ルル (オペラ)
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クラシック音楽 |
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﹃ルル﹄︵Lulu︶とは、アルバン・ベルク台本・作曲のオペラ。原作は﹁ルル﹂二部作と呼ばれるフランク・ヴェーデキントの戯曲﹃地霊︵Erdgeist︶﹄︵1895年︶と﹃パンドラの箱︵Die Büchse der Pandora︶﹄︵1904年︶。
作曲が進行中だった1934年8月28日付けの手紙で、ベルクは亡命中だったアルノルト・シェーンベルクに、﹁最愛の友!﹂の言葉と共に全曲を献呈している。
クラシック音楽史上初めてヴィブラフォンを使用した曲として知られている。
歴史
ベルクが最初に﹃パンドラの箱﹄の上演を見たのは1905年のカール・クラウスによる上演だったが、オペラ化に着手したのは1929年、もう1つのオペラ﹃ヴォツェック﹄を完成させた後だった。ベルクは作曲に当たり、原作から省察的な会話部分を削除し、映画の幕間劇を挿入することによって﹃地霊﹄と﹃パンドラの箱﹄を結合させた。1933年秋、ベルクは第2幕の﹃ルルの歌﹄のスコアとピアノ譜をアントン・ヴェーベルンの50歳の誕生日に贈っている。翌1934年には、上記のとおりシェーンベルクに全曲を献呈したが、遠くからしか彼の誕生日︵9月13日︶を祝えない事、曲そのものではなく献辞しか贈れない事、そして曲が未完である事を詫びている。
その後もこつこつと作曲を続けたが、1935年、ヴァルター・グロピウスとアルマ・マーラーの娘マノン・グロピウスが亡くなり、ベルクは﹃ルル﹄を中断して、マノンのために﹃ヴァイオリン協奏曲 ﹄を作ることにした。曲はすぐに完成したが、その年の末、ベルクが敗血症で急死してしまったため、﹃ルル﹄は未完に終わった。残されたものは、第3幕第1場までの268小節と、概ねの楽器編成を指示したその後の抜粋楽譜︵short score︶だった︵詳細はこちらを参照︶。さらに、第3幕終結部が組曲という形で抜粋・作曲されていた︵下記参照︶。
エルヴィン・シュタインが全3幕のピアノ・ヴォーカル・スコアを書き、ベルクの未亡人ヘレーネはオーケストレーションをアルノルト・シェーンベルクに依頼した。シェーンベルクはいったん承諾したものの、送られてきたベルクのスケッチを見て、いろいろな理由から断った。ヘレーネは他の作曲家による補筆を拒み、1937年6月2日にチューリッヒ歌劇場での﹃ルル﹄の初演は、最初の2幕とソプラノと管弦楽のための﹃オペラ"ルル"からの交響的小品︵ルル組曲︶﹄︵1934年︶の一部で上演された。クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ルル役アニャ・シリヤ︵Anja Silja︶の録音︵デッカ/ロンドン、1976年録音、1978年発売︶もこの形式に従っている。
その後もヘレーネは補筆を厳禁していたが、彼女には秘密のうちに完全版作成への試みは続いていた。1962年、本作を出版したウニフェルザル出版社が、かねてよりこの作品に関心を持っていたフリードリヒ・チェルハへ補筆を密かに依頼していたのである。1976年にヘレーネが亡くなった後に公表された新資料も元にして、チェルハは12年かけて﹃ルル﹄の3幕版を完成させた。補筆版の存在が明らかになると、ヘレーネが設立したアルバン・ベルク基金はチェルハ補筆版の出版に反対して法的処置を執ったが、最終的に2幕までと3幕の補筆版とを分けることでようやく出版を認めた。こうして﹃ルル﹄3幕版は1979年に出版され、同年2月24日、ピエール・ブーレーズの指揮、パトリス・シェローの演出でガルニエ宮にて世界初演され、大きな反響を呼んだ。
ルルを演じたソプラノ歌手には、前述したアニャ・シリヤ︵後にゲシュヴィッツ伯爵令嬢を演じたこともある︶の他、Nuri Hadzic︵1937年初演︶、アンネリーゼ・ローテンベルガー、イヴリン・リアー、テレサ・ストラータス、ナンシー・シェイド︵Nancy Shade︶、ジュリア・ミゲネス︵Julia Migenes︶、カラン・アームストロング︵Karan Armstrong︶、パトリシア・ワイズ、クリスティーネ・シェーファー、マリス・ピーターゼン︵Marlis Petersen︶、アナート・エフラティー、ローラ・エイキンらがいる。日本人によるルル︵3幕︶初演は天羽秋恵・飯田みち代による︵日生劇場︶。その後佐藤しのぶが2幕版で演奏したが、のち、琵琶湖ホールにての演奏でも飯田みち代が演奏した。
配役
ヴェーデキントの原作では、ルルの客としてもう一人の人物が登場するが、オペラにおけるシンメトリーを重視したベルクにより削除された。
- ルル Lulu(ソプラノ)
- ゲシュヴィッツ伯爵令嬢 Gräfin Geschwitz(メゾソプラノ)
- 劇場の衣裳係 Garderobiere/ギムナジウムの学生 ein Gymnasiast/下僕頭 ein Groom(アルト)
- 医事顧問官 Der Medizinalrat(語り役)
- 銀行家 Der Bankier(バス)
- 教授 Der Professor(無言)
- 画家 Der Maler/黒人 ein Neger(テノール)
- シェーン博士 Dr. Schön/切り裂きジャック Jack the Ripper(バリトン)
- アルヴァ Alwa、シェーン博士の息子、作曲家(テノール)
- シゴルヒ Schigolch、老人(バス)
- 猛獣使い Ein Tierbändiger/ 力技師ein Athlet(バス) - 「力技師」の原作での名前は「ロドリーゴ」だがベルクが名前を削除。
- 公爵 Der Prinz/ 従僕der Kammerdiener/ 侯爵der Marquis(テノール)
- 劇場支配人 Der Theaterdirektor(バス)
- 道化師 Ein Clown(無言)
- 劇場の作業員 Ein Bühnenarbeiter(無言)
- 警部 Der Polizeikommissär(語り役)
- 15歳の少女 Eine Fünfzehnjährige(ソプラノ)
- その母 Ihre Mutter(アルト)
- 女流工芸家 Eine Kunstgewerblerin(メゾソプラノ)
- 新聞記者 Ein Journalist(バリトン)
- 召使い Ein Diener(バリトン)
あらすじ
注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。
プロローグ
サーカスで、猛獣使いがいろいろな動物を紹介する。最後の動物は蛇で、それはルルである。
第1幕
ルルは貧民街にいたところを新聞の編集長シェーン博士に拾われた。シェーン博士は愛人関係を続けながらも、ルルを初老の医事顧問官︵ゴル博士︶と結婚させる。
ルルの魔性に魅了された画家がルルに言い寄る。そこに医事顧問官がやってきて、心臓発作で死ぬ。
ルルは画家と再婚するが、画家もルルの汚れた過去を知り、ショックのため自殺する。
劇場の踊り子になったルルの楽屋をシェーン博士が訪問する。シェーン博士は許嫁を連れて観劇に来たのだが、もはやルルから逃げられなくなったことを悟り、ルルの口述で婚約者への別れの手紙を書く。
第2幕
シェーン博士はルルと結婚する。しかし、ルルの回りには同性愛者のゲシュヴィッツ伯爵令嬢、貧民街時代に関係のあったシゴルヒ、力技師といった怪しげな人間がいて、さらに息子のアルヴァまでルルにのぼせあがってしまう。嫉妬に狂ったシェーン博士はルルにピストルで自殺するよう迫る。しかし、ルルは﹁誰かが私のために自殺したって、私の価値は下がったりしない﹂と言い返し、そのピストルでシェーン博士を射殺する。
サイレント映画で、ルルの逮捕・裁判・投獄が描かれる。
しかし、ゲシュヴィッツ伯爵令嬢がコレラで入院中のルルと入れ替わり、ルルは脱獄に成功する。
第3幕
ルルはゲシュヴィッツ伯爵令嬢、アルヴァ、力技師とともにパリに逃げる。そこにシゴルヒも到着して、ルルをゆする。ちょうど力技師から、金をくれなければ警察に密告すると脅されていたので、ルルはシゴルヒに力技師を始末してくれるよう頼む。シゴルヒが待つ連れ込みホテルに力技師を誘い込む役はゲシュヴィッツ伯爵令嬢に頼む。その間にルルはアルヴァと逃亡する。
ルルはロンドンで売春婦をして暮らしている。アルヴァとシゴルヒもロンドンにいる。さらにパリから、落ちぶれたなりのゲシュヴィッツ伯爵令嬢が、画家が描いたルルの肖像画を持って到着する。
ルルが黒人の客を連れて帰る。黒人は前払いを拒否し、争っている最中にアルヴァが殺される。
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢がピストル自殺を思案しているところに、ルルが別の客を連れてくる。しかし相手は切り裂きジャックで、ルルを虐殺し、さらにゲシュヴィッツ伯爵令嬢も刺して逃げる。重傷を負ったゲシュヴィッツ伯爵令嬢の、﹁ルル、私の天使!﹂という悲痛な叫びによりオペラは閉じられる。
構造
﹃ルル﹄の構造は鏡に似ているとよく言われる。たとえば、第1幕のルルは栄華の極みだが、第3幕ではどん底まで落ちぶれているし、第1幕でルルの夫たち︵医事顧問官、画家、シェーン博士︶を演じた役者たちは、第3幕でルルの客︵教授、黒人、切り裂きジャック︶をそれぞれ演じるように指示される。
この鏡のような構造は、第2幕のサイレント映画のところでより顕著である︵牢獄に入る-出る、といった配置︶。そこに付随する音楽もきっちりと回文になっている。
また、第1幕第2場はシェーン博士の音列により全体がソナタ形式で、そして第3幕第2場は変奏曲形式で構成されている(ベルクは同様の試みを﹃ヴォツェック﹄ですでに試みている)。
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/97/Berg_lulu_palindrome_mirror_point.png)
音列
﹃ルル﹄は自由に作曲されたところもあるが、師シェーンベルクの十二音技法も使われている。しかし全部に1つの音列を使うというよりも、登場人物それぞれに固有の音列を与えている。つまり、リヒャルト・ワーグナーのオペラのライトモティーフに似た機能を果たす。
たとえば、主人公ルルの音列は次のようになる。
B♭, D, E♭, C, F, G, E, F#, A, G♯, C♯, B
この音列から、ベルクは他の何人かの登場人物の音列を引き出す。たとえばアルヴァの音列はルルの音列を何度も反復したそれぞれ7つめの音を抜き出す。
B♭, D, E♭, C, F, G, E, F♯, A, G♯, C♯, B, B♭, D, E♭, C, F, G, E, F♯, A, G♯, C♯, B...
そうしてできたアルヴァの音列はこうである。
B♭, F♯, E♭, G♯, F, B, E, D, A, C, C♯, G
シェーン博士の音列はルルの音列を反復させ、最初の音を抜き、1つ空けて、次の音を抜き、2つ空けて、次の音を抜き、3つ空けて、次の音を抜き、︵ここから逆になる︶3つ空けて、次の音、2つ空けて、次の音、1つ空けて、次の音……となる。
B♭, D, E♭, C, F, G, E, F♯, A, G♯, C♯, B, B♭, D, E♭, C, F, G, E, F♯, A, G♯, C♯, B...
そうしてできたシェーン博士の音列はこうである。
B♭, E♭, G, G♯, D, F, E, A, B, C, F♯, C♯
『ルル組曲』
﹃オペラ"ルル"からの交響的小品︵Symphonische Stücke aus der Oper „Lulu“︶﹄いわゆる﹃ルル組曲﹄は1934年に作曲された。構成は以下の通り。
(一)ロンド - 第2幕のアルヴァとルルの会話の場面で流れる管弦楽のパート。
(二)オスティナート - 第2幕、シェーン博士を射殺したルルが逮捕されてから収監されるまでの一部始終を描いた映画の音楽。
(三)ルルの歌 - 第2幕、ルルがシェーン博士に向かって歌うアリア。
(四)変奏曲 - 第3幕第1場の終わりで、ルルが警察にまたもや追われて逃れる部分の音楽。
(五)アダージョ・ソステヌート - 第3幕の終結部。ルルの死とゲシュヴィッツ伯爵令嬢の悲鳴。
第3幕が補筆されるまでは、第2幕の後に﹁変奏曲﹂と﹁アダージョ・ソステヌート﹂を演奏するのが慣例となっていた。
引用
第1幕第3場には『ローエングリン』の「結婚行進曲」が、そして第3幕にはヴェーデキント自身が作曲した『リュートの歌』が引用されている。また、ベルク自身の『ヴォツェック』から動機の引用が見られるのも特徴(第1幕第3場での冒頭の引用、第3幕終結部でのマリーの期待を示す空虚五度の引用など)。
楽器編成
演奏時間
約3時間(各幕約1時間前後)
メディア
CD
●ベルク:歌劇﹁ルル﹂ - カール・ベーム指揮、イヴリン・リアー︵ルル役︶、1968年、2幕版︵ポリドール︶
●ベルク:歌劇﹁ルル﹂(2幕版全曲) - クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、アニャ・シリヤ︵ルル役︶、録音1976年︵ユニバーサル・ミュージック︶
●ベルク:ルル3幕版全曲 - ピエール・ブーレーズ指揮、テレサ・ストラータス︵ルル役︶、1979年。下記のライブDVDと同配役、同時製作だが、こちらはスタジオ録音︵ユニバーサル・ミュージック︶
●ベルク:ルル - ロリン・マゼール指揮、ジュリア・ミゲネス︵ルル役︶、1983年、3幕版︵BMGメディアジャパン ︶
●ベルク:歌劇﹁ルル﹂ - ジェフリー・テイト指揮、パトリシア・ワイズ︵ルル役︶、1991年、3幕版︵EMI︶
DVD
- アルバン・ベルク : 歌劇 <ルル> 全3幕完成版 - 上記のブーレーズ&ストラータスと同時公演のライブDVD(ニホンモニター・ドリームライフ)
- ベルク 歌劇《ルル》全曲 - アンドルー・デイヴィス指揮、クリスティーネ・シェーファー(ルル役)、1996年グラインドボーン音楽祭(ワーナーミュージック・ジャパン)
参考文献
- Huscher, Phillip, The Santa Fe Opera: An American Pioneer, Santa Fe: The Santa Fe Opera, 2006. ISBN 0-86534-550-3 ISBN 978-0-86534-550-8
- アッティラ・チャンパイ&ディートマル・ホラント『名作オペラブックス ベルク ルル』日本語訳:西原稔&浅野洋(音楽之友社)
- 『アルバン・ベルク―伝統と革新の嵐を生きた作曲家』、ヴィリー・ライヒ著、武田明倫訳、音楽の友社