日比谷U-1ビル
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日比谷U-1ビル | |
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大和生命ビル当時のエントランス | |
施設情報 | |
所在地 | 東京都千代田区内幸町一丁目1番7号 |
座標 | 北緯35度40分18.3秒 東経139度45分27.4秒 / 北緯35.671750度 東経139.757611度座標: 北緯35度40分18.3秒 東経139度45分27.4秒 / 北緯35.671750度 東経139.757611度 |
状態 | 解体 |
着工 | 1981年10月[1] |
竣工 | 1984年6月[1] |
解体 | 2022年9月 |
用途 | オフィス[1] |
地上高 | |
最頂部 | 109.3m[1] |
各種諸元 | |
階数 | 地上26階、地下4階、塔屋2階[1] |
敷地面積 | 5,076.04 m² [1] |
建築面積 | 2,174.26 m² [1] |
延床面積 | 51,941.13 m² [1] |
構造形式 | 鉄骨造・鉄骨鉄筋コンクリート造[1] |
駐車台数 | 149台[1] |
関連企業 | |
設計 | 鹿島建設建築設計本部[1] |
施工 | 大和生命本社ビル新築工事共同企業体(鹿島建設、大林組、大成建設)[1] |
デベロッパー | 大和生命[1] |
所有者 | 三井不動産 |
日比谷U-1ビル︵ひびやユーワンビル︶は、東京都千代田区内幸町一丁目、帝国ホテルの隣にあった超高層ビルである。旧称はNBF日比谷ビル。大和生命保険︵現‥プルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険︶が建設し、完成当初は大和生命ビルと称した。再開発が計画されているため、閉鎖となり、2022年︵令和4年︶9月から解体されている。
歴史[編集]
この地には江戸時代には薩摩藩の装束屋敷があり、加賀藩の赤門に対する黒門が設えられ、明治時代には鹿鳴館が置かれた。昭和に入ると、大和生命の前身である日本徴兵保険に払い下げられ、黒門や鹿鳴館の建物を残したまま、ルネサンス調の3階建の社屋が建てられた。1940年︵昭和15年︶に鹿鳴館は老朽化のため取り壊され、黒門も第二次世界大戦の戦災で焼失した[2]。大和生命ビル[編集]
1984年︵昭和59年︶6月、旧本社跡地に竣工した。日比谷通り沿いに並ぶ帝国ホテル、日比谷電電ビル︵現‥NTT日比谷ビル︶、第一勧業銀行本店ビル︵現‥みずほ銀行内幸町本部ビル︶とともに建物を歩道から5m以上離す建築協定を結んでいたが、この協定をはるかに上回る30mのセットバックにより、広い前面広場を確保した[2]。 この広場にはアメリカカエデなどの紅葉植物が植えられ、日比谷公園と向かい合うポケットパークとして親しまれ、彫刻家・井上武吉の制作で球体のモニュメントも設置された[2]。 建物表面は、帝国ホテルの客室に面した北側を除き、3.2×1.2mのガラス数千枚を合わせたハーフミラー仕上げとなっている。2度の譲渡[編集]
1998年︵平成10年︶に不動産証券化され、05年9月、本業の保険事業の収益が落ちていた大和生命が、不動産の保有リスクを減らし財務体質を改善することを狙い[3]、三井不動産系の日本ビルファンド投資法人に﹁大和生命ビル﹂の信託受益権を635億円で譲渡した[4]。 2007年︵平成19年︶夏の金融危機の煽りで大和生命は経営不振が深刻化し、翌年10月、自力再建を断念。東京地裁に更生特例法の適用を申請し経営破綻した[5]。これに伴い、09年8月1日、名称は﹁NBF日比谷ビル﹂に改められている[6]。 2018年︵平成30年︶3月30日、日本ビルファンド投資法人は三井不動産にNBF日比谷ビルを640億円で譲渡し[7][8]、同日付けで、名称は﹁日比谷U-1ビル﹂に再度改められた[9]。再開発へ[編集]
三井不動産など10社が﹁内幸町一丁目街区開発プロジェクト︵TOKYO CROSS PARK構想︶﹂に着手するため、ビルは閉鎖され、2022年︵令和4年︶9月から鹿島建設の施工で解体されている[10]。テナント[編集]
大和生命ビル時代から、マツダが東京本社を置いていたが[2]、2019年︵令和元年︶12月、霞が関ビルに移転[11]。ほかにNTT系企業︵NTTデータジェトロニクス等︶も本社を置いていた。脚注[編集]
(一)^ abcdefghijklm﹃新建築﹄1984年9月号 p.268
(二)^ abcd﹃ビル紳士録﹄p.20 - 21
(三)^ ﹁本社ビル資産を売却 大和生命保険﹂﹃朝日新聞﹄11頁 2005年9月23日
(四)^ “大和生命ビルを635億円で取得、日本ビルファンド投資法人”. 日経BP. (2005年9月26日) 2014年11月21日閲覧。︵Googleによるアーカイヴ︶
(五)^ ﹁大和生命が破綻 急速に損失拡大 戦後8社目﹂﹃朝日新聞﹄夕刊1頁 2008年10月10日
(六)^ ﹃運用資産の名称変更に関するお知らせ﹄︵プレスリリース︶日本ビルファンド投資法人、2009年6月9日。2019年9月21日閲覧。
(七)^ ﹃資産の取得及び譲渡並びに貸借の開始及び解消に関するお知らせ﹄︵プレスリリース︶日本ビルファンド投資法人、2017年12月18日。2019年9月21日閲覧。
(八)^ “NQNセレクション 三井不動産、帝国ホテル再開発へ布石? 隣接ビル取得 不動産の現場から”. NIKKEI STYLE. (2018年1月2日) 2019年9月20日閲覧。
(九)^ ﹃本社ビル名変更のお知らせ﹄︵プレスリリース︶NTTデータ ジェトロニクス、2018年3月30日。2019年9月21日閲覧。
(十)^ “解体工事情報<日比谷U-1ビル地上建物解体工事>”. 建設データバンク 2022年10月2日閲覧。
(11)^ “マツダ株式会社 東京本社移転のお知らせ”. マツダ株式会社. (2019年10月31日) 2021年6月14日閲覧。
参考文献[編集]
- 森喜則、今吉賢一『ビル紳士録』毎日新聞社、1992年。ISBN 4-620-30885-4。
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NTT日比谷ビル |