剣劇(読み)ケンゲキ

デジタル大辞泉 「剣劇」の意味・読み・例文・類語

けん‐げき【剣劇】

刀で切り合う場面を見せ場とする演劇や映画。ちゃんばら劇。「おんな剣劇
[類語]ちゃんちゃんばらばらちゃんばら切り合い切り合う殺陣たて一上一下いちじょういちげ立ち回り

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精選版 日本国語大辞典 「剣劇」の意味・読み・例文・類語

けん‐げき【剣劇】

 

(一)   1926
 

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改訂新版 世界大百科事典 「剣劇」の意味・わかりやすい解説

剣劇 (けんげき)


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「剣劇」の意味・わかりやすい解説

剣劇
けんげき

剣の魅力を売り物にした大衆向けの演劇。剣戟(けんげき)(刀剣をもって斬(き)り合うこと)を剣劇と誤記したことから生まれた用語ともいわれる。俗称ちゃんばら劇。大正期に迫真的な殺陣(たて)を編み出して人気を得た沢田正二郎らの新国劇から1919年(大正8)に脱退した中田正造らが組織した新声劇が剣劇団の最初である。その後、明石潮(うしお)、田中介二、小川隆らの各一座をはじめ、全国各地に数多くの剣劇団が輩出、昭和期には梅沢昇(初代)、金井修らの一座が台頭、また女剣劇も派生した。しかし戦時色が濃厚になるにつれ、「やくざを正義者扱いする」「短時間に多くの人間を斬るのは荒唐無稽(こうとうむけい)」などの理由で制約を受け、また戦後は女剣劇やストリップショーに人気を奪われて衰退した。現在も剣劇を上演しているのは、かつて寄席(よせ)芝居とよばれていた(現在は大衆演劇を自称)小規模の劇団で、京浜、阪神、九州に散在する演芸場や、各地の温泉センターを活躍の場としている。

[向井爽也]

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百科事典マイペディア 「剣劇」の意味・わかりやすい解説

剣劇【けんげき】

たてを主とする演劇・映画。チャンバラ(劇・物)ともいう。大正中期新国劇の創設者沢田正二郎が歌舞伎からとり入れて発展させ,大衆演劇の一大ジャンルとなった。時代劇映画への影響も大きい。《国定忠治》《月形半平太》などが代表作。昭和初期には女性が主演して派手なたてを見せるものが出現,〈女剣劇〉と呼ばれ,戦後もかなりの人気を得た。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「剣劇」の意味・わかりやすい解説

剣劇
けんげき

 
 

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世界大百科事典(旧版)内の剣劇の言及

【新国劇】より

…関西で松竹の白井松次郎に拾われ,京都南座,大阪角座などに出演するが,舞台に迫真的な立回りを取り入れてしだいに観客の喝采を得るようになり,19年には新たな座付作者行友李風(ゆきともりふう)(1877‐1959)の《月形半平太》で大当りをとった。続いて同じく行友の《国定忠次》も成功し,テンポの早い演技と激しい立回りで,剣劇という一ジャンルをつくり,関西劇界を席捲した。沢田の目標は歌舞伎と新劇の中間を行くような新しい大衆演劇の樹立にあり,〈民衆と握手せよ,而して片足のみは不断に民衆より半歩を進めよ〉と〈演劇半歩主義〉を主張した。…

※「剣劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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