テオグニス
メガラのテオグニス︵古希: Θέογνις Theognis 紀元前6世紀ごろ︶は、古代ギリシア・アルカイック期の詩人。教訓詩を多く詠み、後世のギリシア文学に度々引用された。代表作に﹁人間にとって最善なのは初めから生まれないこと、次に善いのは早く死ぬこと﹂という厭世主義の詩があり[1][2][3]、反出生主義の先駆者とも言われる[4]。ニーチェが古典学者だった頃に研究対象としたことでも知られる[3]。
ギムナジウム時代のニーチェ
ニーチェは1864年にギムナジウムを卒業する際﹃メガラのテオグニスについて﹄という古典文献学の論文をラテン語で書き、以降も複数の論文を書いた[3]。
思想的影響は一概には言えないが、﹃悲劇の誕生﹄や﹃ツァラトゥストラ﹄では、テオグニスと同様の厭世主義や賎民蔑視を説いている[15]。
人物[編集]
人物像は不明な点が多く、学者間で見解が異なることもある[5]。 活動時期は、前600年ごろ[5]、前540年ごろ[6]など諸説ある。 出身地はメガラであり﹁メガラのテオグニス﹂と呼ばれる[5]。しかしこれがギリシア本土のメガラなのか、その植民都市のシケリアのメガラなのか、古代から諸説ある[5]。 アルカイック期のメガラでは、僭主テアゲネスに象徴される階級秩序の解体が進んでいた。貴族階級に属していたテオグニスは、階級間の政争によりメガラを追われ放浪した[6]。このような経歴から、テオグニスの詩には、当時の貴族の価値観、混沌とした世間への絶望感が反映されている[1]。 詩の多くは、少年愛の相手である少年キュルノスに宛てられている︵呼格︶。このキュルノスは、詩作のための架空の人物と解釈されることが多い[7]。作品・受容[編集]
詩の韻律は全て﹁エレゲイア詩形﹂であり、他の詩人含む現存する全エレゲイアの最大量を占めることから、代表的なエレゲイア詩人とされる[1]。 当時の詩人では珍しく、まとまった詩集、通称﹃エレゲイア詩集﹄が現存している。詩は篇でなく行で数えられ、総計1389行からなる[8]。この詩集は写本の形で中世ビザンツを経て、ルネサンス期の1543年に最初の刊本が出た[8]。しかしながら、他人の詩が多く混入しており、しかも真贋の判別は困難とされる[5]。 後世のギリシアでは、主に饗宴の際、集団の価値観の確認や少年への教訓を目的として、テオグニスの詩が朗誦された[1]。またプラトン、アリストテレス、イソクラテス、プルタルコスなど、様々なギリシア古典でテオグニスが引用・言及されている[9]。詩集に無く引用でのみ伝わる詩もある[5]。ディオゲネス・ラエルティオス﹃ギリシア哲学者列伝﹄によれば、アンティステネスにはテオグニスについての著作があったが、現存しない。 19世紀には、ドイツの古典文献学者ヴェルカーが研究を開拓した。これを受けて後述のニーチェも研究した。またチャールズ・ダーウィンは﹃人間の進化と性淘汰﹄で、性淘汰を論じた先駆者として言及した[10][11]。 パピルス断片も発見されている。厭世主義[編集]
テオグニスの代表作として、以下の厭世的な死生観を説く詩がある[1][2][3]。 地上にある人間にとって何よりもよいこと、それは生まれもせず まばゆい陽の光も目にせぬこと。 だが生まれた以上は、できるだけ早く冥府︵ハデス︶の門を通って うず高く積み重なる土の下に横たわること。 — 西村賀子訳﹃エレゲイア詩集﹄425-428行[12] この詩は﹃エレゲイア詩集﹄だけでなく、セクストス・エンペイリコス﹃ピュロン主義哲学の概要﹄3巻231節やストバイオスの引用によっても伝わる[12]。 同様の死生観はテオグニスだけでなく、アリストテレス﹃エウデモス﹄断片所引の諺[13]、ソポクレス﹃コロノスのオイディプス﹄1224-1228行[1]、バッキュリデス﹃祝勝歌﹄5番160行[1]、喜劇作家プラトンの詩[14]などにも見られるが、古代ギリシアではテオグニスが代表格とされる[1]。 21世紀現代では、この詩は反出生主義︵誕生否定︶の先駆の一つとされる[4]。ニーチェ[編集]
日本語訳[編集]
●テオグニス他著、西村賀子訳﹃エレゲイア詩集﹄京都大学学術出版会︿西洋古典叢書﹀、2015年。ISBN 9784876989133。︵伝来の詩集に引用やパピルスで伝わるエレゲイアを加えたもの︶ ●テオグニス著、久保正彰訳﹁エレゲイア詩集﹂﹃世界人生論全集1﹄筑摩書房、1963年。 国立国会図書館書誌ID:000000895409。 ●他には呉茂一の抄訳がある[16]。脚注[編集]
- ^ a b c d e f g h 西村 2015, p. 389f.
- ^ a b 久保 1963, p. 431.
- ^ a b c d 小野寺 1994, p. 13.
- ^ a b 森岡 2021, p. 54.
- ^ a b c d e f 西村 2015, p. 384ff.
- ^ a b 廣川洋一、小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)『テオグニス』 - コトバンク
- ^ 西村 2015, p. 387f.
- ^ a b 西村 2015, p. 364ff.
- ^ 西村 2015, 各詩の訳注.
- ^ M.F. Ashley Montagu, 'Theognis, Darwin and Social Selection' in Isis Vol.37, No. 1/2 (May 1947) page 24, online here
- ^ Charles Darwin, The Descent of Man, 2nd edition, London (1874), chapter 2
- ^ a b 西村 2015, p. 160.
- ^ 小野寺 1994, p. 14.
- ^ 沓掛良彦 『ギリシア詞華集 3』 京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2016年10月。ISBN 9784814000326。9.359
- ^ 小野寺 1994.
- ^ 「以前ここでコピーしたテオグニスの詩が入った本は何だったか?」(香川県立図書館) - レファレンス協同データベース