京山若丸
表示
京山 若丸︵きょうやま わかまる、1878年︵明治11年︶ - 1953年︵昭和28年︶5月13日︶は、明治~昭和期の浪曲師。本名、坂上仁三郎。広島県白市村︵現・東広島市︶出身。
生涯[編集]
22歳で大阪に出て2代目京山恭安斎の弟子となる。修行時代は﹁義士伝﹂なども読んだが、デビュー後は関西では珍しく、旧ものは読まず自作自演の﹁新談(新作)読み﹂で通した。明治維新に想を得た﹁乃木将軍﹂や﹁召集令﹂、﹁江藤新平﹂、﹁大西郷﹂などの傑作を残している。1908年(明治41年)6月、桃中軒雲右衛門、2代目吉田奈良丸に次いで上京。セリフの切れよし、声よし、人物描写に長け、品格のある立派な舞台姿で人気を博し雲右衛門、吉田奈良丸、京山小円らと覇を競い、浪曲の第1期黄金時代を築いた。 戦前に浪曲親友協会の会長を務め、日中戦争時の1938年(昭和13年)には、柳家金語楼、横山エンタツ、花菱アチャコ、石田一松、柳家三亀松らと わらわし隊慰問団に参加、各地で大人気を博した。戦後も関西浪曲界の重鎮として活躍。また西宮市会議員を務めたこともある。 弟子に京山呑風。参考文献[編集]
- 正岡容著/大西信行編『定本日本浪曲史』岩波書店