FNS27時間テレビ (1997年 - 2003年)
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﹃27時間テレビ﹄︵27じかんテレビ︶、﹃FNS27時間テレビ﹄は、1997年以降の﹃FNSの日﹄の通称であり、1年に1度夏に生放送される長時間特別番組である。その年のメインコンセプトテーマに沿った内容となる。2005年以降は放送時間が25 - 26時間になることもあるが、本項目では便宜上、回数が多く通称として使われる﹁27時間テレビ﹂としている。
27時間テレビ | |
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ジャンル | バラエティ番組 / 特別番組 |
出演者 |
総合司会 ダウンタウン (浜田雅功・松本人志)(1997年) 中居正広(SMAP)(1998-2000年) みのもんた(2002・2003年) 進行 川端健嗣(1997年) 西山喜久恵(1998-2003年) 木佐彩子、小島奈津子(2001年) 内田恭子(2002年) 高島彩(2003年) その他の出演者については各項目を参照 |
製作 | |
製作総指揮 |
日枝久(1997-2000年) 村上光一(2001-2003年) 日枝久(制作代表) |
制作 | フジテレビ / フジネットワーク |
放送 | |
音声形式 | ステレオ放送 |
放送国・地域 | ![]() |
疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI 真夏の27時間ぶっ通しカーニバル〜REBORN | |
放送期間 | 放送時間と同じ |
放送時間 | 1997年7月26日18:00 - 翌27日20:54 |
放送分 | 26時間54分 |
'98FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島 てれずにいいこと、てれずに楽しく | |
放送期間 | 放送時間と同じ |
放送時間 | 1998年7月18日18:00 - 翌19日20:54 |
放送分 | 26時間54分 |
'99FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島 てれずに楽しく、てれずに愛して | |
放送期間 | 放送時間と同じ |
放送時間 | 1999年7月17日18:00 - 翌18日21:24 |
放送分 | 27時間24分 |
2000FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島 家族 愛 LOVE YOU | |
放送期間 | 放送時間と同じ |
放送時間 | 2000年7月8日18:00 - 翌9日20:54 |
放送分 | 26時間54分 |
FNS ALLSTARS 27時間笑いの夢列島 | |
放送期間 | 放送時間と同じ |
放送時間 | 2001年7月21日18:00 - 翌22日20:54 |
放送分 | 26時間54分 |
FNS27時間テレビ みんなのうた 〜あの素晴らしい日本をもう一度〜 | |
放送期間 | 放送時間と同じ |
放送時間 | 2002年7月6日18:30 - 翌7日21:00 |
放送分 | 26時間30分 |
FNS27時間テレビ みんなのうた | |
放送期間 | 放送時間と同じ |
放送時間 | 2003年6月28日18:00 - 翌29日 21:00 |
放送分 | 27時間00分 |
特記事項: 2001年(第15回)は総合司会不在。 2004年からの放送内容については各記事を参照。 |
タイトルは日本テレビ系列﹃24時間テレビ ﹁愛は地球を救う﹂﹄を真似たもの。
制作著作はフジテレビではなく、FNSフジネットワーク︵または﹁フジネットワーク27社︵2002年 - 2006年はテレビ大分もネット参加していたため28社︶﹂︶となっている。
●1987年 - 1991年、1995年、1996年の﹃FNSの日﹄は﹃FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島﹄を参照。
●1992年 - 1994年の﹃FNSの日﹄は﹃平成教育テレビ﹄を参照。
放送遍歴
第11回(1997年)疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル 〜REBORN〜
- 司会 : ダウンタウン
初期の﹁テレビ夢列島﹂や﹁平成教育テレビ﹂のビートたけしを中心とした内容から一新。﹁HEY!HEY!HEY!﹂を主体としたコーナーを含め、随所に歌手・アーティストが出演。放送当日に台風9号が直撃したため、番組内容を急遽変更した。野球中継が中止になり、﹁全国各地から船で27時間内に食材を運ぶ﹂企画も変更された。この年の春に開局した高知さんさんテレビとさくらんぼテレビがネットするようになったため、山形では1992年の山形テレビの放送打ち切り以来、5年ぶりに放送された。
この年から音声がモノラルからステレオになった。
製作総指揮は日枝久。
概要
●オープニングでダウンタウンの2人が﹁﹃疾風怒濤!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル〜REBORN﹄ってこんな長いタイトル誰がつけたんや!!誰や!﹂と叫んでスタートした。
●台風関連
●7時台と9時台に台風情報を放送した。
●オープニングの後に放送する予定だったナゴヤドームでの中日-巨人戦が台風のため中止︵ナゴヤドームでプロ野球の試合が中止されたのは初めて︶になり、急遽ヤクルトの野村克也監督、古田敦也、ドゥエイン・ホージー両選手︵いずれも当時︶が招かれ、オールスター戦のダイジェストとヤクルト選手などの名珍場面を放送した︵神宮球場のヤクルト戦も中止だった︶。また、﹁お台場GAME BATTLE﹂のみ出演の予定だった﹁ビーチボーイズ﹂の俳優陣︵反町隆史・竹野内豊・広末涼子・稲森いずみ・マイク眞木︶が中継に登場した。
●後の﹁お台場GAME BATTLE﹂も当初は屋外の特設会場に1万人の観客を招いて行なう予定だったが、公開放送を中止。さらに、特設会場で使われる機械が故障。急遽、出演者が仮設のテントの中で﹁ぷよぷよ﹂対決を行うことになった。
●プロ野球は福岡ドーム︵当時︶以外の4試合も中止となり1試合しかなかったため、﹁プロ野球ニュース﹂も内容を変更、﹁居酒屋あぶさん﹂からの中継を継いで﹁緊急討論・巨人は優勝できるか?﹂を放送した。
●深夜帯
●﹁LOVE LOVEあいしてる﹂スペシャル内で中居正広がKinKi Kidsに電話をかけた。
●深夜企画ではお色気企画も復活し、ブレイクする前のココリコ、雨上がり決死隊、ネプチューン、オセロやチュパチャップスなどが出演した。ココリコはこの年以降﹁27時間テレビ﹂に連続出演している。三宅正治が前年の女子アナリンピックに引き続き2年連続で深夜枠を担当した。
●浜田が志村けんと、大箱根カントリークラブにて早朝ゴルフ対決。
●お台場特設会場︵観衆1万人︶
●前年に引き続いて﹁全国フリースロー選手権大会﹂を開催。決勝はお台場の特設会場。優勝は福島テレビで、最終戦のドリームマッチでもデニス・ロッドマンに勝利。
●MAX、T.M.Revolution、SPEED、Every Little Thing、GLAY、PUFFY、華原朋美、西城秀樹が特設野外ステージでスペシャルライブを行った。︵天候は前日と変わり晴天︶。
●﹁大決戦!日本列島エエヒト怪獣ツルベVSワガママ怪獣ヒトシ﹂では、互いに同姓同名の素人︵中継で登場︶と組んで対決。鶴瓶は﹁日本一名前の長い人を選ぶ対決﹂で正解の﹃藤本太郎喜左衛門将時能﹄︵奈良県在住︶を選んだにもかかわらず負けとされ、お尻を焼かれた。
●﹁さんまのスポーツするぞ!﹂ではさんま・今田・東野・ナイナイのさんまチームがロッドマンとフリースロー対決をし、岡村と東野が決め2対1でさんまチームが勝利。松本vsロッドマンのビリヤード対決終了後、ダウンタウンとさんまの共演もあった。
●﹁めざましテレビ 達人SP﹂にて、武道家の玉城厚志が﹁1分間の瓦早割り﹂に挑戦。それまでの世界記録の191枚を89枚更新する280枚の世界新記録を樹立した。静岡、大阪、愛知、岩手、福島の5ヶ所からも達人が登場した。
●夕方は﹁川端健嗣・篠原ともえのザ・ヒューマンデラックス﹂を放送。
●長時間の出演で疲れ切った状態で、西川貴教とトーク、KinKi Kids・吉田拓郎の中継が行われた。
●グランドフィナーレ
●漁船が続々と到着。放送エリアで唯一海のない︵他の内陸県は広域局エリアに所属するか、フジテレビ系列局がない県だった。︶長野県からは笹船が乗ったトラックに乗って登場。笹舟はオープニングでは天竜川にいたがダム等が有る関係上、日付が変わる頃に川からトラックに乗せ変えて登場した。
●梅宮辰夫らが食材を各地から集めて調理。食材は漁船に乗せて全国からお台場に向けて送る計画であったが、当日の荒天によりテレビ静岡等の出した8隻は断念した。
●福岡から玄界灘のヤリイカと共に遣って来た女の子は、土曜日に﹁浜ちゃん︵総合司会の浜田︶に会いたい﹂と発言していたが日曜日に本当のところを質問した所﹁パフィー﹂と言って2人と握手をした。
●提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは宇田麻衣子、春日由実、桜井堅一朗、深澤里奈の男性1人、女性3人の計4人だった。
●この年から提供CGで、社名ロゴ上の﹁提供﹂は省略される。この年は画面下に青色の長方形が登場し、その図形がアクションするときに提供社名が切り替わった。
FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島(1998年 - 2000年)
SMAPの中居正広を総合司会に据え、当時若者を中心に人気だった﹁サタ☆スマ﹂をベースに放送。進行役はフジテレビアナウンサーの西山喜久恵。
この3回は、総合プロデューサー荒井昭博、総合演出坪田譲治、構成鈴木おさむの3氏が製作を指揮していた。また、﹁笑っていいとも!増刊号﹂が2部構成で放送された。
第12回(1998年)〜てれずにいいこと・てれずに楽しく〜
●司会:中居正広
何をやるのかまったく知らないままスタジオの前で立ち尽くす中居の姿が映し出されたオープニング。﹁ドミノを27時間以内に立てられるか﹂という企画が始まり、翌年から北広島市で連続して行われた︵北海道文化放送が中継︶。“倒れない車ドミノ”は特徴的。番組テーマの﹁てれずに〜﹂は“照れず”にと“テレビ”をかけている。
●この年から﹁グランドオープニング﹂で総合司会・進行アナが番組タイトルをコールしてから番組タイトルロゴCGを表示する形になった。
●1999年・2000年の中居・荒井時代は﹁グランドオープニング﹂でスタジオにいる出演者及びSMAPのメンバーと共にタイトルコールをしたがバラバラになり、2002年・2003年の﹁みんなのうた﹂の場合は総合司会者のみのもんたが﹁FNS27時間テレビ﹂の後・進行アナなどが﹁みんなのうた﹂とコール、2004年・2005年では言う人を分担したが、2006年以降は総合司会者が全てのタイトルを言った後に番組タイトルロゴCGを表示する形になっている。ただ、2001年は木梨憲武が番組タイトルではなく﹁新人︵アナ︶は濡れた方がいいぞ!いくぞー!﹂と言った後に番組タイトルロゴCGを表示した。この年からCM明けのBGMが流れるようになった。
●ナゴヤドームから2年連続の生中継。また、名古屋﹁K-1 DREAM98﹂を中継。中居と西山が現地の千秋と勝俣州和の2人と共に開会宣言をした。
●﹁生LOVE LOVE あいしてるスペシャル﹂の最後に東野幸治が放課後電磁波クラブの衣装で乱入。
●﹁流出!裏めちゃイケ﹂では90年代前半にフジテレビで放送された深夜番組﹁殿様のフェロモン﹂の名物コーナーだった﹁ハケ水車﹂が登場。これまでの水車は水が出なかったが水を出す改良をしたが、正解発表のとき、岡村・中居のあたりに水が飛び、ダチョウ倶楽部の上島竜兵がウケねらいで洗顔をした。
●2年ぶりにこの枠で放送された﹁笑っていいとも!増刊号スペシャル﹂はお台場・フジテレビのスタジオではなくスタジオアルタからの放送だった。後半・永井美奈子のヒミツを当てる問題で、加藤浩次は﹁中年男性のウップンを受け止める﹂と答え、タモリは﹁今、何時だと考えろ!夜中のナイナイのコーナーじゃないから﹂と激怒。加藤はナイナイのコーナー﹁流出!裏めちゃイケ﹂にも登場した。
●陣内孝則、柳葉敏郎司会の﹁ハッピーバースデー!﹂生放送スペシャルでSMAPのメンバーたちが草彅剛の誕生日を祝った。
●FNSの日開始以来、初めて報道番組が放送された。﹁報道2001﹂の特別版﹁報道2001 もう大人には任せて置けないスペシャル﹂では、30人の子供達が亀井静香、田中真紀子、鳩山由紀夫の3人の政治家とトークをした。鳩山は途中で他の仕事のために退席し、エンディングで幸夫人と共に登場した。
●ドミノ前に﹁マイク・ベルナルド&木佐彩子VS中居正広&西山喜久恵﹂のミニトーク。トークの内容はベルナルド選手に今回のドミノの仕組みについて中居が紹介。木佐が臨時通訳と言う形で伝えていた。最後のドミノをタモリ、笑福亭鶴瓶、鳩山由紀夫・鳩山幸夫妻、中居正広の順に置いてから、ドミノが倒された。結果は、立て方が甘かったり前述の“車ドミノ”等で綺麗に倒れる事が出来なかった。
●提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは西岡孝洋、荒瀬詩織、八馬淳也、島田彩夏の男女2人ずつの4人。
●この年の提供CG‥サルとバナナが登場。バナナがむけるたびに提供社名が切り替わった。通常﹃ - の提供でお送りします﹄にあたる部分は出てくるバナナの色が違っていた。また、﹃ - お送りしました﹄の部分では出しがサーフィンでマスコットの顔が変わった後、回転し別のスポンサーに切りかえる。
第13回(1999年)〜てれずに楽しく・てれずに愛して〜
●司会:中居正広
●18:00放送開始。1992年から行われていたスポーツ中継が廃止された。
●中村玉緒が福岡・太宰府天満宮から﹁成功祈願ドミノ﹂︵実況アナウンサー・川崎聡︶
●タモリがドミノ監督として復帰。
●前回︵1998年︶の夢ドミノで失敗した岡山と北海道。今回は明暗がくっきり分かれた。
●岡山は前回止まってしまった石ドミノの下にベニヤ板を乗せて対策し、リベンジ成功。同局はドミノマッチに負けた為、罰ゲームとして人間ドミノ・10体も投入。北海道は車ドミノがまた上手く倒れず失敗。だがトラックドミノ3台の方は倒れた。
●鹿児島テレビのドミノ倒しでは豪華なドミノが登場した。鹿児島県北部の住友金属鉱山菱刈鉱山の協力で1個10kgの金塊を20本、合計200kgを使用。総額は2億円︵1本/1000万円︶にも上り現地リポーターの角盈男を驚かせたが本当は全てレプリカだった。
●仙台放送のドミノ倒しでは垂直落下ドミノが成功してキムタク等が歓声を挙げていた。
●深夜コーナー﹁よる☆スマ﹂はキャイ〜ン、ココリコ、極楽とんぼがヤング代表として、ガッツ石松、鈴木史朗、大竹まこと、石田純一の4人がアダルト代表として参加。バター犬や合コン相手登場等、前年の裏めちゃイケ同様、お色気と暴露企画を展開した。
●﹁サタ☆スマ﹂の香取慎吾プレゼン企画で、香取と子供たちが作った手作りのコーナー﹁うたまるまるだいなくしょう﹂を放送。
●﹁笑っていいとも!増刊号スペシャル﹂の中のCM明けに、約1分間別スタジオで休憩中の木佐の音声が入るハプニングがあった。このハプニングに関する謝罪はなかった。
●﹁スーパーバスケ﹂の開始前にブレイクモンキーズによるスペシャルダンクショーがあった。
●﹁スーパーバスケ﹂の延長戦ルールは1ラウンド毎に異なり、第1回戦は女子アナフリースロー、第2回戦は中継先でのダンク勝負。準々決勝は第1回戦同様の女子アナフリースロー、準決勝は選手によるフリースローそして決勝戦は全員参加のフリースローと変わった。
●﹁スーパーバスケ﹂では梅田淳が福澤朗のモノマネで﹁フジテレビV4スタジオに向かってズームイン!!﹂と﹁ズームイン!!ポーズ﹂を披露し、中居正広に﹁ここは日本テレビじゃないですから﹂と突っこまれた。
●提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは内田恭子、長谷川豊、大橋マキの男性1人・女性2人のあわせて3人。
●この年の提供CG‥愛のキューピッドが画面下両端に出てきて、双方が弓を射る度に提供社名が切り替わる。
第14回(2000年)〜家族 愛 Love You〜
●司会:中居正広
●三宅島の火山活動が6月末から活発化し、放送中に何度も地震速報のテロップが表示された。午前3時57分に三宅島でM6.0の地震が発生、新島村で震度6弱の地震が観測され、番組を中断して地震の情報を伝えた。
●﹁サタ☆スマ﹂の企画﹁中居の27時間赤ちゃん預かります!﹂が通し企画。各コーナーに赤ちゃんが登場した。
●﹁SMAP×SMAP﹂の企画︵ゲーム︶、スーパーバスケで各局が対戦し、前年に引き続きサガテレビチームが優勝した。
●サタ☆スマの企画﹁境界線クイズ﹂をFNS各系列から選抜された12局で競う﹁全国境界線クイズ王座決定戦﹂を開催。試合は二者択一の問題を3問出題して3問終了時点での残り人数で勝敗を決するルールを採用。結果的に鹿児島テレビと山陰中央テレビが並び、ジャンケン・プレーオフで鹿児島が山陰を下して見事に優勝。
●勝俣州和・キャイ〜ン・ココリコ・大橋マキ・佐野瑞樹の7人が﹁お台場ドリームチーム﹂としてスーパーバスケに挑戦。そこで後日﹁100%キャイ〜ン!﹂の中で再挑戦し、なんとか成功した。
●﹁さんま・中居の今夜も眠れない﹂がこの年始まった。
●深夜コーナー﹁女子アナといろいろやってみようスペシャル﹂の﹁ココリコ投稿番長スペシャル﹂でココリコが草彅剛、キャイ〜ンらとともにネタを制作し、FNS各局の女子アナがジャッジ。ココリコらは惨敗し、電気椅子で感電の刑に処せられた。
●朝の﹁サタ☆スマ﹂初の生放送スペシャルで、慎吾ママが中継で登場し、マヨネーズを使った料理を作った。
●インフォメーションを担当した大橋マキは身長150cmなので台に乗って佐野瑞樹と身長をあわせていた。
●グランドフィナーレでは、新人アナの政井マヤが﹁日清食品﹂︵現・日清食品HD︶を﹁日本食品﹂と読み間違える、SMAPら出演者が﹁ベストフレンド﹂を熱唱中にパンチUFOが乱入する、などのハプニングがあった。
●提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは梅津弥英子、千野志麻、政井マヤの女性3人。露木茂の立会はこの年で最後になった。
●ドミノ倒しは2年連続失敗に終わっている北海道の車ドミノは10台目で止まってしまった。この時に野々村真が、﹁中継所の最高責任者や北大教授等のせいで失敗した﹂と彼らに責任をなすりつけた。
●提供CG‥﹃サタ☆スマ﹄の番組キャラクター﹁サタッペ﹂﹁スマッペ﹂が画面下に登場。2匹がアクションする度に提供社名が切り替わる。
●日枝久が﹁FNSの日﹂で製作総指揮を務めたのはこの年で最後になった。
第15回(2001年)FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島
●進行 : 西山喜久恵、木佐彩子、小島奈津子
タイトルは﹁プレゼンタイガー﹂︵2001年6月放送︶で2つの候補の中から決定したもの。もう1つの候補は﹁FNS1億2700万人のファイナルアンサー笑う27時間TV﹂だった。総合司会は据えず、コーナーごとに司会をバトンタッチした。また、番組全体の進行役としてフジテレビ女子アナウンサーの3人︵西山喜久恵、木佐彩子、小島奈津子︶を起用した。
●番組のテーマ曲はサザンオールスターズの﹁希望の轍﹂。番組テーマが﹁希望﹂であったことから。
●福岡ドーム︵当時︶から中継し、同年のオールスターゲーム両軍監督である長嶋茂雄と王貞治が握手をして開会宣言した。
●プロ野球オールスター戦中継での堀内健の言動は日本プロ野球選手会から抗議を受けた。
●とんねるずが、ネプチューン・キャイ〜ン・ココリコを各地に飛ばす企画で、石橋貴明が木梨憲武とのパター対決で思い切り打ち、ボールをモニターに激突させ破壊してしまった。
●﹁ダウンタウンのお笑い能力開発ゼミナール﹂で、学級委員役の松本人志の思惑と違うスベリ雰囲気となってしまい﹁こんなんちゃうねん!﹂と連呼。ガッツ石松や木村祐一らが迷回答を披露したが、優勝は板尾創路。またコーナーの直後の中継先・静岡県沼津市の愛鷹パーキングエリアでは、ココリコの田中直樹が追い詰められて﹁お笑いは天職です﹂と叫んだ。
●﹁FNS最強キャラクター大相撲﹂で、ラフくん人形の着ぐるみの中に入っていたのは里谷多英︵初戦で沖縄テレビ放送の﹁ゆーたん﹂に敗退︶。最終対決は、仙台の地区予選で﹁正上位﹂発言をした岩手めんこいテレビの﹁ミットくん﹂関と、優勝したテレビ愛媛の﹁ビビットくん﹂関。最初は岩手のミット関が一気に愛媛のビビット関を追い込んだが愛媛のビビット関の廻り込みに勇み足をした。仙台予選では物言いのつく一番もあった。また、ウド鈴木が担当した予選では着ぐるみ達と仲良くなっていたり、関西テレビの﹁ハチエモン﹂関が仙台放送の﹁あそ坊﹂関に逆転負けしイチャイチャしているシーンがあった。福井テレビの﹁イヤイヤちゃん﹂関は予選で敗退し悔しがった。
●深夜の﹁エブナイ﹂の中で﹁日本全国うまいもの対決﹂をやり︵ユースケ出演︶、原田泰造は天野ひろゆきにだまされ罰ゲームを受けた。
●内村光良が﹃笑う犬の冒険﹄のキャラクター・大嵐浩太郎に扮し、一人ドミノという企画が進行していたが、土曜日の夜に明石花火大会歩道橋事故が発生したため急遽企画を中止した。大嵐こと内村は﹁京都でやりたかった﹂と悔しがっていた。
●22日の昼13時過ぎのコーナー﹁明石家さんまの中間反省会﹂はこの時間までの27時間テレビを振り返り、明石家さんまがダメ出しをするコーナー。めざまし時計にこれまで登場した出演者のメッセージが。ナインティナインの矢部浩之は﹁怖い怖いいうて、俺に泣きつくのやめろや﹂とココリコの遠藤章造を叱咤激励。ドミノ企画の中止で早々に帰った内村に電話をかけたところ、家で寝ていたらしく大嵐を演じることなく﹁内村です。﹂と電話に出てしまい、キャイ〜ンの天野らに﹁もう少しキャラ作ってください。﹂とツッコミを入れられる。その後スタジオ入りしたさんまはこの事情を知らず、自分はわざわざ家から出てきたのに内村は電話だけだったのに対して﹁あいつの方が大物やな﹂と嫌味を浴びせた。
●BIG3コーナーの車庫入れシリーズが復活。名倉潤のシボレーが破壊された。進行役は今田耕司、ほんこん、村上ショージ。ビビる大木がハンドルを握り、花壇に乗り上げて登場。かつてのたけし以上に派手にブロック塀に当ててしまう。CM後には車に付けられた風船をトスバッティングで割る企画に。途中、軟球から硬球に変更され、さんまも﹁これは酷すぎる﹂と言い出した。最後には山口智充が砲丸投げ選手に扮して登場し、名倉が止める中、窓ガラスを粉々に割ってしまう。車庫入れシリーズ史上最も破壊されたが、壊された車の会社側が﹁宣伝になる﹂として無料で修理した。
●﹃クイズ$ミリオネア﹄初の生放送では、明石家さんまがクイズに挑戦︵当初応援ルームにいてクイズに挑戦する予定がなかった︶。ライフラインのテレフォンで前妻の大竹しのぶに生電話。このときから並び替え早押しなしの﹁エキシビジョン・マッチ﹂が登場した。
ピリオド | 挑戦者 | 結果 | 賞金 | 備考 |
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1 | 遠藤章造 | Q09NG | 10万円 | テレフォンブレーン・横山三兄弟 |
2 | 明石家さんま | Q10NG | 10万円 | テレフォンブレーン・大竹しのぶ |
3 | ユースケ・サンタマリア | Q10NG | 10万円 | 7月26日に結果が放映 |
以上、﹁とっても安上がり︵の賞金放出︶﹂で終了した。
●﹃とんねるずのハンマープライス﹄︵関西テレビ、オークショニアは杉本清︶が一夜限り生放送で復活。木梨の車、トヨタ・ランドクルーザーシグナスを西山が乗り回した。
●提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは岡田浩揮、森下知哉、渡辺和洋、高島彩、福元英恵、森本さやかの男女3人ずつの6人。とんねるずが﹁新人アナ披露﹂の立会人を担当した。えこひいきがはげしく岡田や渡辺は自己紹介の途中で石橋に邪魔された。
●前年まで﹃制作著作 フジネットワーク27局﹄だったが、この回だけ﹃制作著作 フジテレビ﹄と表示された。
●1993年よりしばらくニュースは日曜夕方枠︵﹁FNNスーパータイム﹂→﹁FNNニュース555 ザ・ヒューマン﹂→﹁FNNスーパーニュースWEEKEND﹂︶のみの放送だったが、この年より土曜深夜・日曜早朝と昼にそれぞれ1-3分程度の﹁FNNニュース﹂が挿入されるようになる。
●提供CG…フジテレビのキャラクター・ラフくんが登場した。社名ロゴの周りが土俵になっていてシコを踏むと社名が変わるものと、社名ロゴの周りが板になっており、てっぽう柱につっぱりすると社名が変わるものがあった。
●ネット局中継がこれまでの全局中継から北海道・岩手・宮城・愛知・大阪・愛媛・福岡・沖縄の8局に縮小。以後2003年まで通し企画での参加中継などあるが、系列局によっては中継しなかった回もあり、2004年以後再びネット全局に戻した。
●エンドロールの体制は制作協力に1998年から続いているジャニーズ事務所に加え、吉本興業・ワタナベエンターテインメントなど主体出演者の所属事務所が多数表示され、2005年の﹁25時間テレビ﹂を除き現在も続いている。
●水口昌彦が﹁FNSの日﹂で総合プロデューサーを務めたのはこれが最後となった。
●この年から製作総指揮が6月の株主総会で社長に就任したばかりの村上光一に交代した︵なお日枝会長は制作代表に復帰した︶。
FNS27時間テレビ みんなのうた
総合司会にみのもんたを据え、感動企画をメインテーマにした「27時間テレビ」。2002年はお笑いのテイストは多少残されたが、2003年はほぼ全編感動企画で通された。テーマ曲は「あの素晴らしい愛をもう一度」。
この年よりタイトルの冠に「FNS○○時間テレビ〜」と付くようになった。
第16回(2002年)〜あの素晴らしい日本をもう一度〜
1月の時点でサンケイスポーツ内で主な企画を発表し賛否両論を巻き起こした。その直後から﹁みんなでハモネプ﹂︵﹁力の限りゴーゴゴー!!﹂の﹁ハモネプ﹂コーナーの27時間テレビ版︶の出場者募集及び予選会を﹁めざましテレビ﹂の中で放送し、各局の代表を決定。優勝したのは、新潟総合テレビ・音楽一家の日下ファミリー。
サブタイトルは﹁あの素晴らしい日本をもう一度﹂。テーマ曲であった﹁あの素晴しい愛をもう一度﹂になぞらえて。﹁もう一度プロジェクト﹂などの通し企画があった。
オープニング
オープニングでは画面の左上に﹁July6&7 J.T.O/Japan Tokyo Odaiba 27Hour-TV START!﹂と書かれていた。
テレビ大分がネット開始。しかし、クロスネット︵FNN/NNN︶の関係で中断を繰り返し、フィナーレは深夜︵月曜未明︶に録画で放送。
内田恭子のオンチぶりが全国に流された。
ハモネプ全国大会の決勝戦が7月7日だった事から﹁七夕ファイナル﹂と銘打っていた。﹁みんなでハモネプ 全国大会2002﹂の優勝賞品である﹁中国・上海旅行﹂が初めて参加者に発表された時にネプチューンの名倉潤が﹁みんな、上海へ行きたいか!﹂と、﹁アメリカ横断ウルトラクイズ﹂・福留功男の﹁みんな、ニューヨークへ行きたいか!﹂のパロディを叫んだ。V4スタジオのハモネプ参加者は﹁ウォー!﹂と地響きのような声でそれに答えた。
﹁あの素晴らしい日本をもう一度﹂プロジェクト
﹁あの素晴らしい日本をもう一度﹂プロジェクトが北海道富良野市から宮崎県西都市まで全国11ヶ所で展開された。内容は次の通り。
テレビ長崎﹁あの平和な世界をもう一度﹂
全長20メートルの特製鐘楼船と世界190カ国の平和を願って190個以上の灯篭を作り、改めて﹁世界平和﹂をこの原爆被災地の長崎から日本全国の皆さんに問いかける、という企画。大村市と長崎市から中継。山本耕一が進行。山本はオープニングで名倉に﹁いい身体してますねえ﹂と言われた。
テレビ宮崎﹁素晴らしい歴史遺産をもう一度﹂
地元の古墳周辺が草だらけになってしまったので、草を刈って遠いご先祖様に喜んで貰おうという主旨。西都市の西都原古墳群から中継。高橋巨典が進行、地元出身の0930がサポーター役で応援。
テレビ新広島﹁子供達が集まる学校をもう一度﹂
全校児童がたった2人の小学校にジャングルを作る。三良坂町︵現在の三次市︶から中継。石井百恵が進行。
岡山放送﹁あの素晴らしい伝統をもう一度﹂
香川の名物讃岐うどんをこの年に因んで2002杯再現させる。香川県善通寺市から中継。上岡元が進行。
関西テレビ﹁あの美しい川をもう一度﹂
﹁道頓堀川を27時間でどの位、綺麗にするか?﹂の挑戦。ペットボトルで作ったイカダなども登場した。また、1985年の阪神タイガース優勝時に投げ込まれたカーネル・サンダース像の救出作戦も行われた。大阪市中央区の道頓堀川からの中継。桑原征平︵現在は定年退職しフリー︶が進行。
福井テレビ﹁あの素晴らしい森をもう一度﹂
ダストポットを230個作って県内の小学校に送るプロジェクト。そして230個である一文字を作った。和泉村からの中継。桑原達秋︵桑原の息子が登場し親子が共演した︶が進行、芸能界一の自然派タレント・清水国明がプロジェクトのリーダー役で登場。オープニングで桑原の声がチェーンソーによって聞こえなくなるシーンがあった。
東海テレビ﹁あの素晴らしい故郷をもう一度﹂
廃線になった駅舎を掃除したり飾り付けをして現役当時の電車を迎える。谷汲村︵たにぐみむら︶︵現揖斐川町︶から中継。庄野俊哉が進行。主役となる赤い電車︵名鉄モ750形︶の重量を庄野がオープニングで25tと言い間違い、地元の人に翌日の朝の大本番前に35tと訂正される場面があった。
石川テレビ﹁美しい物を作りたい/芸術の心をもう一度﹂
金沢城を舞台に繰り広げる芸術の祭典。石川県金沢市の金沢城公園からの中継。小谷あゆみが進行。
フジテレビ﹁あの綺麗な海岸をもう一度﹂
葉山、逗子、七里ヶ浜、江ノ島、鵠沼、辻堂、茅ヶ崎、大磯の8ヶ所で﹁湘南海岸クリーン大作戦﹂を展開。逗子では同時進行でシーグラスアートを作った。島田彩夏、奥寺健が進行/スペシャルゲストに加山雄三とTUBEを迎えた。一部海岸ではクリーン大作戦を行う前にきれいになっていた。実際は2ちゃんねるでの呼びかけで集まった有志による清掃活動の結果であったが、レポーターはその裏をとらずに﹁ライフセーバーによる活動﹂と誤放送した︵2ちゃんねるの歴史#2002年も参照︶。
仙台放送﹁あの活気ある街をもう一度﹂
100台の自転車を漕いで人力でバッテリーに蓄電。どれだけのバッテリーが蓄積するのか、更にフィナーレにそれをイルミネーションとして一気に放出するという挑戦。総合司会のみのもんたは﹁これ疲れるわ﹂と発言した。宮城県仙台市の繁華街から中継。柳沢剛が進行。
北海道文化放送﹁あの感動をもう一度﹂
22年間に渡って放送したドラマの﹃北の国から﹄が同年9月放送の北の国から 2002遺言で最後を迎えるのを前に、ドラマの舞台となった五郎の石の家周辺を草取りする。富良野市から中継。加藤寛が進行。このプロジェクトは、﹃とくダネ!﹄スペシャルでも放送した。
﹁みんなでハモネプ全国大会2002﹂の決勝リーグ進出チーム・発表タイムでは、名倉潤が9組目の進出チームを発表。段取りを忘れていたみのもんたが名倉の前に出たために名倉に突っ込まれ怒られるハプニングがあった。︵西山喜久恵・内田恭子・高島彩のアシスタント3人も爆笑︶。15分後、決勝リーグ進出チームの発表時には岡山のチームが泣き出し、みの・名倉等がなぐさめた。
﹁全国縦断27時間テレビ ドリームさだまさし夢ライブ2002﹂
さだまさしらが、さだの故郷・長崎をスタートし、広島︵後述のクイズ$ミリオネアSPの途中に中継し、20件近い苦情︶→香川→岐阜&大阪︵さだらは台風のため岐阜にヘリが飛べず大阪国際空港止まり︶→宮城→北海道・富良野&旭川空港︵さだとくずの3人は雨天のため富良野にヘリが飛べず旭川空港止まり︶→東京/さだのコンサート会場→東京/くずのスタジオの順に、ライブを行った。宮城では山口の相方が・北海道では宮迫の相方がそれぞれ応援にまわった。長崎から広島へ移動する時に長崎空港でヘリコプターに搭乗する予定だったが台風並みに風が強まりヘリコプターでの移動が不可能︵飛行許可が出ない︶となり、急遽、通常報道専用で強風の影響を受けにくい高度で飛行可能なフジサンケイグループ所有の小型ジェット機﹁オーロラ﹂を羽田空港から急遽派遣︵報道用なので24時間体勢で待機している︶し、同機で広島へ。︵これ以降ヘリでの移動が危険なため、長距離移動には同機を使用︶北海道・旭川では﹃北の国から 〜遥かなる大地へ〜﹄でさだが歌とバイオリンの1人2役に挑戦した(くずのANIKIが歌っている間にさだはバイオリンに持ち替えていた)。
尚、富良野でさだくずと北の国からのキャスト陣によるトークをしているとみのが田中邦衛とトークを行き成り始める(その間にさだくずは旭川空港のピロティーから出発ロビーに移動していた)。
浜崎あゆみが、ライブ会場の福岡・海の中道海浜公園から生出演。
スペシャル・ドラマは﹁東京物語﹂、出演は宇津井健、八千草薫、松たか子。
前年のクイズ$ミリオネアに引き続き、この年の﹁さんま・中居の今夜も眠れない﹂でも明石家さんまが大竹しのぶに生電話︵原因‥中居正広が大竹しのぶにプロポーズすると書いた為︶。また、ミリオネアの延長でこのコーナーの時間は縮小されるはずだったが延長されてしまい、F1予選の中継に間に合わせるためその後に放送の﹁真夏の爆笑ヒットパレード﹂が大幅に短縮された。
この年から土曜夜・日曜朝・昼・夕方に定時ニュースが入るようになった。
﹃めざましテレビ﹄、﹃とくダネ!﹄を日曜日にも関わらず放送。
﹁めざまし調査隊スペシャル﹂︵日曜11時頃に放送︶の中では、爆笑問題が、﹁真夏の爆笑ヒットパレード﹂の時間を大幅にすり減らした元凶である明石家さんまを捕まえて大激怒しその後、みのもんたや久本雅美さらに八木亜希子も入れての大乱闘へと発展していった。
中居正広とみのもんたが﹁珍プレー﹂のナレーションに生放送で挑戦した。特に中居が挑戦したのはみのも難しいと言うじっくり映像。その映像を読み切り、みのから太鼓判を押された。当然みのも﹁珍プレー﹂のナレーションに生でチャレンジした。
﹁みんなでハモネプ全国大会 〜Road to 上海〜﹂
同大会内で岩手めんこいテレビのBELIEVEチームの姿にみのもんたは3度の涙。
(一)野村雅子先生と佐藤裕美ちゃんの再会で先生が我を忘れて強く抱き締めたシーン。みのは感動したが名倉は﹁潰されそうですよ!﹂と裕美ちゃんをかばった。
(二)地元・岩手から中継。裕美ちゃんの親友のめいちゃんが﹁粘土、忘れ物だよ!﹂と発言。裕美ちゃんや先生達は爆笑したが、みのは号泣した。
(三)決勝戦でみのが﹁泣かせられたよ﹂と発言。裕美ちゃんはさくらちゃんと喧嘩をして謝らないまま転校してしまった過去があり、裕美ちゃんにさくらちゃんが謝って﹁ずっと友達だよ﹂と仲直りした場面で、みのが﹁おいおい、また泣かせるのかい﹂と一言。
決勝戦で、進出した3チームの決勝戦用の曲が披露された後に今度はみのもんたが三度の暴走。
(一)3組のファイナル・パフォーマンスが終了した後にみのは、審査委員︵秋元康・島倉千代子・野口五郎・麻丘めぐみ・犬飼将博の5人︶を﹁鬼の様な審査委員だね﹂と痛烈に批判した。決勝ゲストの久本雅美は笑ってごまかした。
(二)3組のファイナル・パフォーマンスが終了した後にみのは内田・西山・原田・名倉・伊藤の5人に﹁日本一に成るのはどのチームなのか?﹂を予想させたが伊藤以外の4人は声を揃えて﹁決められない﹂と言うだけで伊藤に至っては﹁何でそんな意地悪な質問するんですか?﹂と言ってしまった。
優勝は新潟代表の日下ファミリー。祝すべく打ち上げられた特効弾の勢いが強すぎてみのもんた等が驚いた。日下ファミリーには優勝のトロフィーと中国・上海の旅が贈呈された。
笑福亭鶴瓶とココリコが山形県の飛島に向かい、放送時間内に何人の島民の夢を叶えられるか、という企画に挑戦。
ところが、深夜の﹁さんま・中居の今夜も眠れない﹂で入った飛島からの中継では、酒を飲んだ末に泥酔していた鶴瓶が、パンツ一枚の尻を丸出しにして寝ている様子が全国の茶の間に流された。無理矢理起こされた鶴瓶は突然、﹁若手時代のさんま駆け落ち事件﹂を暴露してしまい、鼻水をたらして笑うなど、見るにたえない状況が放送されてしまった︵しかし翌年、前代未聞の大事件が起こる︶。
F1世界選手権第10戦イギリスGP予選
競馬中継はマーメイドステークスを石巻ゆうすけの実況で生中継。その後、マーメイドステークス発走直前に行われた七夕賞を高橋雄一の実況で録画放送。
フィナーレ
提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは中野美奈子、渡邉卓哉、中村仁美の女性2人・男性1人の計3人。須田哲夫が新人アナを紹介した。
みのもんたが﹁どうぶつ奇想天外!﹂に出演している︵録画︶ため、その間の8時から8時54分まで出演できず、この年から9時00分まで放送、みのは8時54分から登場した。フィナーレは、涙を流しながら話すみのの独演会状態になった。
提供CG‥フジテレビのキャラクター・ラフくんが登場し、音符が出る度に社名が変わるもので、じゅうたんが青色か緑色だった。
エンドロールの体制は﹁FNS フジネットワーク各社﹂として中継プロデューサー・ディレクター・技術を一括して縦一列に紹介した。
第17回(2003年)
●総合司会 : みのもんた
●進行アシスタント : 西山喜久恵・高島彩
●メインパーソナリティー : モーニング娘。
放送日
2003年6月28日 - 6月29日
例年通り7月の放送だが、第17回は初めて6月に放送した。﹁メインパーソナリティー﹂という肩書でモーニング娘。が出演した。
テーマ
前年の﹁みんなのうた﹂に﹁再会﹂というテーマを加え、前年にも増して感動企画が多数を占めた。視聴率10.3%。﹁お笑い﹂コーナーであった﹁さんま・中居の今夜も眠れない﹂の視聴率は深夜帯にもかかわらず高かった。翌年からはバラエティ中心になった。
全国各地で再会企画を放送した。テレビ新広島・東海テレビ・富山テレビの再会企画と、テレビ西日本と新潟総合テレビの2局合同再会企画が放送された。
オープニング
オープニングはテレビ生誕50年にちなみ、過去50年の大ニュース映像集だった。フジテレビの球体展望台︵CG︶から飛び込んでスタート。2002年のオープニング、田中耕一ノーベル科学賞受賞、小泉純一郎内閣総理大臣︵当時︶、宇宙飛行士の向井千秋、皇太子徳仁親王と皇太子妃雅子の成婚、宇宙飛行士の毛利衛、貴乃花の優勝時の表情、平成の元号を発表する小渕恵三官房長官︵当時︶、読売ジャイアンツの逆転優勝時の胴上げ、大阪での日本万国博覧会﹁EXPO'70﹂の太陽の塔、ビートルズの来日、アポロ12号の月面着陸、東海道新幹線開業、そして最後は今上天皇︵当時は皇太子︶の成婚、の順番に映像が流れ生放送のスタジオへつながった。
各コーナーの概要
昨年失笑を買った内田恭子のオンチを直そうと、ビビる大木や米良美一らが駆けつけ矯正した。
﹃すぽると!﹄は予定より短くなり、7分の放送。プロ野球の結果はセ・リーグのみ。大リーグ﹁ヤンキース・松井秀喜VSメッツ・新庄剛志︵当時︶﹂の﹁サブウェイ・シリーズ 第2ラウンド﹂と、競馬の﹁第44回宝塚記念﹂の3項目だけだった。中居が競馬の予想をし、﹁タップダンスシチーが勝つ︵結果3着︶。シンボリクリスエスは、2002年の有馬記念以来1回もレースに出ていない。ぶっつけ本番だから厳しいかも︵結果は5着︶﹂と発言した。
﹁桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜 サザンオールスターズスペシャル﹂を放送。鎌倉市建長寺からのライブを放送した。ライブ映像の雰囲気が生放送の様にも見えたため、視聴者が勘違いしないよう﹁この模様は事前に収録したものです。﹂と放送最後にテロップが挿入された。また、放送終了後には番組アシスタントの西山喜久恵が﹁ここで視聴者の皆様へお断りいたします、この模様は事前に収録したものです。今建長寺に行きましてもサザンオールスターズはいませんのでご注意ください。﹂と改めて断りを入れた。
辻加護のフジテレビ探検隊、一部地方局で放送されず、地域によっては別企画を放送する事を事前に告知していなかったため、放映されなかった地方局に抗議が来た。
朝のコーナー﹁FNS女子アナ対抗!家族そろって歌合戦!﹂は、有志とバンドを組んだテレビ新広島の天野陽子が優勝。
﹁ドーハの悲劇﹂から10年を記念し、ラモス瑠偉が当時のイラク代表選手3人と当時の日本代表選手6人の合計9人との再会でドリームチームを組み、一般公募のフットサルチームと試合をした。
モーニング娘。の舞台楽屋から生中継。
高島の母のみそ汁がクイズにされた。
総合司会のみのもんたが当時の﹁プロ野球ニュース﹂の解説者等と、安倍なつみが小学生時代の恩師と再会、共に感涙した。安倍なつみは恩師の前で大きくなった自分の姿を披露した。
﹁みのもんたと爆笑問題のみんなで選んだみんなのうた﹂で﹁プレイバックPart2﹂を松浦亜弥が熱唱、RAG FAIRもアニメソングメドレーを熱唱。
提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは田中大貴、石本沙織、戸部洋子、長野翼の男性1人、女性3人の計4人。
提供CGはオンプーくんが登場し丸める度にスポンサーが変わるものだった。絨毯が青→緑→青…と変化するものと黄緑→オレンジ→黄緑…と変化するものがあった。
笑福亭鶴瓶は前年の飛島中継で、酒を飲んで泥酔し、さんまの昔話などを暴露するといった問題を起こしたため、今回のオープニングでの長崎県・飛島中継の初出では﹁絶対に酒を飲みません﹂と公言した。しかし次の中継では既に村長と酒盛りをし、夜10時には﹁居酒屋つるべ﹂をオープンさせた。その後も隣に座ったおばあちゃんの乳を揉んだり、放送禁止用語を叫ぶなど失態を連発。
﹁さんま・中居の今夜も眠れない﹂で飛島に中継が入った際には、鶴瓶は生放送中にも関わらず泥酔して寝てしまっており、午前2時18分、中居正広に呼ばれ起き上がった瞬間に局部を露出してしまう。一緒にいたココリコの遠藤章造やスタッフが座布団等でフォローをしていたが、結局映ってしまった。あわててCMが入ったものの、さんまと中居はCM中に明けてからの対応を話していたらしく、CM明けにさんまは﹁中居、お前が謝れ…。もうあのおっさん︵鶴瓶︶の為に尽力するのイヤや…。﹂とさじを投げていた。渋々ながらも中居は視聴者に向けて謝罪したが、さんまは追い討ちとばかりに﹁明日映像を見直してみ、鶴瓶にいさん、きっとドヤ顔してるぞ!﹂﹁ジャニーズ事務所も正式に抗議した方がええかも分からんね…。というか、ジャニーズ事務所で鶴瓶にいさん、潰せ。もうヤツ︵鶴瓶︶を潰そう…﹂と、真顔で語っていた。同コーナーの終了後すぐに、改めて高島が﹁お見苦しい点がありました事をお詫び申し上げます。﹂と視聴者に向けて謝罪を行った。
なお、今回の飛島中継は本来、島民の﹁再会﹂が成就したら鶴瓶がお祝いに落語を披露するという企画で、これは29日の夕方に実現した。島民の前で、着物姿で高座を務める鶴瓶を見て、ココリコは﹁かっこいいですねー﹂と見惚れていたが、みのもんたはスタジオで﹁昨日あんなこと︵局部露出︶をした人とは思えないね﹂と語っていた。
鶴瓶の局部露出の件は、放送翌日の各新聞に記事が掲載されるほどの事態となった。鶴瓶は後日、フジテレビの村上社長に謝罪した。また、フジテレビからも鶴瓶に事情を聴いたが、局部露出について鶴瓶は﹁︵その瞬間は︶覚えていない﹂と答え、意図的なものではないとした。その一方でBPOにも、多数の苦情が寄せられた。[1]
第18回(2004年)以降
- 第18回(2004年)
- 詳細は「FNS27時間テレビ (2004年)」を参照
- 第19回(2005年)
- 詳細は「FNS25時間テレビ」を参照
- 第20回(2006年)
- 詳細は「FNS26時間テレビ (2006年)」を参照
- 第21回(2007年)
- 詳細は「FNS27時間テレビ (2007年)」を参照
- 第22回(2008年)
- 詳細は「FNS27時間テレビ (2008年)」を参照
- 第23回(2009年)
- 詳細は「FNS26時間テレビ (2009年)」を参照
- 第24回(2010年)
- 詳細は「FNS26時間テレビ (2010年)」を参照
- 第25回(2011年)
- 詳細は「FNS27時間テレビ (2011年)」を参照
- 第26回(2012年)
- 詳細は「FNS27時間テレビ (2012年)」を参照
複数回行われた企画
●笑っていいとも!増刊号スペシャル︵1987年 - 1990年、1992年 - 1996年、1998年 - 2001年、2004年 - ︶
﹁笑っていいとも!増刊号﹂の生放送版。通常の﹁笑っていいとも!﹂に加え、特別企画が行われる。﹁第1回﹂︵1987年︶、﹁夢リンピック﹂︵1996年︶、﹁'99FNS27時間テレビ夢列島﹂︵1999年︶は2部制だった。
●プロ野球ニューススペシャル︵1987年 - 2000年︶→すぽると!スペシャル︵2001年以降︶
多彩なアスリートゲストの出演や生中継などが行われる。
●全国縦断27時間夢ドミノ︵ドミノ倒し、1998年 - 2000年︶
1998年の元旦に放送された﹁SMAP×SMAP '97→'98/カウントダウンスペシャル﹂で行ったフジテレビ内ドミノの全国版。北海道文化放送の車・トラックドミノは3年連続で失敗した。2001年は﹁大嵐浩太郎のひとりドミノ﹂を予定していたが明石花火大会歩道橋事故のため中止。
●さんま・中居の今夜も眠れない︵2000年 - ︶
タイトルは﹁さんま・中居の今夜は眠れない﹂︵2000年︶、﹁さんま・中居の今年も眠れない﹂︵2001年︶、﹁さんま・中居の今夜も眠れない﹂︵2002年 - 2004年、2006年 - ︶、﹁さんま・中居・鶴瓶の今夜も眠れない﹂︵2005年︶タイトルの上にそのときの27時間テレビのタイトルが付く。
深夜の定番となった明石家さんまと中居正広による台本が一切ないフリートークコーナー。
当コーナー用のインフォメーション担当アナウンサーが、チャイム音と同時にテレビ画面から話しかけてくる。
インフォメーションアナウンサーは2000年・2001年が小島奈津子︵現フリー︶、2002年 - 2004年、2009年が西山喜久恵、2005年 - 2008年が佐々木恭子が担当した。
一部の年にはゲストも登場しており、2004年・2011年はナインティナイン︵岡村隆史、矢部浩之、ただし、2011年は矢部がマラソン挑戦中のため岡村のみ出演。矢部は中継で出演︶、2005年・2009年・2010年が島田紳助、2008年が大竹しのぶとビートたけしが別々に登場している。
このコーナーでは、万年床に卓袱台が置かれたうえに洗濯物が上から吊るされ無造作に物が散乱しているという、一人暮らしの男性が住む狭い部屋を思わせるセットが毎回組まれている︵中居が最も好きな原辰徳を始めとする巨人軍の選手のポスターも、毎回貼られている︶。そのセットのなかにいる中居を、さんま︵+ゲスト︶が訪ねて来てトークが始まる、といった段取りになっている。また、﹁さんまと中居のどちらか一方が結婚したら、このコーナーは終了する﹂という設定もある。
●裏めちゃイケ︵1998年、2001年、2011年︶
めちゃ×2イケてるッ!の深夜版生放送。いわゆる﹁エロ企画﹂で、殿様のフェロモンのコーナーなどが再現された。
●BISTRO SMAP SPECIAL︵1998年 - 2000年、2007年、2011年︶
SMAP×SMAPの1コーナー﹁BISTRO SMAP﹂の生放送版。
ゲストは1998年が細川護熙、1999年は野猿、2000年は田中真紀子、2007年は総合司会の香取慎吾︵SMAPメンバーがゲストになるのは1996年のコーナー開始以来初︶。2011年は﹁出張BISTRO SMAP﹂と題し、東日本大震災で被災した岩手県と福島県で料理を披露した。
●ボク生きスペシャル︵1998年 - 2000年︶
﹁中居正広のボクらはみんな生きている﹂の生放送版。
●SATURDAY NIGHT LIVE×LIVE︵1999年、2000年、2002年︶
アーティストを迎えての音楽コーナー。
●真夏の爆笑ヒットパレード︵2001年 - 2003年、2005年︶
若手芸人が登場しネタを披露するコーナー。
●真夜中の大かま騒ぎ︵2004年、2005年、2009年、2011年︶
めちゃ×2イケてるッ!の人気コーナー、恋のかま騒ぎの生放送版。レギュラーメンバーのほかにゲストで出てくる芸人もいるため、出演者の人数が多いのが特徴である。2011年は﹁真夜中の大若騒ぎ﹂と題された。
スペシャルドラマ
スポーツ中継
脚注・出典
関連項目
外部リンク
フジテレビ系列 FNS27時間テレビ | ||
---|---|---|
前番組 | 番組名 | 次番組 |
疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI |