八千代座
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![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/36/Yamaga_yachiyoza.jpg/300px-Yamaga_yachiyoza.jpg)
概略
1910年、山鹿の旦那衆が組合を作り、町の繁栄を図るために1株30円の株を募って建てた。設計者は回船問屋の主人で灯籠師でもあった木村亀太郎。当時の山鹿は菊池川の水運、豊前街道を利用した水陸交通の要所で、物資の集散地、屈指の温泉場として賑わっていた。同年10月上棟式、12月竣工。その後、歌舞伎、浪花節、活動写真、新劇、邦楽やクラシックのコンサート、小学校の学芸会と様々な催しものに利用された。昭和になると第2次世界大戦を経て、人々の嗜好の変化、映画からテレビと娯楽の変遷があり1973年(昭和48年)の老人会の総会を最後に八千代座は閉館、1980年(昭和55年)八千代座組合は建物を山鹿市に寄贈した。その後雨漏りにより屋根が裂けるなど、建物の老朽化が進んだ。1986年(昭和61年)八千代座復興期成会が発足して、特に高齢者を主に、募金活動などが行われた。1989年(平成元年)から一般公開が始まり、1996年(平成8年)、平成の大修理が始まり、(2001年)平成13年5月、竣工式が行われた。[2]
年譜
●1910年:山鹿の実業界が八千代座組合を作り、八千代座設立を決定。
●同年10月:棟上式、12月:竣工。
●1911年:こけら落としは松嶋家一行による大歌舞伎。
●1914年:森永ミルクキャラメル活動写真。天中軒雲月による﹁桜島遭難談﹂。
●1915年:森峰吉率いる﹁少女歌舞伎﹂が流行る。
●1916年:﹁目玉の松ちゃん﹂︵尾上松之助︶が流行る。
●1917年:芸術座の松井須磨子、島村抱月によるカチューシャの公演。
●1919年:小井出登以師︵三味線︶追善演奏会。
●1925年:松竹活動写真節劇連鎖、中村歌三郎。
●1932-33年:新国劇奇術、天勝一行ほか。
●1934年-1935年:新派劇八雲一行。
●1935-1936年:忠臣蔵連鎖劇。
●1937-1947年:松本幸四郎、長谷川一夫ほか。
●1948年:福岡フィルハーモニー、レクイエム演奏会。
●1951年:辻久子バイオリンリサイタル。
●1952年:谷桃子、伊藤京子[要曖昧さ回避]バレエを招く。
●1954年:淡谷のり子、北村タンゴを招く。
●1963年-1972年:映画、学芸会、市職員大会に利用される。
●1973年:経営不振で閉鎖。
●1975年:熊本大学工学部による調査報告があった。
●1980年1月:八千代座組合は建物を山鹿市に寄付。
●1985年:山鹿市は八千代座を市指定文化財に指定。雨漏りがひどくなる。
●1986年8月:八千代座復興期成会が発足。
●1987年:屋根の吹き替えなどが行われる。
●1988年:松竹歌舞伎一行が見学。12月、国の重要文化財に指定。
●1989年:一般公開と活用を再開。
●1990年-:坂東玉三郎舞台公演。
●1996年10月:平成の大修理始まる。
●2000年8月:NHK朝の連続テレビ小説﹁オードリー﹂のロケが行われる。
●2001年5月:平成の大修理竣工式。片岡仁左衛門一行による大歌舞伎。
●2006年:管理を指定管理者制に移行。
●2010年:八千代座建設100周年。
●2011年:八千代座開業100周年。[3]
建築
●1910年に地元有志の組合によって建てられた芝居小屋で、設計施工は地元民によって行われた。木造2階建、正面17.2メートル、側面25.8メートル、
●間口29.49m, 奥行35.40m 延べ面積1487.4平方mとした資料もある。舞台規模ポロセニアム4.256m間口13.38m,奥行10.50m,廻り舞台直径8.45m 収容能力 約650名[4]
●入母屋造妻入、瓦葺の本屋の周囲に瓦葺の庇を設けている。内部は、廻り舞台やスッポンなど、現在でも使用可能な設備を備えている。葡萄棚︵舞台上部にあり、道具などを吊り下げる︶、天井広告、花道、桟敷席、桝席、奈落など歌舞伎小屋の特徴を伝える芝居小屋である。基本的には伝統的木造建築であるが、小屋組は様式のトラス︵クイーン・ポスト・トラス︶を用い、2階席を支える鋳鉄製の柱、廻り舞台を支えるドイツ製のレールなど、一部に西洋建築の技法が用いられている。廻り舞台のレールには﹁KRUPP1910﹂の文字があり、ドイツのクルップの製品である[5][6][7]。
類似劇場
文献
- 『よみがえれ! 八千代座』2013年 おむすびおかか 八千代座100周年記念事業実行委員会
- 『八千代座 芝居小屋 The Yachiyoza Playhouse 永石英彦写真集』 2001年 海鳥社:平成の大修理の写真 ISBN 978-4-87415-366-6
脚注
- ^ 昭和63年12月19日文部省告示第127号
- ^ おむすびおかか[2011:やちよざこれまでの100年]
- ^ おむすび[2011:30-311]あとがき及び八千代座これまでの100年による
- ^ 八千代座大解剖パンフレット2014年
- ^ 「新指定の文化財」『月刊文化財』304号、第一法規、1989、pp.2, 36, 37
- ^ 八千代座ホームページ
- ^ 永石[2001:88]