研究公正
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研究公正︵けんきゅうこうせい、英: Research integrity、研究におけるインテグリティ︶とは、研究者が研究活動を行なう際に守るべき倫理・規範の基本概念の1つである。
研究は信頼という土台の上に構築されている。研究者は誠実に研究し、発表内容は正確でバイアスがない事実だと受け止められている[1]。これを支えているのが、研究公正の概念と行動である。
研究公正の定義[編集]
大阪大学の池田光穂・教授の説明。 研究公正とは、研究における公正性、誠実さ、高潔さのことをさす。Integrity とは道徳的な価値を表現する用語であるが、実質的には﹁研究における不正行為︵Research Misconduct︶﹂を取り締まるため権威を表現する用語でもある。したがって、研究の公正性を毀損する行為とその集合的概念である研究不正 ︵Research Misconduct︶との対概念で理解する必要がある。 米国の研究公正局は、研究公正を次のように定義している。 Research integrity may be defined as active adherence to the ethical principles and professional standards essential for the responsible practice of research. 研究公正とは、︿倫理的諸原則の積極的な厳守﹀と︿研究の責任ある実践に不可欠な専門職がもつべき基準﹀として定義することができよう[2]。 研究公正局の定義によると、研究公正は︿倫理の厳守﹀と︿研究専門職の行動規範﹀という2つの側面をあわせもつことがよくわかる。 すなわち、研究を公正におこなうとは、︵1︶組織の研究者としての倫理規範︵コンプライアンス︶と、︵2︶研究専門職の行動規範――研究不正を おこなわないという否定的面から公正で創造性を実現する肯定的側面へ――の遵守という側面がある。 — 研究公正 Research Integrity、池田光穂[3] 米国科学アカデミーの説明。 研究公正を保つための研究行動 (一)研究の提案、実行、評価において、正直でフェアーであること (二)研究の提案・発表において、先行研究の記述は正確でフェアーであること (三)ピアレビューにおいて、熟練した能力がありフェアーであること (四)科学上の相互関係、コミュニケーション、資源︵研究試料・器材︶は、同じ仲間として円満に共有する関係を保つこと (五)利益相反を開示すること (六)研究実施では、ヒト材料の保護規則を順守すること (七)研究実施では、実験動物保護規則を順守すること (八)師と弟子の責務を順守すること 科学は自分のアイデアと研究結果に固執することを奨励、いや、必要とするが、研究公正では、先入観に固執してはならない。データを客観的に検討し、素直に導かれて結論に至る。 — Research Integrity、Stanley G. Korenman[2] 米国・NIHの説明。 研究公正を保つための研究行動 ●研究の提案、実行、評価において、正直で証明可能な方法を使うこと ●規則、規制、ガイドラインの順守に注意して研究結果を報告・発表すること ●研究界で一般的に受入れられている作法や規範に従うこと 科学研究で共有する4つの価値 ●正直‥先行研究を正直に伝え、敬意を示す︵引用する︶ ●精度‥発見を正確に伝え 間違いを避ける ●効率‥資源を賢く使い、無駄を避ける ●客観性‥事実のままに伝え、不適切なバイアスをしない — National Institutes of Health (NIH) Grants Policy[4] 研究公正は、国として米国、学問分野としては生命科学を中心に議論され確立された。 研究公正の概念・行動は、国の文化・社会構造・価値観にも依存するが、研究活動が国際的な現在、米国のスタイルに準じて、国際的に統一されつつある。 また、研究公正の概念・対処は、学問分野によって異なり面もあるが、生命科学のスタイルが、学問分野を横断して適用されつつある。研究公正に違反する行為[編集]
米国[編集]
米国科学アカデミーは、研究界の不祥事を3つのカテゴリーに分類している[5] ●カテゴリー1‥﹁研究不正﹂=﹁捏造﹂﹁改竄﹂﹁盗用﹂ ●カテゴリー2‥﹁問題ある研究行為﹂。研究記録不備、査読、オーサーシップ。 ●カテゴリー3‥﹁研究違法行為﹂。研究実施に伴う法・条例違反や犯罪行為で、研究行為とは直接の関係がない。例えば、セクハラや研究費不正など。 カテゴリー3は研究行為とは直接の関係がないので除かれ、カテゴリー1とカテゴリー2の行為が研究公正に違反する行為となる。 カテゴリー1の﹁捏造﹂﹁改竄﹂﹁盗用﹂の3つを、米国の研究公正局は﹁研究不正﹂︵Research Misconduct︶と定義した。日本[編集]
日本は、基本的に米国・研究公正局の方針に追従し、2006年、文部科学省のガイドライン﹁研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて﹂を制定した[6]。2006年版ガイドラインで、﹁捏造﹂﹁改竄﹂﹁盗用﹂の3つを研究公正に違反する主要な不正行為とした。 文部科学省は、2006年版ガイドラインを、2014年8月26日に改訂した[7]。以下、2014年版ガイドライン﹁研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン﹂に記載された不正行為を引用する。対象とする不正行為は、故意又は研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる、投稿論文など発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用である(以下「特定不正行為」という。)。
︵1︶捏造 存在しないデータ、研究結果等を作成すること。 ︵2︶改ざん 研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。 ︵3︶盗用 他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。— 文部科学省、研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて[7]
文部科学省は、﹁捏造﹂﹁改竄﹂﹁盗用﹂の3つを、2014年版で﹁特定不正行為﹂と命名した。白楽ロックビルは、この3つを、米国の研究公正局の﹁研究不正﹂︵Research Misconduct︶に対応させて、﹁研究ネカト﹂と呼ぶことを提唱している[8] 。
また、2014年版では、2006年版の冒頭部分﹁本ガイドラインの対象とする不正行為は、発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造と改ざん、及び盗用である。ただし、故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない。﹂の﹁故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない﹂という文章がなくなり、﹁研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠った﹂場合は不正とみなされることになった。
研究公正に違反した事件[編集]
詳細は「科学における不正行為」を参照
研究公正に違反した事件が世界中で起こっている。特に、生命科学の分野で多発しているが、分野は文系・理系を問わない。
出版規範委員会のガイドラインに従い、発表論文に研究不正があると、論文は撤回される。
研究助成機関からは、研究費の返還が求められ、さらに、数年間、研究費申請が認められないことが多い。
違反者は、米国では研究界から排除される。欧州は若干甘いが原則的には研究界から排除される。欧米では違反が顕著な場合は犯罪行為とみなされる。日本では、所属大学・所属研究機関から懲戒処分されるが、研究界から排除されないし、犯罪行為とみなされない。
文部科学省認定の研究不正事案一覧[編集]
詳細は「文部科学省認定の研究不正事案一覧」を参照
文部科学省は、2014年8月、捏造、改竄、盗用を特定不正行為と命名し、2015年4月以降に報告を受けた特定不正行為を公開することとした[7]
それを受け、2015年4月以降、特定不正行為とそれ以外の不正行為︵二重投稿や不適切なオーサーシップなど︶の事案をウェブサイトに公開し始めた[9]。
米国の研究公正局が1993年から公開し始めた事案︵Case Summary︶公開[10]を、22年後に取り入れたのである。
公開内容は、米国に比べ、全体的に内容が詳細である。例えば、当該研究機関に不正行為の発生要因及び再発防止策が記載させ、それを公開している。
但し、米国では実名記載だが、﹁公開する目的に鑑みて、特定不正行為に関与した者等の氏名については、文部科学省ホームページに掲載しないものとする﹂[11]と、研究不正者の氏名を公表していない。つまり、研究不正者を誰と特定できない。
脚注[編集]
(一)^ National Academy of Sciences (2009年). “On Being a Scientist: Third Edition”. The National Academies Press. 2016年2月23日閲覧。
(二)^ abStanley G. Korenman (1994年). “Teaching the Responsible Conduct of Research in Humans (RCRH)”. AAMC Publications. 2016年2月23日閲覧。
(三)^ 池田光穂. “研究公正 Research Integrity”. 2016年2月23日閲覧。
(四)^ “Research Integrity What is Research Integrity?”. National Institutes of Health (NIH). 2016年2月23日閲覧。
(五)^ National Academy of Sciences (1992年). “RESPONSIBLE SCIENCE. Ensuring the Integrity of the Research Process”. The National Academies Press. 2016年2月24日閲覧。
(六)^ “研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて”. 文部科学省 (2006年8月8日). 2016年2月28日閲覧。
(七)^ abc“研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン”. 文部科学省 (2014年8月26日). 2016年2月28日閲覧。
(八)^ 白楽ロックビル (3 2016). “海外の新事例から学ぶ﹁ねつ造・改ざん・盗用﹂の動向と防止策”. 情報の科学と技術 66 (3): 109-114.
(九)^ “文部科学省の予算の配分又は措置により行われる研究活動において特定不正行為が認定された事案︵一覧︶”. 文部科学省. 2016年2月28日閲覧。
(十)^ “Case Summaries”. ORI - The Office of Research Integrity. 2016年2月28日閲覧。
(11)^ “不正事案の公開について”. 文部科学省. 2016年2月28日閲覧。
参考文献[編集]
Research integrityに関する 図書館収蔵著作物 |
●Research Ethics はSHiPS (Sociology, History and Philosophy of Science) の一部で、資料がある。
●白楽ロックビル﹃科学研究者の事件と倫理﹄講談社、東京、2011年。ISBN 9784061531413。
●山崎茂明﹃科学者の不正行為―捏造・偽造・盗用﹄丸善、東京、2002年。ISBN 978-4621070215。
●黒木登志夫﹃研究不正︵中公新書︶﹄中央公論新社、東京、2016年。