の代謝物質には、コラゲナーゼ、トリプシン様酵素、ヒアルロニダーゼなどがあり歯根膜、周囲の線維芽細胞、骨芽細胞などを直接破壊すると報告されている[10]。
病態
編集疾患
編集以下の疾患が知られるが、研究の進歩を反映し歯周病にはいくつもの分類法がある。
歯肉炎
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栄養障害、アレルギー、ウイルス感染、歯磨剤への反応、外傷などさまざまな要因で歯肉炎は生じる[19][20]、歯垢が原因となる場合、歯磨きによる歯垢の除去が不十分な状態が継続し歯垢が7日程度滞留すると歯肉炎が生じる[9]。
病態から下記に分類される。
歯肉炎の特徴
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主な歯肉炎はプラーク性歯肉炎であり、原因を除去すれば完治可能である。特徴としてプラークを原因とする歯肉に限局した炎症、歯肉ポケットを形成するがアタッチメントロスは存在しない、局所の修飾因子により増悪する、外傷性因子によって増悪しない、プラークコントロールにより改善する。
このX線フィルムは、左下第一小臼歯と犬歯の2つの孤独な下顎歯を 示しており、30%から50%の重度の骨量減少を示している。小臼歯を取り巻く歯根膜の拡張は、二次的な咬合性外傷によるもの。
このような修復された歯の自然な輪郭を超える過剰な修復材料は﹁オー バーハング﹂と呼ばれ、微生物の歯垢を捕捉するのに役立ち、局所的な歯周炎を引き起こす可能性がある。
歯周炎
編集- 慢性歯周炎
- 侵襲性歯周炎[21]
- 急性壊死性潰瘍性歯肉炎
- 急性壊死性潰瘍性歯周炎
- 歯肉膿瘍
- 歯周膿瘍
- 咬合性外傷
- 歯肉退縮
- 急性ヘルペス性歯肉炎
- 歯肉繊維腫症
- 慢性剥離性歯肉炎
- パピヨン・ルフェーブル症候群
- 歯冠周囲炎
- 智歯周囲炎
歯周炎の特徴
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主な歯周炎は慢性歯周炎であり、原因を除去しても破壊された組織は自己再生しない。特徴として歯肉炎が歯周炎に進行し、セメント質、歯根膜および歯槽骨が破壊されることが挙げられる。
また、アタッチメントロスが生じポケットが形成されること、歯周ポケットの深化に伴い、歯周病原細菌が増殖し炎症を持続し進行させる。局所の修飾因子によって増悪し、外傷性咬合が併発すると急速に増悪する。全身的因子はリスクファクターとして働き、部位特異性がある。休止期と活動期がある。歯周炎が重度になると悪循環が生じ、さらに急速に進行しやすい。
原因の除去により、歯周炎は改善・進行停止する。歯周治療の一環として、サポーティブペリオドンタルセラピー︵supportive periodontal therapy, 略: SPT︶あるいはメンテナンスが重要であることも特徴として挙げられる。破壊された組織は、再生療法によって回復可能な場合もある。
指数
編集治療における専門医制度
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歯周疾患は歯科医療の領域であり、歯科医師が治療を担当する。また歯周病を専門とする専門医制度が厚生労働省より認可されており、日本歯周病学会の行う試験に合格すると日本歯周病学会認定歯周病専門医を名乗ることができる。また、同学会では日本歯周病学会認定歯科衛生士の認定も行っており、歯周疾患の専門性を高める施策を講じている。
全身疾患との関係
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歯周病は以下の因子と相互関係があるとされている。
(一)遺伝的因子
(二)環境因子および全身的因子
(三)年齢、性別
(四)メタボリックシンドローム
歯周病箇所から口内細菌が血流に乗り菌血症が生じ[9]、全身の健康状態に影響を与え基礎疾患に関与する[24]、特に心筋梗塞やバージャー病、肋間神経痛、三叉神経痛、2型糖尿病、関節リウマチと密接な関係にある[14][25][26][27]。妊娠合併症、骨粗鬆症との関与が報告されている[15]。
影響を及ぼす疾患
編集リスク上昇
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心筋梗塞やバージャー病[29]
歯周病原因菌が血小板に入り込み、血栓を作り易くなることによって、発症のリスクが高まる。
2型糖尿病
Porphyromonas gingivalis 感染が、分泌を促進する腫瘍壊死因子︵TNF-α︶によって、糖尿病が増悪され、この糖尿病によって歯周病が増悪されるという負の連鎖が起こる。これは﹁歯周病菌連鎖﹂や﹁歯周病連鎖﹂と呼ばれている[30]。血糖コントロールがうまく行えていない患者ほど、歯周病の重症度が高いとする報告もある[31]。一方、歯周治療を行うと血糖コントロール指標が改善することが示唆される報告もある[32]。
HIVウイルス感染症
名古屋市立大学、日本大学らの研究グループが2008年2月には、白血球内に潜伏しているHIVウイルスを活性化させる可能性があることを発表した[33][34]。
高血圧症
冠状動脈系心疾患︵CHD︶の原因となる、動脈硬化の進行が促進される[14]。
ほか
低体重児出産[35]、潜在感染ウイルス疾患の再活性化や、癌細胞転移との関連性を示唆する報告がある[36]。また,大腸癌との関係も指摘されている[37]。
歯周炎の人
診療科
編集歯周病の治療
編集歯周治療の考え方
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歯周治療の基本は、原因の除去、つまり﹁主因子である歯垢の除去﹂﹁修飾因子の除去﹂﹁外傷性咬合の除去﹂﹁SPT︵サポーティブペリオドンタルセラピー=歯周病安定期治療︶およびケアによる、回復した口腔の健康の維持﹂である。
歯周治療の流れは一般的に、歯周治療への患者の導入、検査・診断と治療計画の立案、歯周基本治療、再評価と治療計画の修正、︵必要に応じ︶歯周外科治療、再評価、SPT、治癒となる。歯周基本治療にはモチベーション︵動機付け︶、炎症に対する処置︵プラークコントロール、スケーリング、スケーリング・ルートプレーニング、歯周ポケット掻爬、プラークリテンションファクターの改善、局所薬物配送システム、保存不可能な歯の抜歯︶、咬合性外傷に対する処置が含まれる。 歯周外科治療には、以下の処置が挙げられる。
- 歯周ポケット掻爬術
- 新付着術
- 歯肉切除術
- 歯肉剥離掻爬術(フラップ手術)
- フラップ手術に付加して行う手術(歯槽骨整形術、歯槽骨切除術、骨および人工骨移植術)
- 歯肉歯槽粘膜形成術(小帯切除術、歯肉弁側方移動術、遊離歯肉移植術、歯肉弁根尖側移動術、歯肉弁歯冠側移動術、口腔前庭拡張術)
- 歯周組織再生誘導法(GTR)
- エナメルマトリックスタンパク質を応用した方法
ケア(健康管理)の重要性
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歯周病は再発しやすい疾患であり、治癒判定後の再発防止を徹底することが大切である。治療の間隔は個人のリスクの合わせて調節する。日本歯周病学会のガイドラインでは、リスク評価に次の6つのパラメータを取り入れて、低リスク、中等度リスク、高リスクに分類している[38]。
- ポケット深さ5mm以上の部位数
- プロービング時の出血の割合
- 年齢に相応する骨喪失
- 28歯中の喪失歯数
- 全身疾患・遺伝
- 環境(喫煙)
治療機器
編集ヒト以外の動物
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 細菌検出技術の進歩により小数の菌種まで検出が可能となり増加している。
出典
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(一)^ “歯周病と糖尿病の悩ましい関係 ~ティーペック健康ニュース”. ティーペック株式会社︵T-PEC株式会社︶ (2020年10月20日). 2020年11月16日閲覧。
(二)^ “Gum Disease”. National Institute of Dental and Craniofacial Research (2018年2月). 2018年3月13日閲覧。
(三)^ abc﹁
歯周病 動物もつらい‥ヒトから感染の可能性﹂﹃朝日新聞﹄夕刊2023年b1月6日︵社会・総合面︶同日閲覧
(四)^ 朝倉 2017, p. 48.
(五)^ 歯周病と生活習慣病の関係 8020推進財団 (PDF)
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(20)^ 歯周病の分類 日本歯周病学会会誌43巻 (2001) 3号 p.319-322, doi:10.2329/perio.43.319
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(28)^ 立石晃、天野裕治、相田高幸 ほか﹁敗血症を併発した歯性感染症による非クロストリジウム性頭頸部ガス壊疽の1例﹂﹃日本口腔外科学会雑誌﹄Vol.48 (2002) No.8 P.423-426, doi:10.5794/jjoms.48.423
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(30)^ 吉江弘正他 ﹃臨床歯周病学﹄ 医歯薬出版 2007年 ISBN 9784263456040
(31)^ Khader YS, Dauod AS, El-Quaderi SS et al.: "Periodontal status of diabetics compared with nondiabetics: a meta-analysis." Journal of Diabetes and Its Complications. January–February, 2006 Volume 20, Issue 1, Pages 59–68, doi:10.1016/j.jdiacomp.2005.05.006
(32)^ Tweeuw WJ, Gerdes VE, Loos BG: "Effect of periodontal treatment on glycemic control of diabetic patients." a systemic review and meta-analysis. Diabetes Care 33: 421–427, 2010., doi:10.2337/dc09-1378
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(37)^ 歯周病、大腸がんに関係か 国内外で相次ぐ研究報告 早期治療がメリット大 (47NEWS、共同通信、2024年04月30日)
(38)^ 日本歯周病学会﹃歯周病の検査・診断・治療計画の指針 2008﹄ (PDF)
(39)^ “世界初﹁歯周病﹂の治療器販売へ 東北大発のベンチャー企業が約17年かけ開発” (2024年6月4日). 20246-10閲覧。
参考文献
編集- International Diabetes Federation:IDF (2009). Oral health for people with diabetes. International Diabetes Federation:IDF. オリジナルの2017-02-23時点におけるアーカイブ。
- 『糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン』日本歯科医学会監、日本歯周病学会編。2008年。(Minds医療情報サービス)
- 歯周病の検査・診断・治療計画の指針 2008 日本歯周病学会 編 (PDF)
- 臼井通彦ほか「歯周病における骨破壊メカニズム〜破骨細胞を形成・活性化する因子〜」『日本歯周病学会会誌』Vol.57 (2015) No.3 pp.120-125, doi:10.2329/perio.57.120
- 朝倉勉『歯科治療なんでもブック ここまで進化した最先端の歯科医療』現代書林、2017年3月。
関連項目
編集外部リンク
編集- 特定非営利活動法人 日本歯周病学会
- 特定非営利活動法人 日本臨床歯周病学会
- Gum Disease (Periodontal Disease) - Studio Dentaire
- Gingivitis - Studio Dentaire
- Periodontitis - Studio Dentaire
- 歯周病の概要 - MSDマニュアル
- 歯周炎とは何ですか? - カナダ歯周病学会
- 「歯周病の調べ方」(徳島市立図書館) - レファレンス協同データベース
- 空気や水の力で「プラーク」を取り除く新手法とは?(読売新聞2022年12月24日記事)