円珍(読み)エンチン

デジタル大辞泉 「円珍」の意味・読み・例文・類語

えんちん〔ヱンチン〕【円珍】

 
814891()()5()()()()()()  

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精選版 日本国語大辞典 「円珍」の意味・読み・例文・類語

えんちんヱンチン【円珍】

 

(一)()()()()
 

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「円珍」の意味・わかりやすい解説

円珍
えんちん
(814―891)


()()()()()()15()()()20()12()853寿389便()1213()()786813885()200()()87785595()85668586()87722()8591()()()868()794868()9275()()()()()()()4401000()()()()1()2()210

 2017519

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改訂新版 世界大百科事典 「円珍」の意味・わかりやすい解説

円珍 (えんちん)
生没年:814-891(弘仁5-寛平3)


5158331012846138503851寿18538559︿便85828646寿殿30866殿88622890278

 10001203409275

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百科事典マイペディア 「円珍」の意味・わかりやすい解説

円珍【えんちん】

 
()()()()()15()128538685()
 

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「円珍」の意味・わかりやすい解説

円珍
えんちん

 
[]5(814).2/3.15. 
[]3(891).10.29.
5152012寿1 (851) 352 (858)  441 10005 (863) 8 () 10237 (883) 2 (890) 91375 (927)   

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「円珍」の解説

円珍
えんちん


814.2/3.15891.10.29

()()()()853(寿3)()()()()858(2)441()()868(10)5890(2)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「円珍」の解説

円珍 えんちん

 
814891 
()5()寿()3(),,2()8,10()3102978()()()()  

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旺文社日本史事典 三訂版 「円珍」の解説

円珍
えんちん

 
814891

 ()  () 853 ()  () 5 ()   

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367日誕生日大事典 「円珍」の解説

円珍 (えんちん)

生年月日:814年3月15日
平安時代前期の天台宗の僧
891年没

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世界大百科事典(旧版)内の円珍の言及

【園城寺】より


3()859(1)麿

【行歴抄】より

円珍の入唐旅行日録《在唐巡礼記》(《行歴記》ともいう)の抄録。1巻。…

【五部心観】より

…図像本をくりながら諸尊の修法を視覚的に体得する観法書であるため,《五部心観》と称される。これは滋賀円城寺に蔵され,円珍が入唐求法(852)の際,師の青竜寺の法全(はつせん)から授与された手中本であり(表題註記,奥書による),巻末に描かれた肖像の梵語には〈此の法は阿闍梨善無畏三蔵の所与なり〉,紙背には〈此無畏和上真也〉とあって,これが善無畏にもとづくことを示している。この時代の遺品は少なく,図像ののびやかな張りのある描線は晩唐風で,絵画史的に貴重な作品である。…

【書】より

…空海と同時に入唐した最澄はやはり王羲之調ではあるが,爽快な運筆の名筆で空海と対照的である。 空海より約半世紀後の円珍の書状を見ると,細い墨線の筆触に柔らか味を増して,和様化が急激に進んだ書風である。また,嵯峨天皇より約1世紀を経た醍醐天皇には,《白氏文集》を大字で揮毫した巻物が遺存するが,草書の率意の書でまったく和風の線質となり,小野道風の《玉泉帖》に通ずるところが見え,和様書道の成立期にいたったことを物語っている。…

【声明】より


1109(2)853(寿3)

【請来目録】より

…恵運(842‐847年在唐)は温州,五台山,長安に赴き220巻の経典(そのうち76巻は新請来)をもたらしている。円珍(853‐858年在唐)には長安,天台山で求得した772巻の経典,梵夾,法具などの〈国清寺求法目録〉,福州から台州の間に求得した経典,外書を記載した〈福州温州台州求得目録〉,福州開元寺で求得した156巻の経典,梵夾の目録,青竜寺で求得した経典115巻,曼荼羅,法具の目録で師法全の証明の加えられている〈青竜寺求法目録〉の4種のほか,これらを網羅して計1000巻,法具16種を記載した総目録の5通があり,いずれも原本が園城寺に伝えられる。宗叡(862‐865年在唐)も青竜寺法全から受法し,143巻の聖教,図像,舎利,法具のほかに暦書,木版の辞書等をその目録に記載し先人請来以外の新しいもののみを掲載したことを強調している。…

【天台宗】より


97麿 

【留学】より


 使使838(5)使

※「円珍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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