日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヨウ素」の意味・わかりやすい解説
ヨウ素
ようそ
iodine
周期表第17族に属し、ハロゲン元素の一つ。俗称ヨード。1811年フランスのクールトアが海藻灰の浸出液から各種の塩を除いた母液に過剰の硫酸を加えたところ、赤紫色の蒸気が発生した。これを冷却して暗紫色の結晶が得られたが、彼はこれを新しい元素であると考えた。1813年フランスのゲイ・リュサックおよびイギリスのH・デービーがこのことを確かめ、その蒸気が紫色であることから、ギリシア語で﹁すみれ色﹂を意味するiodesにちなんで命名された。
﹇守永健一・中原勝儼﹈
存在と製法
天然に遊離の状態では存在せず、海藻、海産動物中に有機化合物として含まれるほか、海水および地下鹹水(かんすい)中に微量含まれ、チリ硝石中にヨウ素酸塩︵約0.05~0.3%︶として含まれる。生体に必須(ひっす)の元素の一つである。たとえばヨウ化物イオンとしての存在量は、海生植物中30~1500ppm、陸生植物中0.42ppm、海生動物中1~150ppm、陸生動物中0.43ppm、哺乳(ほにゅう)動物の血液中0.063ppmである。海藻灰にヨウ化カリウムとして含まれるので、古くはこれに硫酸と二酸化マンガンを加えてつくった。日本では工業的に、ヨウ化物を多く含む地下鹹水︵たとえば房総半島の地下鹹水中には80~130ppm含まれている︶を塩素により酸化してからイオン交換樹脂に吸着させる、あるいは塩素を吹き込んで分子状ヨウ素とし、放散して析出させるブローイングアウト法などが行われている。また、チリでは、チリ硝石中に含まれるヨウ素酸ナトリウムNaIO3その他を、亜硫酸水素ナトリウムNaHSO3で還元してつくっている。
﹇守永健一・中原勝儼﹈
性質と用途
常温で金属光沢のある黒紫色の結晶。結晶はI2からなる分子格子で、熱すると紫色の蒸気となって昇華する。気体は二原子分子I2からなり、I-Iの結合の長さは2.667オングストローム︵Å︶。特異臭がある。化学的反応性は臭素よりさらに弱い。水素とは高温で、とくに白金触媒の存在下で反応する。水にはわずかしか溶けないが︵100グラムに0.34グラム溶ける‥25℃︶、ヨウ化カリウムの水溶液によく溶ける︵褐色︶。たとえば100グラムの水に100グラムのヨウ化カリウムを溶かした水溶液には153グラムのヨウ素が溶ける。
I-+I2
I3-
四塩化炭素やクロロホルムに溶けて紫色、ベンゼン︵100グラムに13.83グラム溶ける︶、トルエンで赤色、エタノール︵エチルアルコール︶︵100グラムに24.55グラム溶ける︶やエーテル︵100グラムに35.1グラム溶ける︶、アセトンに溶けて赤褐色となる。デンプン溶液を加えると、濃青色のヨウ素デンプン反応を示す。
ヨウ素化合物の製造、ヨードチンキ︵ヨウ素のエタノール溶液︶やヨードホルムCHI3などの医薬品の製造、分析化学におけるヨウ素滴定の試薬として用いられる。劇薬︵許容濃度0.1ppm︶であるため、密閉された容器に貯蔵するなど注意を要する。ヨウ素は脊椎(せきつい)動物には必須であり、無脊椎動物、高等植物、藻類などでも必須元素であることが示されているものがある。また人体では平均含有量1ppmで元素中第20位。
﹇守永健一・中原勝儼﹈
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人体とヨウ素
人体にヨウ素は約15ミリグラム含まれるが、その70~80%が甲状腺(せん)に存在している。甲状腺ホルモンのチロキシンの構成成分として重要である。甲状腺ホルモンは糖質、脂質、タンパク質の代謝を亢進(こうしん)し、発育や骨形成にも関係している。ヨウ素が不足すると甲状腺腫(しゅ)やクレチン症をおこし、甲状腺ホルモンの生理作用が阻害されるので、肥満、疲労、代謝低下が生じる。ヨウ素は海産食品に多く含まれ、海に近い所では水、野菜からもとれるので不足することはない。しかし、大陸内部、山岳部では欠乏症がみられる。そのため、アメリカなどでは食塩にヨウ素を添加したものが出回っている。一方、コンブの多食などによる過剰症として甲状腺腫や甲状腺機能亢進症がある。食事からとるべき量については、﹁日本人の食事摂取基準﹂︵厚生労働省︶により、目安量や摂取量、および過剰摂取による健康障害のリスクを下げるための上限量が設定されている。
﹇河野友美・山口米子﹈
﹃松岡敬一郎著﹃ヨウ素綜説﹄増補改訂︵1992・霞ケ関出版︶﹄▽﹃糸川嘉則編﹃ミネラルの事典﹄︵2003・朝倉書店︶﹄▽﹃菱田明・佐々木敏監修﹃日本人の食事摂取基準2015年版――厚生労働省﹁日本人の食事摂取基準﹂策定検討会報告書﹄︵2014・第一出版︶﹄
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