オリンピック・レガシー
オリンピック開催後に残る有形無形のもの
オリンピック・レガシー︵英: Olympic legacy︶とは、オリンピック開催後に残る有形無形のもの[1]。オリンピックのような大規模な競技大会は開催地に長期的な影響をもたらす。特に2000年代以降、重視されるようになった概念である。
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有形と無形
編集負のレガシー
編集立案の重要性
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オリンピックの開催を招致する都市は、開催によるレガシー創出の具体的なプランを国際オリンピック委員会︵IOC︶に提出する。これは2002年、IOCがオリンピック憲章に﹁To promote a positive legacy from the Olympic Games to the host cities and countries︵オリンピックの開催都市ならびに開催国に、よい遺産を残すことを推進する︶﹂と書き加えたことによる[5]。その意図するところは、オリンピック開催にともない整備したインフラストラクチャーを無駄にすることなく︵物質的意義︶、オリンピックを体感した若い世代の豊かな人間性の醸成を促す︵精神的意義︶ことにある。
2012年ロンドンオリンピック大会関係者の談として、﹁有形無形の社会変化︵レガシー︶は大会時に突然生まれるものではない。事前にどれだけ人々の関心や機運を高め、機会を最大限生かすかで、その成果は大きく変わってくる﹂としている[9]。巨額の資金を投入して大会を開催する以上、オリンピックが単なる一過性の祭りに終わったり、建設した施設が有効利用されず維持費のかかる荷物︵英語版︶になったりしないよう、招致活動開始時から立候補都市はレガシーのための施策が問われることになる[10]。
仮に開催が実現しなかったとしても、招致がきっかけとなってレガシーが生じれば、その都市にとって招致活動自体が意義あるものとして相応の価値を生みうる[11]。
IOCによる重視の背景
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﹁レガシー﹂という言葉がオリンピックに関連して初めて使われたのは1956年メルボルンオリンピックの招致時であったが、大会開催の説得材料として、レガシーという考えが必ずしも浸透していたわけではなかった[12]。2000年代以降﹁レガシー﹂がIOCにとって特に関心のあるテーマとなった理由には、3点が挙げられる[13]。第一に、レガシーがポジティブなものであれば、開催地の世論によるIOCへの非難が回避でき、大会は開催地にとって好ましいのだという証となる点。第二に、大会インフラに希少な公的資源を用いる正当な理由となる点。そして第三に、他の都市や国が大会開催に立候補する動機となる点である。立候補需要の低下はIOCの力を弱め、オリンピックの存続を危ぶませる。
1998年にソルトレイクシティオリンピック招致の買収スキャンダル︵英語版︶が発覚し、IOCは招致活動の透明化を図るため、招致に関するルール等を大幅に見直した[14]。オリンピック存続への強い危機感の結果、招致の段階にも考慮すべき重要なテーマとして﹁レガシー﹂のための取り組みが強化され、2012年大会の招致活動からはプランの提出が必須となった[15]。
分野
編集過去大会の事例
編集イギリス
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イギリス政府は2007年に、2012年ロンドンオリンピックに向けた5つの約束を発表した[18]。その中で、ロンドンのイーストエンド地域中心部の改造、および持続可能な暮らし︵英語版︶のためのオリンピックパーク計画の策定が打ち出された。イーストエンドに位置するオリンピックパーク一帯は産業革命以来、工場や産業廃棄物が集積していた地域で、土壌汚染が深刻な問題になっていた。長年放置されていた地域だったが、最新技術を用いた土壌洗浄により利用可能な土地へと再生された[19]。
オリンピックパーク内に建設されたロンドン・スタジアムは、大会後に多目的スタジアムへ改装され、主にウェストハム・ユナイテッドFCのホームスタジアムとして稼働している[20]。同スタジアムは2015年ラグビーワールドカップ、2017年世界陸上競技選手権大会でも会場として使用された[21][22]。
日本
編集1940年東京五輪
編集1940年に開催予定で中止となった1940年の東京オリンピックだが、新幹線(山陽新幹線路線含む)の前身となる弾丸列車計画とそれに伴う対馬海峡・朝鮮海峡下を掘削する日韓トンネル計画が練られ、そこで蓄積された研究成果は戦後の高速鉄道や水底トンネル技術に活かされた。
1964年東京五輪
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1964年東京オリンピックのレガシーとしては、東海道新幹線や首都高速道路の整備、ホテルの開業に合わせた工期短縮目的で開発されたユニットバス、選手村での食事提供に用いられた冷凍食品、衛星放送の実現とカラーテレビ、ピクトグラムの普及などが現在に受け継がれている。
また、国立代々木競技場・東京体育館・日本武道館・馬事公苑など前東京オリンピックで用いられた競技会場を2020年のオリンピック・パラリンピックで再利用することになり、これらがある山の手側を﹁ヘリテッジ︵遺産︶ゾーン﹂と呼ぶ。加えて国立代々木競技場を世界遺産に登録しようという建築家らによる運動も始まった[23]。
札幌五輪
編集1972年札幌オリンピックでは、札幌市営地下鉄が開業した。
長野五輪
編集1998年長野オリンピックでは長野新幹線の開通がある一方で、負のレガシーとして滑降競技場設営問題のような環境破壊問題、長野市ボブスレー・リュージュパーク財政難問題などがあった。また長野県の財政問題が指摘され、財政再建を掲げる田中康夫が県知事に当選することとなった。
2020年東京五輪
編集2020年東京オリンピックのレガシーとしては、建物、虎ノ門ヒルズ駅などがある。
出典
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(一)^ abISO 20121:2012, Event sustainability management systems – Requirements with guidance for use, 国際標準化機構
(二)^ 武藤敏郎 (2016-07). “2020年後に残す 次代への﹁無形のレガシー﹂”. 月刊事業構想.
(三)^ ab間野義之 2013, pp. 42–43.
(四)^ 間野義之 2013, pp. 49–50.
(五)^ ab監修/稲葉茂勝、文/大熊廣明﹃時代背景から考える日本の6つのオリンピック﹄3︶2020年東京大会、ベースボール・マガジン社、2015年、18-19頁。ISBN 978-4583108902。
(六)^ Bloor, Steven (2014年8月13日). “Abandoned Athens Olympic 2004 venues, 10 years on - in pictures”. The Guardian
(七)^ 間野義之 2013, pp. 53–54.
(八)^ 間野義之 2013, pp. 124–125.
(九)^ 読売新聞 2016年11月1日
(十)^ 間野義之 2013, p. 36.
(11)^ 間野義之 2013, pp. 38–39.
(12)^ 間野義之 2013, pp. 36–37.
(13)^ Gratton & Preuss 2008, p. 1922.
(14)^ 小幡績 (2013年9月12日). “﹁五輪招致合戦﹂は途方もないムダである”. 2021年6月13日閲覧。
(15)^ 間野義之 2013, pp. 37–38.
(16)^ 間野義之 2013, pp. 41–42.
(17)^ “オリンピック・レガシーを考える(1)~オリンピック・ロンドン大会の施設整備と後利用~”. 笹川スポーツ財団 (2015年1月27日). 2021年7月28日閲覧。
(18)^ Jowell, Tessa (2008年6月6日). “London 2012 (Legacy Action Plan)”. 2021年6月12日閲覧。
(19)^ 間野義之 2013, p. 76.
(20)^ McLeman, Neil (2013年3月22日). “Capital gains: Boris hails Olympic Stadium move as 'a great deal for West Ham and London'”. Daily Mirror
(21)^ “Rugby World Cup 2015: Olympic Stadium to host games”. BBC News. (2013年5月2日)
(22)^ Hart, Simon (2012年10月18日). “Olympic Stadium set to host 2017 World Paralympic Championships”. The Daily Telegraph (London)
(23)^ 代々木競技場を世界遺産に 推進団体結成﹁永久に残したい近代建築﹂ 産経新聞 2016年10月6日
参考文献
編集- Gratton, Chris; Preuss, Holger (2008). “Maximizing Olympic Impacts by Building Up Legacies”. The International Journal of the History of Sport 25 (14): 1922-1938 .
- 間野義之『オリンピック・レガシー: 2020年東京をこう変える!』ポプラ社、2013年。ISBN 978-4591137758。