大航海時代(読み)ダイコウカイジダイ

デジタル大辞泉 「大航海時代」の意味・読み・例文・類語

だいこうかい‐じだい〔ダイカウカイ‐〕【大航海時代】

 
1517  

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精選版 日本国語大辞典 「大航海時代」の意味・読み・例文・類語

だいこうかい‐じだいダイカウカイ‥【大航海時代】

  1. 〘 名詞 〙 一五世紀から一七世紀初めにかけて、ポルトガル、スペインに代表される西ヨーロッパ諸国が、大洋航海により新航路、新大陸を開拓していった時代。バスコ=ダ=ガマのインド航路発見、コロンブスのアメリカ大陸到達、マゼランの世界一周航海の成功などが行なわれ、その後の非ヨーロッパ地域の植民地化をもたらした。

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改訂新版 世界大百科事典 「大航海時代」の意味・わかりやすい解説

大航海時代 (だいこうかいじだい)


14001650︿

1300西西西西沿貿西貿1381西

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14西西西1415133沿西49

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大航海時代」の意味・わかりやすい解説

大航海時代
だいこうかいじだい

西ヨーロッパの15世紀初めから17世紀初めにかけて、イベリア半島の2国(ポルトガル、スペイン)をその先導者とし、それまでの地中海世界から目を地球全域に向け、主として大洋航海によって、それまで伝説的・空想的領域にあった世界の各地が、探検航海により次々に現実に確認されていった時代をいう。その内容が、地球全域にわたって繰り広げられたヨーロッパ人による地理上の「発見」が主体であったために、この時代を「地理上の発見時代」ともいうが、そこにはあくまで従来のヨーロッパ中心の立場からみた「発見」という史観(ヨーロッパ史観)が貫かれている。したがって、それが、その後に続くヨーロッパ近代諸国家による非ヨーロッパ地域の植民地化という事態を結果することにもなったのである。

[飯塚一郎]

時代的背景


7117805721Pomponius Mela1Ptolemaios Klaudios2Lucius Caecilius Firmianus LactantiusGregorios ho NazianzosGuillaume de Conches1213Pietro d'Abano141327()14091477Pierre d'Ailly姿1410


ポルトガルの探検


11385143331415西3西()貿1434144482貿()Diogo Cam (Cão)西

 1487Pedro de Covilhão西

 14871488121497781498520西宿


アメリカ大陸の発見


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 西西()14924

 4114928331012314814西147961493西100483西西6西1001494672701304西3701786

 121493914963149815004150204西

 31498150155西46西15029西西15034Mundus Novus1507


世界周航

コロン(コロンブス)の発見地が「新大陸」であるとすると、これをさらに西へ回航して東洋に至る航路があるのではないかと考えることは当然である。早くも1513年にはスペインのバスコ・ヌニェス・デ・バルボアが太平洋の存在を確認。さらにポルトガル人フェルナゥン・ダ・マガリャンイス(マジェラン)はすでにポルトガルのマラッカ遠征で活躍していたが(1508~09)、次のインド総督アルブケルケと対立し帰国していた。その後友人フランシスコ・セラウンのモルッカ諸島の模様を知らせた手紙や、親友で宇宙誌学者ルイ・フェレイロの意見などから、ガマの発見した従来のアフリカ南端を迂回するポルトガルのインド航路によらずに、南アメリカを西へ回航してモルッカ諸島へ達する計画をたてた。ポルトガル国王マヌエルに請願したが、いれられず、セビーリャに移り、スペイン国王カルロス1世の許可を得た。彼は総指揮官に任命され、5隻の船隊に265人を乗せ、1519年9月20日サン・ルーカルを出帆した。南アメリカ南端にマゼラン海峡を発見、これを抜けて太平洋に出ることに成功、4か月の苦難のすえようやくサン・ラザロ(フィリピン)群島にたどり着いた。彼自身はセブ島東のマクタン島で先住民との戦闘中1521年4月に戦死したが、18人の乗組員が翌1522年9月サン・ルーカルに帰港し、ついに世界一周航海に成功した。

[飯塚一郎]

その他の探検航海


1714975西8西西

 1503Richard ChancellerSir Hugh WilloughbyCharles JackmanSir Martin FrobisherJacques Cartier


大航海時代の世界史的意義


西()()貿西西西2貿貿



111196570251979921969

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百科事典マイペディア 「大航海時代」の意味・わかりやすい解説

大航海時代【だいこうかいじだい】

 
15西︿149214981494︿使1545調西貿︿貿西︿西︿1617︿
西  

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「大航海時代」の解説

大航海時代(だいこうかいじだい)


1517西1492西(1)16貿(2)16()(3)15811717西貿西10貿

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大航海時代」の意味・わかりやすい解説

大航海時代
だいこうかいじだい
Age of Great Navigations

 
1516 () 15西1488 B.1 () 985西 C. P.西西192810123 V. () () P. F. (151922)   

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「大航海時代」の解説

大航海時代
だいこうかいじだい


1517西西

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世界大百科事典(旧版)内の大航海時代の言及

【航海】より




 15

【交通】より

…北海およびバルト海沿岸の交易都市が提携したハンザ同盟のにぎわいも,中世後期のイギリス経済の発展も,ともに航海技術の発達によるところが大きい。サンタ・マリア号によるコロンブスの新大陸発見(1492),バスコ・ダ・ガマによる喜望峰回りのインド洋横断(1497‐99),マゼラン一行による世界周航(1519‐22)によって,大型帆船は大航海時代の主役となった。この時代の航海はヨーロッパ各国の国策として推進され,海外貿易によって金銀貨幣の増大を図ろうとする重商主義政策を生んだ。…

【十字軍】より


(3) 13(4)︿ 1416退︿31291()

【ラムージオ】より

…ラテン語,ギリシア語に精通し,クインティリアヌスやリウィウスの刊本をアルドゥス書店から刊行したほか,重要な旅行記の集大成である《航海と旅行Delle navigationi et viaggi》3巻(1550‐59)を刊行した。これは大航海時代に関する基本文献である。【清水 広一郎】。…

※「大航海時代」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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