かんたん
表示
![]() |
かんたん︵菡萏、英語: Kantan︶は、大分県大分市の西大分駅の北西約200-300mにある一帯を指す地名。住居表示上では生石港町2丁目の一部となっている[要出典]が、﹁かんたん地区﹂という通称も用いられている[2]。
地理
西大分駅の北西約200-300mにあり、祓川の河口周辺にあたる。国道10号︵別大国道︶が地域内を通っており、かんたんという交差点がある[3]。歴史
この地区を含む祓川河口及び流域の一帯は古くから、現行地名と同じく、生石と呼ばれた[注 1]。一方、この地区が面する別府湾は菡萏湾の別名でも呼ばれたが、﹁菡萏﹂は開きかかった蓮の花を指し、U字型に開く別府湾の形状から名づけられたとされる[5][6]。享和3年︵1803年︶に完成した﹃豊後国志﹄には、神宮寺浦︵春日浦︶の別名が菡萏湊であるとの記述があり[注 2][6]、菡萏はかつて春日浦を含む漠然とした地域を指していたとされる[6]。 1884年︵明治17年︶にはこの地区に近代的港湾が完成し、菡萏港と名づけられた[9]。菡萏港の完成後には遊廓が立ち並び、時期によって変動はあるが、貸席が24、5軒から30軒あった。最盛期には約200人ほどの遊女がいた。これらの遊廓は約130年間続き、1958年︵昭和33年︶の売春防止法施行後には、貸間や旅館に転業した[6]。だが、多くがその後、民家やアパート等に転用されたり、解体され更地になったりしている。 ﹁“かんたん”みなとまちづくり﹂が、平成18年度手づくり郷土賞︵地域活動部門︶受賞。 平成29年度同賞大賞。交通
大分駅から大分交通︵路線バス︶の別大線︵大分駅 - 別府北浜 - 亀川 - 関の江︶、国大線︵大分駅 - 別府北浜 - 亀川 - 国東︶、鉄輪線︵大分駅 - 別府駅 - 鉄輪温泉︶、APU線︵大分駅前 - 別府北浜 - 亀川 - APU︶などの各路線で﹁かんたん﹂停留所、下車。 地区内に鉄道駅はないが、国道10号をはさんだ内陸側に九州旅客鉄道︵JR九州︶日豊本線の西大分駅がある。 かんたんには、かつて大分交通別大線︵路面電車︶のかんたん停留所が存在していたが、別大線の廃止に伴い1972年︵昭和45年︶4月5日に廃止された。かんたん停留所は起点区間側の複線区間︵併用軌道部︶と単線区間︵専用軌道部︶の分かれ目であり[10]、タブレット交換が行われていた︵北緯33度14分52.6秒 東経131度34分48.0秒 / 北緯33.247944度 東経131.580000度︶[11]。現在は路線バスによる運行が行われており、上述の別大線・国大線・鉄輪線でおおむね20分間隔で運行されている。施設
かつて存在した施設
- 大分交通別大線かんたん停留場
- 菡萏遊郭 - 生石港町2丁目6,7,8,9番付近に遊郭跡が多くみられる。[要出典]
脚注
注釈
出典
(一)^ 大分市生石港町2丁目 - Google ストリートビュー
(二)^ “大分市都市計画マスタープラン 大分地区地区別構想見直し版” (PDF). 大分市. pp. 34-35 (2016年7月15日). 2018年4月7日閲覧。
(三)^ “事故多発交差点︵平成24年データ準拠︶ ワースト1‥かんたん交差点”. 日本損害保険協会. 2018年4月7日閲覧。
(四)^ 角川 (1980), p.98
(五)^ 角川 (1980), p.742
(六)^ abcd渡辺克己 (2007年12月7日). 大分合同新聞社: “第十七章 生石かいわい”. デジタルブック版﹁大分今昔﹂. NAN-NAN事務局. 2018年4月7日閲覧。
(七)^ “豊後国志‥附・箋釈豊後風土記”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 国立国会図書館. p. 73. 2018年4月7日閲覧。
(八)^ 角川 (1980), p.447
(九)^ 角川 (1980), pp.183-184
(十)^ 田尻弘行﹃RM LIBRARY 85 大分交通別大線﹄ネコ・パブリッシング、25-28頁。
(11)^ 宮脇俊三﹃鉄道廃線跡を歩く7﹄JTB、2000年、165-166頁。ISBN 4533033768。
(12)^ “万葉歌碑公園”. 一般社団法人 大分市観光協会. 2018年4月7日閲覧。
(13)^ “かんたん港園”. 日本一の﹁おんせん県﹂大分県の観光情報公式サイト. 一般社団法人ツーリズムおおいた. 2018年4月7日閲覧。
(14)^ “かんたん港園︵かんたんサーカス︶”. 一般社団法人大分市観光協会. 2018年4月7日閲覧。
参考文献
関連項目
座標: 北緯33度14分49.6秒 東経131度34分54.0秒 / 北緯33.247111度 東経131.581667度