改訂新版 世界大百科事典 「ワサビ」の意味・わかりやすい解説
ワサビ (山葵)
Wasabia japonica (Miquel) Matsum.
日本特産で九州から北海道まで広く分布するアブラナ科の多年草。ミズワサビ,サワワサビともいい,全国各地の谷間に自生する。また,渓流に造成されたワサビ田に栽培され,香辛料として,またワサビ漬の原料として利用されている。葉は根茎上に数葉をロゼット状につける。葉身はアオイに似て円形に近いハート形で,長い葉柄をつける。葉色は一般に濃緑色であるが,なかには黄緑色のものもある。葉面は無毛で光沢があり,葉柄は緑色または紫色を帯びるものがある。根茎は年ごとに肥大し,冬の低温に感応して花芽を分化し,翌春になり花茎を伸ばして開花する。根茎は開花結実後も枯れずに肥大を続ける。根茎上部に向かって順次形成される葉は,生育に従って古葉となり葉痕を残して落葉していくため,食用となる根茎はごつごつした形態を呈する。根茎の下部の古葉の落ちた葉腋︵ようえき︶部から腋芽を生じ,分枝茎を形成するが,これを取って栽培用の苗とする。根は白色で根茎の下部から発生し,地下に深く伸びる。半陰性の常緑植物で,落葉樹が適当に生えて夏季の強光をさえぎり,冬季には十分に日があたるような場所が生育に最も適する。
古くは︽本草和名︾などに記載されており,︽延喜式︾には若狭,越前,丹後,但馬,因幡,飛驒の諸国から貢納されたことが記載されているところからみても,きわめて古くから珍重されていたことがわかる。栽培の起りについては明らかではないが,︽本朝食鑑︾には播種︵はしゆ︶および挿根の繁殖などについて記されている。また,︽草木六部耕種法︾には1反当りの収益がイネ1両2分に対しわさび15両とあり,当時からひじょうに高価なものであったことがわかる。
品種は大別して,伊豆系,安部系,半原︵はんばら︶系,信州系などに分かれる。実用品種はそれほど多くはないが,最近は品種改良も進み新品種もでてきている。栽培の多い品種は︿だるま﹀であるが,静岡県では根茎が中太で品質がよく多収の︿伊豆だるま﹀の栽培が多い。主産地は静岡,長野,東京,鳥取,島根,山口,兵庫,岐阜などの各都県で,山間の渓流での栽培が多い。繁殖法には栄養繁殖法と実生繁殖法とがあるが,一般には根茎から生じた腋芽を利用する栄養繁殖法が行われている。栽培法は地方により,渓流式,地沢式,畳石式,平地式などがあり,植付け後1年半から2年以内に収穫するのが普通である。ワサビの成分は硫酸エステルの形の配糖体シニグリンで,これが酵素ミロシナーゼの作用で分解され,カラシ油を生じて辛みを呈する。根茎をすりおろしてすしや刺身,そばの薬味とするほか,茎葉をワサビ漬などに利用する。
執筆者‥平岡 達也
食用
︽播磨国風土記︾に宍禾郡︵現,宍粟︵しそう︶市︶の産物の一つとして名が見え,日本人はきわめて古くからワサビを食べていたことがわかるが,どんな食べ方をしていたかははっきりしない。鎌倉末期ころの成立とされる︽厨事類記︾には汁の実にすることが書かれており,これは刻んで使ったものと思われる。室町末期ころになるとワサビ酢が刺身に使われているが,この場合のワサビが刻んだものであったか,すりおろしたものであったかはいずれとも確言しがたい。ただし,おそらくすりおろしたものだったろうと思われるのは,すでに︿わさびおろし﹀なる器具があったこと,天正年間︵1573-92︶には金属製ではないにしても陶磁製のそれがあったらしいこと,そして,1712年︵正徳2︶の︽和漢三才図会︾には今のものとまったく同じ銅製おろし金について明確な記述がなされているためである。とにかく,ワサビはおろすことによって初めてその持味を完全に発揮するようになり,日本料理のすぐれた味覚の形成に大きく寄与したのであった。刺身,すしはいうに及ばず,そばや茶漬もワサビによって味が生かされるが,おろしワサビを砂糖などと合わせたあんを白いぎゅうひで巻いた和菓子もある。なお,茎などを刻んで酒かすに漬けたワサビ漬は,1836年︵天保7︶刊の︽四季漬物塩嘉言︵しきつけものしおかげん︶︾に︿山葵糟漬︵かすづけ︶﹀の名で製法が紹介されている。 執筆者‥鈴木 晋一出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報