2000年のバレーボール
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2000年のバレーボール︵2000ねんのバレーボール︶では、2000年︵平成12年︶のバレーボール関連の出来事をまとめる。
(1960-1965)
できごと[編集]
●元全日本監督の南将之が、心筋梗塞のため死去。 ●ユニチカ・フェニックスが活動休止。 ●オレンジアタッカーズの名称が久光製薬スプリングアタッカーズに変更。 ●シドニー五輪開催。女子決勝は、キューバがフルセットの末ロシアを破り、五輪のボールゲーム女子史上初の3連覇を達成。 ●NHKドラマ家族模様﹁マッチポイント!﹂︵実業団女子バレーが題材︶が放送開始。 ●12月11日 - FIVBが、﹁バレーボール20世紀最優秀賞︵THE 20th CENTURY'S VOLLEYBALL BEST︶﹂6部門を発表[1]。 ●男子ベストプレーヤー賞: カーチ・キライ ●女子ベストプレーヤー賞: レグラ・トレス ●男子ベストチーム賞: イタリア (1990-1998) ●女子ベストチーム賞: 日本国際大会[編集]
国内大会[編集]
日本[編集]
- 第6回Vリーグ
- 男子
- 優勝:サントリーサンバーズ
- 女子
- 優勝:NECレッドロケッツ
- 男子
- 第49回全日本選手権
- 男子
- 優勝:サントリーサンバーズ
- 女子
- 優勝:ユニチカ・フェニックス
- 男子