ノート:枕投げ
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Wikipedia:秀逸な記事の選考において﹁百科事典になじみそうもないから秀逸な記事の推薦に反対である﹂という指摘がありましたので、このことについて考えてみました。
確かにブリタニカやニッポニカにはこのような項目はないでしょう。その意味ではこの項目は百科辞典的ではありません。しかしウィキペディアの品性を傷つけるような主題でなければ、オーソドックスな百科辞典的項目でなくてもよいと個人的には考えています。例えば英語版では en:DOOM︵コンピュータゲーム︶, en:LEGO︵おもちゃ︶, en:Sex Pistols︵パンクバンド︶など紙の百科辞典にはない︵未確認︶であろう項目が en:Wikipedia:Featured articles になっています。これ対して私は不自然さを感じません。ただし正統派の項目がたくさんあった上での話というのはあります。
﹁枕投げ﹂に話を戻すと、これは割と伝統的な遊戯の一形態であり、とくに低劣であるとは思いません。仮にこの項目が﹁秀逸な記事﹂になったとして、それを見た非ウィキペディアンの心象を悪くするかというと、そういうことはあまりないように思います。したがってこの項目は通常どおり内容の質のみで判断すればよいのではないか、というのが私の意見です。Wikipedia project 全体としても非典型的な項目を許容する流れがあると思います。いかがでしょうか。
こういった問題は主観的に大きく左右されるところもあるので、明快な線引きをすることが難しいばあいもあるでしょうし、今後もグレーゾーンとされる主題が推薦されたときは個別に判断をしていく必要があるように思います。あと、まあ、個人的には正統派項目の充実に力を入れて欲しいと思っていますが :) 電気山羊 11:41 2004年6月20日 (UTC)
●﹁枕投げ﹂、楽しく読ませていただきました。執筆お疲れさまです。
ところで記事の是非についてですが、百科事典に﹁枕投げ﹂という項目があってもいいとは思います。ですが今の内容は、取るに足らない事柄について必要以上に大げさに真面目ぶって著述するという、よくあるタイプのジョークですね。ウィキペディアがユーモア文芸の発表の場ならそれでも良いと思いますが。Kk 2004年6月29日 (火) 06:59 (UTC)
# ところで、﹁終了条件﹂のところにある﹁可算無限時間﹂ってどういうイメージでしょうか??
●ニヤニヤしながら読ませていただきました。﹁よくあるジョーク﹂とはいえかなりの力作ですし、私は肯定的に考えます。
横槍ですが﹁可算無限﹂とは、数学において無限を分類したときのひとつで、読んで字のごとく﹁数えられる無限﹂のことです。たとえば、自然数全体の集合は無限の要素からなりますが、1、2、3、…、と数え上げることができます。これに対し、実数全体の集合は﹁不可算無限︵連続体無限とも︶﹂と呼ばれ、可算無限より”大きい︵全単射が存在しない︶”ことがゲオルク・カントールによって示されています。ここではいくらでも長くプレイできるという﹁無限﹂を単に専門用語っぽく大げさに述べた、と考えればいいのではないでしょうか。霧木諒二
●好意的な評をいただき執筆者の一人として嬉しく思います。お礼申し上げます。﹁無限﹂を﹁可算無限﹂と修正したのは私ですが、ここは少し迷いました。枕投げの動作を可算無限とすることは自明であるようにも考え、冗長かと思いましたが、あるいは見落とした点があり、枕投げという行為の捉え方によっては、不可算無限とする可能性もあるかも知れないと考え、問題提起を兼ねて加筆した次第です︵私は支持しませんが、ゼノンの背理のように﹁無限の時間﹂を認めない立論も可能ですし︶。冗長と考えられる方は、この辺りにも加筆修正いただければ幸いです。KIZU 2004年7月12日 (月) 09:11 (UTC)
●コメントありがとうございます。最初に書いたとおり、私も愉快な記事だと思いますし、こういうユーモアは大好きです。
さて、﹁可算無限時間﹂についてです。﹁可算無限﹂と﹁時間﹂の取り合わせがなんだか妙な気がして疑問を投げかけたのですが、専門用語っぽく大げさに述べたと考えれば、ユーモア文芸としては納得です。しかしながらこれを記事としてみた場合には、﹁専門用語っぽく大げさに﹂ではなくて、せめて﹁専門用語で大げさに﹂となっていてくれないと困るのではないでしょうか。﹁可算無限﹂が﹁時間﹂に係っていたのでは専門用語としては誤用なのではないかと思います。KIZUさんは冗長かどうかだけを気にされてるようすで、この誤用についてはお気づきではないようです。哲学方面を専門とする方でありましょうし、ゼノンの背理を持ち出したりしてもいらっしゃるので、あえてノート:ゼノンのパラドックスの一読をお勧めします。Kk 2004年7月12日 (月) 11:26 (UTC) # 時間の量子化とかはナシね(^^)
●一晩で2つもレスがついている!しかもなんか議論が大事になっていますね。
確かに無限を扱う学問は数学︵それも純粋数学︶だけで、そこでは時間は扱わない︵時間は物理学で扱うのが普通でしょう︶のですから、組み合わせがおかしいと感じられるのも間違っていない感覚だと思います。憶測ですが、数学では無限にあるものに対して﹁可算無限個﹂﹁不可算無限個﹂といった表現をすることがあります︵正しい表現ではなく、説明のあやなどとして︶。そこから発展させて﹁可算無限時間﹂という表現を考案されたのではないでしょうか。
私としては枕投げの動作は”可算無限”回行えますが、そのとき枕投げのプレイ時間は”不可算無限”時間になるのではないかな~と思います。厳密に用語を正確に用いることを求めるのなら﹁理論上は宇宙の滅亡までプレイしつづけることが可能ではあるが、複数日に亘ってプレイされた例は知られていない﹂などとすれば︵無限の面白味がなくなりますが︶よいのではないでしょうか。霧木諒二 2004年7月13日 (火) 05:02 (UTC)
●少し脱線あります。
> 一晩で2つもレスがついている!
反応があるとうれしいですよね。私はノートに書き込んでも反応してもらえずに、悲しい思いをすることもしばしばです。# 嫌われているのか、はたまた話題ストッパーなのか...(^^)
> ...“可算無限”回...“不可算無限”時間...
﹁可算無限時間﹂については、霧木諒二さんにまったく同感です。︵専門用語に余計な突っ込みを入れるとすれば、“不可算”より“非可算”のほうがよく使われているようですが...︶
ともあれ、こんな具合に記事に肉付けすれば良質の百科事典が出来上がるとするなら、﹁かくれんぼ﹂のところにも﹁最初に見つけられた者を次の鬼とすることで、理論的には可算無限時間かくれんぼを行うことができるが、かくれんぼを無限に行った例はいまだ報告されていない﹂なんて書いて回るといいですかね︵他にも類例多数︶。(^^)
# 誤解されないようにもう一度言っておきますが、ユーモア文芸作品としては好きなんですよ、こういうの。- Kk2004年7月14日 (水) 08:54 (UTC) # まあ、こんな嫌味を書くから嫌われるわけですが...。あっと、嫌味は霧木諒二さん宛じゃないですよ、為念(^^)
●なんか脱線がすごいので話をまとめましょう。たかが一文ですが。
(一)﹁可算無限時間﹂でよい。ただの﹁無限時間﹂よりも仰々しくなり、ユーモア度も増す。
(二)単に﹁無限時間﹂でよい。変に純粋数学用語である﹁可算無限﹂なんかを使うより、永遠にプレイできることが正しく表現される。
(三)別の表現がよい。実際宇宙は永遠の存在ではないと考えられており、その意味では無限にプレイすることはできない。
(四)そのほかの表現がよい。︵﹁連続体無限時間﹂とか?︶
自分は1を支持しますが、百科事典である以上述語は正確たるべきだ、と考える方が多いのなら3でもよいのではないでしょうか。霧木諒二 2004年7月15日 (木) 01:49 (UTC)
●そうですね、少し脱線しすぎました。まとめましょう。
私も、ユーモア文芸としては1を支持します。しかし百科事典としては次の
5. 無限に続けられるかどうかについての記述は無用。
を支持します。いかがでしょうか。# 霧木諒二さんのような建設的な話の進め方、よいと思いました。 - Kk2004年7月15日 (木) 02:24 (UTC)
●賛成です。あの文は﹁決まった終了条件をもたない﹂がメインで、﹁だからいつまででも続けられる﹂というのはおまけ︵蛇足?︶でしょうから。霧木諒二 2004年7月15日 (木) 04:16 (UTC)
●少し関連するコメントをノート:名前空間に書いておきました。 - Kk2004年7月2日 (金) 00:49 (UTC)