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心理的安全性という概念がある。ここ十年ほどチームづくりの最重要ファクターであるともてはやされ、他方では粗雑な理解によって批判されてきた。急に人気の出たアイドルの宿命みたいなものを背負っている。 世間的なイメージがどのようなものか、少し羅列してみよう。 なんでも言える。否定されない。安心して働ける。不安がない。感情を大切にしてもらえる。あなたはあなたのままでいいと肯定される。 こうしたイメージを抱いている人もいるかもしれないが、残念ながらこれらは、心理的安全性の正しい姿からは遠くかけ離れている。ただ安心してほしいのは、こうした誤解をしている人は決して少なくないということだ。 手持ちのグーグルで「心理的安全性 誤解」と検索してみると、何ページにもわたって理解を正す記事が並んでいる。NewsPicksも、プレジデントも、朝日新聞も、Qiitaも、東洋経済も、あらゆるメディアが心理的安全性の誤解に
はじめに、短いフィクションをご覧いただきたい。 ある会社で、事業部長のAさんが育児休業をとった。Aさんはその事業を成功へと導いてきた立役者で、経営陣も部下もAさんのことを信頼していた。そんなAさんが育休を取ることになった。まずは一年間の予定で、Aさんがその間不在となるので、会社はべつの人を事業部長として立てることになった。 新しく事業部長に登用されたBさんは、Aさんのもとで副事業部長を務めていた。事業部長には時期尚早だと思われていたが、Aさんの育休がきっかけとなって抜擢された。臨時の登板とはいえ、一年間は短くない。もともと事業部長を目指していたBさんにとっては、絶好の機会だった。 事業部はBさん体制のもとで、再編成されることになった。副のポストが空いたので、新たな副事業部長も登用され、組織の若返りも起きた。Aさん体制は素晴らしかったが、Bさん体制もなかなかだった。 事業部が傾いてはAさんが
二〇二二年の四月一日に、米アマゾンで労働組合が結成された。立ち上げの中心的人物となったのは、元ラッパーのクリスチャン・スモールズ氏。一九九四年の創立以来、無労組経営を貫いてきたアマゾンにとって、初めての出来事だった。アマゾンは組合設立を阻止するためにコンサルティングを雇い、キャンペーンを展開していた。 労働組合の組成の動きは、アマゾンだけの話ではない。ここ二、三年でグーグルやアップルでも労働組合の動きが報道された。シリコンバレーの労使関係は、新たな展開を迎えつつある。 以前のテック企業は労働組合を持っていなかった。そういうものは時代遅れの制度だとさえ思っていただろう。 シリコンバレーに勤める人たちは、みな高待遇で転職しやすい人たちだった。産業の発展とともに彼らの待遇はインフレを続け、高い給与、手厚い福利厚生、遊園地のようなオフィス、そして十分なストックオプションが用意された。 そうした環境
三五歳。この年齢にどんな印象を持つだろう。働き始めて十年ちょっと経ち、キャリアに脂が乗ってきたり、自分という人間がわかり始めたりする、そんな頃だろうか。 三〇代に突入して、この先どうやって生きていくかライフプランニングめいたことを考えるようになった。二〇代の頃より生々しく。仕事に何を望むか、住宅は賃貸か購入か、生涯かかるお金はどれくらいか。独身だったわたしはその度に「そのうち結婚するかも」「子どもができたら状況も変わるしな」と、将来設計を棚上げせざるをえなかった。 何歳になっても、学び直せる。転職できる。新しいことに挑戦できる。行動を年齢と結びつける時代は終わった。ただ一つ、「産む」を除いては——。 結婚や子育て以外にも生き方は人の数だけあり、幸せの形は多様化している。それでも、体の仕組みばかりは変わらない。こと出産においては、三五歳以上の初産は「高齢出産」と呼ばれる。ついこないだまで二〇
マイノリティを学ぶだけでなく、マジョリティについても考えたい。 そんなことを思ったのは、発達障害をテーマにした研修の準備をしているときだった。リブセンスはここ二年くらい差別やマイノリティについて学ぶ研修をやっている。「常識を考え直すワークショプ」 という。最近では十一月に株式会社MIMIGURIの協力を得て開催した。 これまでの研修では女性について、同性愛について、トランスジェンダーについて学んできたが、今回の研修ではジェンダーを離れて、発達障害を取り扱った。 発達障害は、身体の障害とちがって、見た目にわかりづらい。本人が自覚していないケースもあるし、不得意なシーンに遭遇しなければ障害性が現れない人や、なんとか自分なりにリカバーする術を身につけてきたという人もいる。 なんの問題もなく日常生活や仕事をこなしているように周囲からは見え、人知れない苦労を抱えやすいのもこの障害の特徴である。 児童
「最近、人の悩みを聞くのが辛いんですよね」 そう打ち明けてくれたAさんは、多数の部下を抱えるマネージャーだ。柔らかな物腰で人当たりがよく、温和な雰囲気をまとっている。 部下からの信頼も厚く、悩みもよく相談されるらしい。丁寧に聞き入っているのだろう。ヒアリングの話しぶりからも、そういうふうに想像される。 そんなAさんだが、部下の悩みを聞くことに疲労感を覚えてしまうという。 「たまにカウンセラーみたいなことやってるな、と思うんですよね。悩みを聞いても、解決できることばかりじゃないし。なのに色んな人の悩みを聞いて、自分のなかで蓄積されちゃって」 人の悩みを聞くと、自分の心に負担がかかる。なんとなく引き摺られて、気持ちが沈んでしまう。そういうことは確かにある。多くの人から悩みを相談されれば、負担の量も増えていく。 相談事はさまざまだ。一朝一夕で解決できないことも多いし、聞くに徹するしかないときもあ
「65%」 これは、リブセンスにおける二〇二〇年度の男性社員の育休取得率だ。 厚生労働省が発表した「令和二年度雇用均等基本調査」(以下、厚生労働省の調査)によると、同年度の男性の育休取得率は「12・65%」だ。 二〇一九年度から5・17ポイントと過去最大の伸びを記録し、ようやく10%を超えたことがニュースなどで大きく報じられている様子を見ると、リブセンスはなかなか健闘していると感じる(ちなみに、厚生労働省の調査に比べるとリブセンスの育休取得対象者は少ないので、その分一人が与える取得率への影響が大きくなることは心に留めておきたい)。 リブセンスでは以前より、女性はもちろん、男性が育休を取得することがさほど珍しいことではない風土がある。男性社員の育休取得率でいうと、二〇一九年度は58%、二〇二〇年度は65%で推移しており、この実績をもとに「リブセンスは男性も育休が取りやすく、家庭と仕事を両立し
有給生理休暇という制度に、あなたは賛成だろうか、それとも反対だろうか。 賛否に強い意志を持っているかもしれないし、ちょっと結論を保留したくなるかもしれない。あればめちゃくちゃ助かるという人もいれば、どちらでもいい、無関心だという人もいるだろう。 こういう場所で書くのは気が引けるけれど、正直なところ、ぼくも昔はまったくの無関心だった。直接関係のない話だし、どっちがいいかもよくわからない。そういうふうに考えていた--というのもちょっと嘘で、そんなことすら考えていなかった。無関心というのはそういう残酷なものだ。 ちょっと質問を変えてみよう。 有給生理休暇という制度は、男女平等に資するだろうか。 こうするとさっきより、女性には客観的な、男性には考えやすい問題になるかもしれない。 平等が大事だということについて、多くの人は異論を唱えないと思う。でも平等ってどういう状態なのかとか、どういうふうに平等を
「すっぴんは相手に対して失礼だ」 社会人女性の大半の方は、きっとこの共通意識を持っているだろう。 何が悲しくて自分のすっぴんを失礼なものだと認識しなければならないのか、と静かに憤りを感じる。一方で、そうは言ってもこれが社会の当たり前、化粧をすることがビジネスマナーだから、と自分を納得させてきた。他人の容姿に意見することこそマナー違反だと思うのだが、「女性としてのマナー」という話になると正論としてまかり通ってしまう。 先日、「顔に泥を塗る」という漫画の1話目と作者のインタビュー記事が社内チャットで共有され、様々な意見が出て盛り上がった。 漫画の主人公はデパートの案内係として働く二十五歳の女性。控えめで自己主張は強くないタイプ。ある日、同性の先輩から「もう二十五歳なんだから、もうすこしきちんとメイクできない?」と叱られる。きちんとした印象を意識して買った赤い口紅を試しに自宅でつけてみたら、同棲
「お疲れ様です……娘の体調が安定せず、本日は早退させていただきます。いつも申し訳ありません。よろしくお願いいたします」 これは、ある従業員からの勤怠連絡だ。連絡したのは2歳の子どもを持つ女性社員。時短勤務の制度を利用し、現在は1日7時間働いている。子どもが体調を崩して早退したり休まなければならなかったりするときは、こうした連絡をしている。 「いつも」と書かれているように、今回が初めてのことではない。だが、私も小さな子どもが二人いて、保育園の送り迎えなどで早退することがよくあるので気持ちは分かる。「お互い様だからそんなに気にしなくても良いのに」と感じたのが率直なところだ。 みなさんはこの連絡を見てどう感じただろうか。育児や家族の介護をしながら働いている人、あるいはそういう人と一緒に働いている人であれば、同じような場面に遭遇した人も多いのではないか。 一見、一人の従業員のなにげない連絡に見える
差別をなくそうなんて考えると、すぐに絶望におそわれる。 わたしたちの社会に深く根ざす差別構造は、少なくとも数百年、下手すれば千年単位で培われてきたものだから、一朝一夕でどうにかなるものではないし、一個人、一民間企業ができることなんてたかが知れている。どれだけ凄いことをやっても、あしたから差別がなくなるなんてことはない。差別の問題にはそういう徒労感がいつもつきまとう。 しかし、逆にこうも言えるだろう。仮に差別が部分的にでもなくなる日が来るとすれば、なくなって来たとすれば、それは不断の努力の積み重ねの結果でしかありえないのだと。努力を続けた先達の血のにじむ日々の上に、昨日よりもましな今日が続いている。 わたしたちもまたそうした先達に倣って差別と戦うことを決め、リブセンスは二〇一九年に経営の指針の一つとして「差別、ハラスメントの根絶と平等の実現」を決議した。上場企業としては当然の、むしろ遅すぎる
昨年一二月一五日にリリースした本ブログ Q by Livesense はさいわいにも多くの人にご愛読いただいた。新春初となる本記事では、このブログの企画プロセス――なぜ縦書き長文なのか、なぜQ(Question)を前面に出したのか、なぜリブセンスがこんなメディアをつくったのか。その経緯について書いていきたい。 制作物は機能しなければ意味がない リブセンスは今年で設立から十五年になる。ぼくは二〇二〇年の春からコーポレート・アイデンティティ(以下、CI)を再考するプロジェクトを立ち上げ、社内の数十人にインタビューをしながら、現在の会社の姿を捉えなおそうとしていた。インタビューを重ねて見えてきた今の会社の実相はそれなりに新鮮で、新しいビジュアルのポスターもチームでつくりあげ、それはそれで大きな収穫にはなった。しかし、そこから「CIブック」のような制作物に落とし込んで終わりにする気にはなれなかった
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