壱岐古墳群
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壱岐古墳群︵いきこふんぐん︶は、長崎県壱岐市にある古墳群。6基が国の史跡に指定されている。
概要[編集]
壱岐島中央部に分布する古墳群で、主要古墳として前方後円墳2基・円墳4基の計6基が国の史跡に指定されている。6基はそれぞれ次の通り。 ●対馬塚古墳 - 前方後円墳︵墳丘長63メートル︶。 ●双六古墳 - 前方後円墳︵墳丘長91メートル‥壱岐島ひいては長崎県最大︶。 ●笹塚古墳 - 円墳︵直径66メートル︶。 ●兵瀬古墳 - 円墳︵直径54メートル︶。 ●掛木古墳 - 円墳︵南北22.5メートル、東西18メートル︶。 ●鬼の窟古墳 - 円墳︵直径45メートル︶。 古墳群の築造は6世紀後半の対馬塚古墳に始まり、続く双六古墳の後は円墳に変わって6世紀末頃まで続いたと見られる。ただし追葬は7世紀まで行われている。壱岐島には長崎県の半数に及ぶ古墳256基が残存し、そのうち前方後円墳は10基あるが[1]、壱岐古墳群で2基を占める。また壱岐古墳群の上記6基は壱岐の他地域とは異なる大規模な古墳であり、当時の首長墓の系譜をなすと見られている。副葬品としては中国産・新羅産の遺物が多く見られ、6世紀・7世紀の東アジア交流の様子も色濃く残している[2]。 被葬者に関しては、特に後世の文献に見える壱岐直︵いきのあたい、壱岐氏︶と関連づける説があるほか、ヤマト王権が対新羅交渉に重用した人物とする説[3]、磐井の乱︵527年︶の鎮圧で功をなした人物とする説[4]がある。壱岐島では対馬塚古墳以前の横穴式石室墳は知られず、対馬塚古墳で横穴式石室が突如出現する形を示すことから、対馬塚古墳の祖型と見られる福岡平野の古墳を営んだ首長層が、6世紀後半頃に対新羅防衛のため壱岐島に移されたとする説も挙げられている[5]。この壱岐古墳群では壱岐島1島の経済力には似合わない巨石横穴式石室が採用されるが、一方で上述のように新羅系文物の出土も見られることから、ヤマト王権・新羅の双方から壱岐島が外交上の拠点として重要視され関与を受けた様子が指摘される[5]。 1961年︵昭和36年︶に古墳群のうち鬼の窟古墳が﹁鬼の窟古墳﹂として長崎県指定史跡に指定され、2009年︵平成21年︶には上記6基が﹁壱岐古墳群﹂として国の史跡に指定された︵鬼の窟古墳の県指定は解除︶[2][6]。また、笹塚古墳・双六古墳の出土品はそれぞれ2007年︵平成19年︶・2008年︵平成20年︶に国の重要文化財に指定されている[7][8]。なお、これら古墳群の南西近くには弥生時代の高地性環濠集落遺跡のカラカミ遺跡があるほか、後世の律令制下には壱岐島分寺が営まれている。-
笹塚古墳石室
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兵瀬古墳石室
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掛木古墳石室
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鬼の窟古墳石室
文化財[編集]
重要文化財︵国指定︶[編集]
●長崎県笹塚古墳出土品︵考古資料︶ - 明細は以下。2007年︵平成19年︶6月8日指定[7][9]。 ●金銅亀形飾金具1点 ●銀製品1点 ●金銅製品39点 ●青銅製品4点 ●鉄製品52点 ●ガラス製品46点 ●土器19点 ●長崎県双六古墳出土品︵考古資料︶ - 明細は以下。2008年︵平成20年︶7月10日指定[8][10]。 ●金製品8点 ●銀製品54点 ●金銅製品58点 ●青銅製品14点 ●鉄製品 102点 ●ガラス製品93点 ●石製品10点 ●琥珀玉1点 ●陶器・土器72点国の史跡[編集]
●壱岐古墳群 対馬塚古墳・双六古墳・笹塚古墳・兵瀬古墳・掛木古墳・鬼の窟古墳の6基を包括して2009年︵平成21年︶2月12日指定[2][11]。古墳群のうち、鬼の窟古墳は1961年︵昭和36年︶11月24日に﹁鬼の窟古墳﹂として長崎県指定史跡に指定されていたが、国の史跡指定に伴い県指定は解除[6]。壱岐市指定文化財[編集]
●有形文化財 ●掛木古墳の家形石棺︵石造物︶[12]関連施設[編集]
●壱岐市立一支国博物館︵壱岐市芦辺町深江鶴亀触︶ - 壱岐古墳群の出土品を保管・展示。脚注[編集]
- ^ 壱岐国(平凡社) 2001.
- ^ a b c 壱岐古墳群 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- ^ 双六古墳(平凡社) 2001.
- ^ 『旅する長崎学11 海の道1壱岐 邪馬台国への道 海上の王国 旅人の交差点』 長崎文献社、2009年、pp. 24-25。
- ^ a b 広瀬和雄 2010, pp. 177–185.
- ^ a b 鬼の窟古墳(長崎県ホームページ)。
- ^ a b 長崎県笹塚古墳出土品 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- ^ a b 長崎県双六古墳出土品 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- ^ 長崎県笹塚古墳出土品(長崎県ホームページ)。
- ^ 長崎県双六古墳出土品(長崎県ホームページ)。
- ^ 壱岐古墳群(長崎県ホームページ)。
- ^ 壱岐市の文化財 2017, p. 116.
参考文献[編集]
︵記事執筆に使用した文献︶ ●史跡説明板 ●地方自治体発行 ●﹃壱岐市の文化財﹄壱岐市教育委員会、2017年。 ●事典類 ●﹃長崎県の地名﹄ 日本歴史地名大系43、平凡社、2001年。ISBN 4582490433。 ●﹁壱岐国﹂、﹁鬼の窟古墳﹂、﹁笹塚古墳﹂、﹁双六古墳﹂。 ●﹃続 日本古墳大辞典﹄東京堂出版、2002年。ISBN 4490105991。 ●田川肇 ﹁鬼の窟古墳﹂、田川肇 ﹁掛木古墳﹂、田川肇 ﹁笹塚古墳﹂、田川肇 ﹁双六古墳﹂、田川肇 ﹁対馬塚古墳﹂。 ●その他 ●広瀬和雄﹃前方後円墳の世界﹄ 岩波新書1264、岩波書店、2010年、177-185頁。ISBN 978-4004312642。関連文献[編集]
︵記事執筆に使用していない関連文献︶●﹃鬼の窟古墳 -環境整備事業報告書-﹄ 長崎県芦辺町文化財調査報告書第4集、芦辺町教育委員会、1990年。 - リンクは奈良文化財研究所﹁全国遺跡報告総覧﹂。 ●﹃県内古墳詳細分布調査報告書 -県内古墳の墳丘・石室の資料化に伴う報告書-﹄ 長崎県文化財調査報告書第106集、長崎県教育委員会、1992年。 - リンクは奈良文化財研究所﹁全国遺跡報告総覧﹂。 ●﹃兵瀬古墳 -市内遺跡発掘調査事業に伴う発掘調査-﹄ 壱岐市文化財調査報告書第4集、壱岐市教育委員会、2005年。 ●﹃笹塚古墳 -市内遺跡発掘調査事業に伴う発掘調査-﹄ 壱岐市文化財調査報告書第5集、壱岐市教育委員会、2005年。 ●﹃対馬塚古墳 -市内遺跡発掘調査事業に伴う発掘調査-﹄ 壱岐市文化財調査報告書第6集、壱岐市教育委員会、2005年。 ●﹃双六古墳﹄ 壱岐市文化財調査報告書第7集、壱岐市教育委員会、2006年。 ●﹃壱岐の島の古墳群 -現状調査-﹄ 壱岐市文化財調査報告書第20集、壱岐市教育委員会、2012年。外部リンク[編集]
- 壱岐古墳群 - 長崎県ホームページ「長崎県の文化財」