うつ病
表示
![]() | ウィキペディアは医学的助言を提供しません。免責事項もお読みください。 |
うつ病︵うつびょう、鬱病、欝病︶とは、気分障害の一種であり、抑うつ気分や不安・焦燥、精神活動の低下、食欲低下、不眠症などを特徴とする精神疾患である。
かつて本邦で主流であったドイツ精神医学では、精神疾患を大きく外因性、内因性、心因性と原因別に分類し、うつ病はその中でも内因性うつ病という名で内因性疾患に分類されていた。
アメリカ合衆国の操作的診断基準であるDSM-IV-TRなどでは、﹁大うつ﹂︵英語‥major depression︶と呼ばれている。つまり、落ち込む程度の︵小︶うつは病気ではないが、社会生活に支障をきたすほどうつが悪化すると、これを精神疾患である大うつとするという意味である。
うつ病は、従来診断においては﹁こころの病気﹂である神経症性のうつ病と、﹁脳の病気﹂である内因性うつ病と別々に分類されてきたが、現在多用されている操作的診断では原因を問わないため、うつ病は脳と心の両面から起こるとされている。
﹁脳の病気﹂という面では、セロトニンやアドレナリンの不足が想定されており、脳内に不足している脳内物質︵ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなど︶の分泌を促進させる薬物治療を行う。これが精神科におけるうつ病治療の主流になっている。
あまり生活に支障をきたさないような軽症例から、自殺企図など生命に関わるような重症例まで存在する。うつ病を反復する症例では、20年間の経過観察で自殺率が10%程度とされている。
なお、男女比では、男性より女性のほうがうつ病に罹患しやすいとされている[1]。
世界保健機関 (WHO) の診断基準については、ICD-10による気分障害の分類を参照。
うつ病という言葉に関する注意
かつて我が国の精神医学界はドイツ精神医学が主流であったが、近年本邦にもアメリカ精神医学が浸透し始め、従来診断と呼ばれるドイツ精神医学に倣った原因別分類ではなく、操作的診断と呼ばれる症状別分類で診断されることが多くなった。精神医学以外の医学では、一般に病気を原因別に分類する。例えば胸が痛いもののうち、心臓冠動脈の狭窄による心臓への虚血が原因で起こるものを狭心症と診断する場合がこれにあたる。しかし精神疾患は原因のわからないものが多いため、原因別に分類するより症状別に分類する方がより実際的であろうというのが操作的診断を行う側の立場である。この場合、胸が痛いもののうち痛みが一定期間続くものを“胸痛症”と呼ぶことになる。“胸痛症”という表現があるならば、そこには狭心症のほか、肺塞栓や気胸など様々な疾患が含まれることになろう。逆に糖尿病で痛みを感じにくい患者に起こる狭心症は“胸痛症”には含まれないことになる。原因別に治療を行う内科など精神科以外の身体科においてこれは実際的ではないので、“胸痛症”のような操作的病名は実際には使われない︵使われる場合は○○症候群のように表現され、○○病という表現は用いられない︶。 前述のように、症状別に診断した“胸痛症”と原因別に診断した狭心症は大きく違ったものであるが、それと同じように症状別に分類されたmajor depression︵大うつ病性障害︶などの操作的診断病名と、原因別に分類された内因性うつ病等の従来診断病名とは、同じうつ病であっても大きく異なる概念であると言える。 このことが専門家の間でさえもあまり意識されずに使用されている場合があり、時にはそれを混交して使用しているものも多い。そのため一般社会でも、精神医学会においても、うつ病に対する大きな混乱が生まれている。 漠然と﹁うつ病﹂と記載されている場合には、それが内因性うつ病、あるいはメランコリー親和性うつ病などと呼ばれた従来診断におけるうつ病のことなのか、抑うつが2週間以上続くなどの状態像で操作的に分類されたmajor depression︵大うつ病性障害︶などのうつ病のことなのか、ということを十分に意識して読む必要がある。 ※この記事においても、操作的診断と従来診断のうつ病が混交して使用されているので注意が必要である。概要
うつ状態には、次のような性質のものがある︵うつ状態を呈するからといって、うつ病であるとは限らない︶。 ●一過性の心理的なストレスに起因するもの︵心因性のうつ、適応障害、急性ストレス障害、心的外傷後ストレス障害 (PTSD) など︶ ●自律神経失調症・パニック障害など、他の疾患の症状としてのもの ●季節や生体リズムなど、身体の内部の変調によって生じるもの︵内因性うつ病︶ こうした様々なうつ状態のうち、臨床場面でうつ病として扱われるのはDSMの診断基準に従って、﹁死別反応以外のもので、2週間以上にわたり毎日続き、生活の機能障害を呈している﹂というある程度の重症度を呈するものである。疫学
DSMの診断基準を用いたうつ病の有病率についての12の疫学的研究を見ると、ある時点で過去1か月以内にうつ病と診断できる状態であった人の割合は、1.0% - 4.9%であり、おおむね約2.8%が平均的な調査結果であった。 また、生涯のうちにうつ病にかかる可能性については、近年の研究では15%程度という報告が多い。また、日本で2002年に行われた1600人の一般人口に対する面接調査によれば、時点有病率2%、生涯有病率6.5%とされている。 これらの研究結果から、ある時点ではだいたい50人から35人に1人、生涯の間には15人から7人に1人がうつ病にかかると考えられている。症状
うつ病の症状を理解するには、大うつ病についてのDSM-IVの診断基準[2]を参照すると良い。 DSM-IVの診断基準は、2つの主要症状が基本となる。それは﹁抑うつ気分﹂と﹁興味・喜びの喪失﹂である。 ●﹁抑うつ気分﹂とは、気分の落ち込みや、何をしても晴れない嫌な気分や、空虚感・悲しさなどである。 ●﹁興味・喜びの喪失﹂とは、以前まで楽しめていたことにも楽しみを見いだせず、感情が麻痺した状態である。 この2つの主要症状のいずれかが、うつ病を診断するために必須の症状であるとされている。 これら主要症状に加えて、﹁抑うつ気分﹂と類似した症状として、﹁自分には何の価値もないと感じる無価値感﹂、﹁自殺念慮・希死念慮﹂などがある。 これらのグループの症状をまとめると﹁気分が落ち込んで嫌な毎日であり、自分には存在している価値などなく、死にたいと思う﹂という訴えとなる。 ﹁興味・喜びの喪失﹂と類似した症状としては、﹁気力の低下と易疲労性﹂、﹁集中力・思考力・決断力の低下﹂がある。このグループの症状をまとめると﹁何をしても面白くなく、物事にとりかかる気力がなくなり、何もしていないのに疲れてしまい、考えがまとまらず小さな物事さえも決断できない﹂という訴えとなる。 さらにこれらの精神症状に加えて﹁身体的症状﹂として、食欲、体重、睡眠、身体的活動性の4つの領域で、顕著な減少または増加が生じる。訴えとしては﹁食欲がなく体重も減り、眠れなくて、いらいらしてじっとしていられない﹂もしくは﹁変に食欲が出て食べ過ぎになり、いつも眠たく寝てばかりいて、体を動かせない﹂というものである。 DSM-IVでは、主要症状1つを含む5つの症状が2週間以上持続することが、大うつ病診断の条件となっている。子供のうつ病
12歳未満の児童期は0.5%から2.5%、12歳から17歳の思春期以降では、2.0%から8.0%の有病率が認められる。 軽症のうつ病ではイライラしたり、少し落ち込んでいるようにみえたりするだけでうつ病体験を言語化しないことが多く︵発達段階によっては出来ない︶、頭痛や腹痛等の身体症状や不登校等の行動面での変化が特徴である。 投薬治療はフルオキセチンやセルトラリンなどのSSRIが推奨されているが、思春期前の子どもへのパロキセチンの投与は慎重に行われるべきである。SSRIの投与により改善が見られない場合には、他のSSRIや三環系抗うつ薬などへの変更が推奨される。 心理療法は、児童期では認知行動療法、青年期では認知行動療法と対人関係療法の有効性が認められている。 家庭や学校などの日常生活における環境を整えることも、回復を促す上で有効である。分類
うつ病・うつ状態には、様々な分類がある。 まずうつ状態そのものの分類は大きく分けて、症状の重症度で区分する分類と、成因で区分する分類に分かれる。 ●DSM-III以降の米国精神医学会のうつ病分類では、うつ病性障害は、﹁ある程度症状の重い大うつ病﹂と﹁軽いうつ状態が続く気分変調症﹂に2分されている。 ●一方古典的分類では、疾患の成因についての判断が優先され、﹁心理的誘因が明確でない内因性うつ病﹂と、﹁心理的誘因が特定できる心因性うつ病﹂の2分法が中心となっている。狭義には前者が“うつ病”とされ、心因性のものは“適応障害”などに分類されることが多い。 DSMなどの症状のみで判断する分類は、客観的であり、研究には適している。一方、臨床場面では、心理的誘因の評価は不可欠であり、むしろ治療的にはこちらの判断のほうが重要である。例えば、“心因性のうつ”では原因から遠ざかれば一晩で元気になる可能性もあり、治療や環境変化などへのレスポンスが大きく異なっている。 さらに、うつ病の長期経過による分類がある。すなわち、躁状態を呈する躁うつ病︵双極性障害︶、うつ病を繰り返す反復うつ病、再発のない単一エピソードうつ病の区分である。 まず、長期経過の中でうつ状態に加えて躁状態も生じる場合には、躁うつ病と呼ばれる。これに対して、うつ病を繰り返し生じる場合には、反復性うつ病と呼ばれる。この反復性うつ病は、遺伝研究などによって、躁うつ病と根本的には同一の疾患であるとされている。 一方、再発のないうつ病は、単一エピソードうつ病と呼ばれ、躁うつ病とは異なった疾患であると考えられている。特に軽躁と鬱を繰り返す双極II型障害を単極性・反復性と誤診するケースが多い。睡眠時間が短くてもすんでしまうなど現代の過酷な社会環境にむしろ適応的である、ばりばりと働けたなどの充実感などのため、軽躁状態を患者が異状と認識せず、主治医に申告しないことによる。双極II型障害と単極性うつは治療法が根本から異なるため、鑑別は重要な問題である[3]。 近年増えているものに、﹁非定型うつ病﹂がある。症状の性質から、誤解を受けやすいが、DSM-IV-TRにもあるれっきとした病気である。憂鬱だが趣味の活動ができる、夕方から夜にかけて症状が悪化する、過眠、過食、体重増加、いらいらして落ち着きがないなどの特徴を持つ。経過
﹁誰でもかかる可能性がある﹂﹁かかりやすい﹂ことを表した﹃うつ病は心の風邪﹄という言葉が、一部における﹁うつ病は放っておいても簡単に治る﹂﹁気の持ちようでなおる﹂という誤解に繋がっているが、風邪と違って時間がたてば自然に治る類の病ではない。 かつては、電気けいれん療法、ロボトミーしか効果の証明された治療法が無かったが、その後抗うつ薬が登場し薬物治療が発達した。過去に比べれば、うつ病に対する治療法は確立されてきている。 うつ病では、6か月程度の治療で回復する症例が、60%ないし70%程度であるとされ、多くの症例が、比較的短い治療期間で回復する。しかし、一方では25%程度の症例では、1年以上うつ状態が続くとも言われ、必ずしもすべての症例で、簡単に治療が成功するわけではない。また、一旦回復した後にも、再発しない症例がある一方、うつ病を繰り返す症例もある。このように、様々な経過をとる可能性があることは認識しておく必要がある。 再発率に関しては、うつを繰り返すたびに高くなる傾向にあり、初発の場合の次回再発率は50%、2回目の場合75%、3回目の場合は90%にも達する[4]。成因
うつ病の成因論には、生物学的仮説と心理的仮説がある。心理的仮説は生理的な理由付けが無いため、科学的根拠に欠けるとの批判が存在するが、生物学的仮説は現在は脳と精神の関係がほとんど解明されていないこともあり、治療という面でも初期の段階にある。ただし、精神分裂病などに幾分か有効な薬が開発されているが、現在はうつ病の症状を抑える程度の薬しか存在しない。いずれの成因論もすべてのうつ病の成因を統一的に明らかにするものではなく、学問的には、なお明確な結論は得られていない。 治療場面では、なぜうつ病になったかという問いよりも、今できることは何かを問うべきである。この意味で、成因論は学問的関心事ではあるが、現時点では臨床場面での有用性は限定的である。 ●生物学的仮説は、薬物の有効性から考え出されたモノアミン仮説、MRIなどの画像診断所見に基づく仮説などがあり、現在も活発に研究が行われている。モノアミン仮説のうち、近年はSSRIとよばれるセロトニンの代謝に関係した薬物の売り上げ増加に伴い、セロトニン仮説がよく語られる。また近年、海馬の神経損傷も話題となっている。ただ、臨床的治療場面を大きく変えるほどの影響力のある生物学的な基礎研究はなく、決定的な結論は得られていない。 ●一方、心理学的・精神病理学的仮説としては、テレンバッハのメランコリー親和型性格の仮説が有名である。これは、几帳面・生真面目・小心な性格を示すメランコリー親和型性格を持つ人が、職場での昇進などをきっかけに、責任範囲が広がると、すべてをきっちりやろうと無理を重ね、うつ病が発症するという仮説である。つまり鬱の原因は人生問題であるというものである。生活での悩みが鬱の原因になるという主張はことに反論を唱えるものはいないが決してすべてのうつ病がこの仮説に一致する訳ではない。例えば家族の一員の死などで鬱になる場合でも個人差があり回復に数年と言うケースも存在する。またまれに理由も無く深刻な鬱である場合もある。ただしこのような心理的仮説は鬱を生物学的に捕らえ治療を行うという考え方に対する疑問として掲示される仮説である。 ●また、認知療法の立場からは、人生の経験の中で否定的思考パターンが固定化したことがうつ病と関連しているとされている。生物学的仮説‥脳の海馬領域における神経損傷仮説
●うつ病の神経損傷仮説‥近年MRIなどの画像診断の進歩に伴い、うつ病において、脳の海馬領域での神経損傷があるのではないかという仮説が唱えられている[5]。そして、このような海馬の神経損傷には、遺伝子レベルでの基礎が存在するとも言われている[6]。 ●心的外傷体験が海馬神経損傷の原因となるという仮説‥また、海馬の神経損傷は幼少期の心的外傷体験を持つ症例に認められるとの研究結果から、神経損傷が幼少期の体験によってもたらされ、それがうつ病発病の基礎となっているとの仮説もある。心理学的仮説‥病前性格論
心理学的成因仮説の代表は、病前性格論である。うつ病にかかりやすい病前性格として、主に、メランコリー親和型性格、執着性格、循環性格、が日本では提唱されている︵米英圏では強迫性︶。しかし、近年はうつ病概念の拡大や社会状況の変化に伴い、下記の性格に該当しないうつ病患者が増加している。 ●メランコリー親和型性格はドイツの精神科医テレンバッハ (H. Tellenbach) が提唱したもので、秩序を愛する、几帳面、律儀、生真面目、融通が利かないなどの特徴を持つ。主として反復性のないうつ病を呈するとされる。 ●執着性格は下田光造が提唱したもので、仕事熱心、几帳面、責任感が強いなどの特徴を持つ。反復性うつ病ないし躁うつ病の病前性格の1つであるとされる。 ●循環性格はエルンスト・クレッチマー (E. Kretschmer) が提唱したもので、社交的で親切、温厚だが、その反面優柔不断である為、決断力が弱く、板挟み状態になりやすいという特徴を持つ。躁うつ病の病前性格の一つであるとされる。治療
治療の基本方針
心理的葛藤に起因しない内因性うつ病の場合 ●生理的な原因が明確なほかの病気と違い回復を保障できる治療法はほとんど存在しない。多くの場合は時がたてば治ることが多い。ただしこの場合は実際に特定の治療法が回復に貢献したのかの疑問が残る。基本的に現在はまず鬱が病気であることを本人・家族が納得し、﹁無理をせず、養生して、︵場合によっては︶薬を飲んで、回復を待つ﹂ことである。 ●内因性うつ病の症状は、“気の持ちよう” “努力”などで変えられるものではない。変えられないものを、変えようと無理をすれば、症状を悪化させる。むしろ、変えようとせず、憂うつな気分に逆らわず、十分な休養を取りながら、回復を待つべきである。 ●うつ病の症状の一つに、将来を悲観してしまうことがある。病気のため、もう治らないとしか考えられなくなることも多い。しかし、うつ病はいかに重症でもいつかは改善するものである。いつかは良くなるという希望を持つことが重要である。 ●またあせって人生の決断を下さない方がよい。例えば転職・退職、離婚などの重要な決断はなるべく後回しにする。一般にうつ病のため判断能力は低下していることが多く、適切な判断が下せないことが多い。 ●家族など周囲の人たちも、長い目でうつ病患者を見守ることが求められる。﹁頑張れ﹂や﹁甘えるな﹂という言葉は、患者自身の力ではどうしようもない今の状態を、今すぐに自分の力で変えるようにと、無理を求めるものとなる。そして、このような言葉は、患者を追いつめ、最悪の場合、自殺の誘因とならないとも限らない。患者のみならず、周囲の人々も、患者がうつ病であり、患者自身の力では今の状態から抜け出せないことを受け入れ、長い目で回復を信じ、あせらないことが必要である。 ●﹁気の持ちようではないか﹂﹁旅行にでも行って気分転換してはどうか﹂といった言葉も、適切ではない。うつ病でなくとも、嫌なことが起きれば、嫌な気分になるし、そういった一過性の軽い抑うつ気分は多くの人が経験する。これらの言葉は、うつ病もそれと同じように対処すれば良いものと見ている。しかし、長期間に及ぶような酷いうつ状態︵つまりうつ病︶の場合には、適切な治療なしには気の持ちようを正すこともできず、旅行に行く気力も出ないため、これらの言葉はかえって患者を苦しめる。患者がこれらのアドバイスを受け入れられるほど回復したかどうかの見極めが大切である。 ●治療の前提として、治療の基本的原則について、しっかりと医師が説明を行い、患者が納得して治療に取り組むことが必要である。また、投薬についても、医師がしっかりと説明する必要がある。患者も、分からないことは質問していくことが必要である。こうした医師と患者のコミュニケーションが治療の成功には不可欠である。 心理的葛藤に起因すると思われる心因性うつ病の場合 ●心理的葛藤に起因すると思われるうつ病では、原因となった葛藤の解決や、葛藤状況から離れることなどの原因に対する対応が必要である。なお、一人一人の患者においては、心理的葛藤が原因と考えるべきものなのかどうかの判断は、かなり難しい。このため、この判断は、精神科医の助言に従うのが良いであろう。入院・外来などの治療設定の選択
●入院するかどうかなどの治療設定の選択をする場合には、症状の重症度の判断が重要である。ただし、専門的に見てかなり重症であると判断されるうつ病を、家族や周囲の人が、軽く見ることは多く、専門医を受診し、診断を受けることがまずもって必要である。特に、﹁死にたい﹂とか﹁消えてしまいたい﹂﹁自分は居ない方がいい﹂などの希死念慮や自己否定的な内容を口にする場合には、自殺の危険性があり、すみやかな受診が必要である。 ●治療開始の時点では、自殺の危険性が高い重症例であるか否かがまず評価され、自殺の危険性が高い重症例では、入院治療が必要となる。特に危険性が高い場合には、電気けいれん療法を行うと、自殺の危険性は軽減されるとされる。 ●自殺の危険性はないが、日常生活に著しい障害が生じている場合には、仕事を休んだり、主婦であれば家事を誰かに手伝ってもらうなど、社会的役割を免除してもらい、休養する必要がある。 ●日常生活における障害が軽い軽症例では、これまで通りの生活を続けながら、治療を行うこともある。 ●いずれの重症度でも、内因性うつ病においては、薬物療法を行うのが原則である。治療法各論
薬物療法 うつ病に対しては、抗うつ薬の有効性が臨床的に科学的に実証されている。ただし抗うつ薬の効果は必ずしも即効的ではなく、効果が明確に現れるには1ないし3週間の継続的服用が必要である。このことをしっかりと理解して服薬する必要がある。 抗うつ薬のうち、従来より用いられてきた三環系あるいは四環系抗うつ薬は、口渇・便秘・眠気などの副作用が比較的多い。これに対して近年開発された、セロトニン系に選択的に作用する薬剤SSRIや、セロトニンとノルアドレナリンに選択的に作用する薬剤SNRI等は副作用は比較的少ないとされるが、臨床的効果は三環系抗うつ薬より弱いとされる。また、不安・焦燥が強い場合などは抗不安薬を、不眠が強い場合は睡眠導入剤を併用することも多い。 なお、抗うつ薬による治療開始直後には、年齢に関わりなく自殺の危険が増加する危険性があるとアメリカ食品医薬品局 (FDA) から警告が発せられた。また、近年セント・ジョーンズ・ワートを始めとしたハーブの利用にも注目が集まっているが、有効性はまだ不明である。なお、非定型うつ病については、本来モノアミン酸化酵素阻害薬︵MAO阻害剤)が第一選択になり、欧米では活用されているが、現在日本で認可されているものはない。 認知行動療法 外界の認識の仕方で、感情や気分をコントロールしようという治療法。抑うつの背後にある認知のゆがみを自覚させ、合理的で自己擁護的な認知へと導くことを目的とする。対人関係療法も認知行動療法の要素を持つ。 心理療法 いわゆる﹁カウンセリング﹂と言われるもの。 電気けいれん療法 (ECT) 頭皮の上から電流を通電し、人工的にけいれんを起こす事で治療を行う。薬物療法が無効な場合や自殺の危険が切迫している場合などに行う。有効性・安全性とも高い治療法であり、保険診療でも認められている。 経頭蓋磁気刺激法 (TMS) 頭の外側から磁気パルスを当て、脳内に局所的な電流を生じさせることで脳機能の活性化を図るもの。保険は未承認。 その他、実験的段階にあるものや、限定的に行われる治療法として以下のようなものもある。 断眠療法 文字通り、睡眠を断つ治療法。﹁徹夜明けでハイになる﹂というものに近い。短期的には一定の効果があるが、再発率が高い。 光療法 強い光︵太陽光あるいは人工光︶を浴びる治療法。過食や過眠のあることが多い、冬型の﹁季節性うつ病﹂︵高緯度地方に多い冬季にうつになるタイプ︶に効果が認められている。 運動療法 有酸素運動の有効性が学会で指摘されている。入院時の日課とする病院もある。 音楽療法参考文献
●日本医学会‥第129回日本医学会シンポジウム記録集﹁うつ病﹂ 総説- Belmaker RH, Agam G. "Major depressive disorder." N Engl J Med. 2008 Jan 3;358(1):55-68. No abstract available. PMID 18172175
脚注
- ^ テレビ東京「主治医が見つかる診療所」2007年10月2日放映分
- ^ DSM-IVの診断基準
- ^ 内海健 うつ病新時代-双極II型という病 勉誠出版
- ^ 「うつ」からの社会復帰ガイド うつ・気分障害協会編 岩波アクティブ新書115
- ^ 山脇成人(2005年). page 8,9.
- ^ 学習・記憶、情動に関わるエピジェネティック制御機構
関連項目
- 抗うつ薬
- 精神疾患
- 精神医学
- 双極性障害(躁うつ病)
- 躁病
- セロトニントランスポーター遺伝子
- 従業員支援プログラム (EAP)
- 自尊心
- 摂食障害
- 依存症
- 窃盗症
- 喫煙
- 出産
- 線維筋痛症
- 産後うつ
- ストレス
- 運転免許に関する欠格条項問題
- 光療法
- メンタルヘルス
外部リンク
- UTU-NET - うつ病、パニック障害、強迫性障害(OCD)情報サイト
- NHK うつサポート情報室 - うつ病をテーマにした放送のログ。実例と医師の解説が豊富
- FDA Public Health Advisory - FDAのSSRIと自殺念慮に関する勧告(英語)
- FDAの自殺念慮に関するプレスリリース(英語)