西久光
西 久光︵にし ひさみつ、1886年︵明治19年︶6月9日[1][2] - 1970年︵昭和45年︶7月3日[1][2]︶は、大正から昭和時代の日本の物理学者。
経歴・人物[編集]
西豊吉郎の三男として石川県に生まれる[3]。1910年︵明治43年︶東京帝国大学理科大学︵現・東京大学理学部︶実験物理学科卒業[2][3]。 1914年︵大正3年︶第五高等学校︵現・熊本大学の前身︶教授、1919年︵大正8年︶九州帝国大学助教授、同年から1922年︵大正11年︶まで欧米留学を経て、同大工学部教授となった[1][2][3]。1933年︵昭和8年︶理学博士[2]。1939年︵昭和14年︶同大理学部教授、翌年理学部長を経て、1946年︵昭和21年︶定年退官、名誉教授となる[2]。ほか、1949年︵昭和24年︶新設の佐賀大学長、のち名誉教授[1][2]。著書に﹁ラマン効果﹂、﹁結晶水の赤外部吸収﹂など[1][2]。脚注[編集]
参考文献[編集]
- 人事興信所『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年 。