相原豊 (サッカー選手)
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名前 | ||||||
カタカナ | アイハラ ユタカ | |||||
ラテン文字 | AIHARA Yutaka | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1979年6月21日(44歳) | |||||
出身地 | 神奈川県 | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF | |||||
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
相原 豊︵あいはら ゆたか 1979年6月21日 - ︶は、日本・神奈川県出身の元サッカー選手、指導者。ポジションはミッドフィールダー。日本では神奈川県リーグの出場経験しかなかったがプロ選手となることを目指しタイ、バングラデシュ、ウガンダリーグにおける日本人初のプロ選手となった[1]。相原 ユタカ表記も用いられる。
経歴[編集]
先天的に左腕の手首から先を持っていない[1]。ハンディキャップをかかえながらもプロサッカー選手を目指し、サッカーを続ける。 選手を引退するまでにタイ・バングラデシュ・ウガンダと、本人曰く﹁裏海外組として、マニアックな国で﹂キャリアを積む[2]。日本からは存在すら確認できないトップリーグのチームの中で、海外組のイメージとはかけ離れた過酷な環境で過ごす。 2012年には﹁2012アンプティサッカーワールドカップ・ロシア大会﹂の日本代表に選出された。 選手引退後は指導者として活動、タイでユタカフットボールアカデミーを開き指導に当たっている[1]。また、世界初の聴覚障害者の選手が活躍するプロフットサル2部リーグのクラブのオーナー兼選手としても活動している[3][4]。所属チーム歴[編集]
- 相洋高
- 大清水クラブ
- VERDRERO港北FC
- タバコ・モノポリー
- Dipali FC
- MASAKA LC FC
- Mazaalai F.C
脚注[編集]
(一)^ abc週刊サッカーマガジン No.1291 2010年5月25日号
(二)^ 相原豊のサッカー裏海外日記表題文
(三)^ “自分を最大限アピールする方法 〜相原ユタカ〜”. 一般社団法人 Wellex. 2023年9月15日閲覧。
(四)^ ﹁タイで唯一、障がい者がいるプロフットサルチーム 日本人経営者・相原豊さん﹁自信を持って夢をかなえて﹂伝えたいメッセージ﹂﹃日テレNEWS﹄、2023年1月14日。2023年9月15日閲覧。