騎士道
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概要
編集起源と歴史
編集中世盛期騎士道
編集騎士道の書
編集1275年頃、騎士にして神学者であるラモン・リュイが著した『騎士道の書』は「騎士道の法典」[5]とも呼ばれ、中世を通し騎士の必読書であったのみならず、聖職者にも教本として親しまれた。(武田秀太郎訳より抜粋)[2]
騎士の起源
編集博愛心、忠誠心、品格、正義、そして真実が世に陰る時、残虐さ、暴力、不実と偽りが姿を表す。そして世に秩序を戻すために選ばれし者こそ、騎士である。 愛と尊敬、それは憎しみと不正義の対極である。騎士は、その気高い勇気、善い振る舞い、寛大さ、そして名誉をもって、人々より愛され畏敬される存在たらねばならない。そうして騎士は、愛によって博愛と秩序を世に回復させ、畏敬によって、正義と真実を世に取り戻すのである。
騎士の責務
編集騎士たる者の責務、それは聖なる普遍の教会の信仰を護り支えることである。それは自らの主君に仕え、これを護ることである。それは封土を護り、自らへの畏れを生じさせ、庶民が働き土地を耕すよう保護することである。それは婦女子を、寡婦を、孤児を、病める者を、衰弱せし者を護ることである。それは自らの城と馬を保ち、道を防衛し、土地を耕す者たちを護ることである。それは盗人を、賊を、悪人を探し出し罰することである。 そして正義こそが、全ての騎士がその身を捧げるべき理念である。騎士道を敬うことは智慧を愛することであり、危険や死を顧みず内なる勇気を武勇として発露することは、騎士道の教えに従うことである。 同僚が盗みを働くことを許し、それを助ける騎士は、その責務に背くものと知れ。盗人である騎士たち、彼等が真に盗んでいるのは金銭でも財宝でもなく、騎士道の気高き名誉である。
従騎士の試験
編集騎士への叙任を望む従騎士につき、相応しい試験を実施せねばならないのは全く当然である。まず試験官は、従騎士に対し、神を愛し、畏敬するかを問わねばならない。そして騎士の序列に加わろうとする従騎士には、騎士道を貫く者にもたらされる重大な責任と危険とを良く知らせねばならない。騎士とは、自らの死の危機より、人々からの非難と不名誉を恐れるべき存在なのだから。
騎士に授けられる武具の意味
編集騎士に授けられる剣、それはアダムの原罪を背負いし主が磔られた、十字架の象徴である。騎士に授けられる槍、それは真実の象徴である。真実とは、曲がりなく一様で、不実を貫き事実に到達するものなのだから。騎士に授けられる兜、それは騎士が不名誉を恐れるべきことの象徴である。騎士に授けられる拍車、それは騎士が騎士道の気高き名誉を守るために備えるべき勤勉さと素早さの象徴である。騎士が跨がる鞍、それは騎士の揺るがぬ勇気と騎士道の持つ重い責務の象徴である。
騎士たる者の美徳と善行
編集卓絶した勇気、それこそ騎士が人々の上に立つ者として選ばれた理由である。加えて比類なき立ち居振る舞いと躾もまた、騎士に求められる素養である。忠誠、真実、忍耐、寛容、良識、謙虚、慈悲、そしてそれに類する美徳もまた、騎士道に欠かせぬものである。 騎士は公共の利益を愛さねばならない。なぜなら、社会とは騎士により創設され確立されたものなのだから。
騎士の名誉
編集騎士とは、祭壇にその身を献げる聖職者を除き、この世のあらゆる身分より誉れ高い身分である。故に、実際には土地の不足から難しいものの、全ての騎士には領主たる権利がある。騎士道の美徳を備えず、騎士でない者は、国の王たる、君主たる資格も主君たる資格も持たない。
騎士の十戒
編集フランスの騎士道文学の研究者レオン・ゴーティエが長年の武勲詩の研究に基づいて編纂した中世盛期騎士道の『十戒』とその概要は以下の通りである[2]。
第一の戒律 汝、須らく教会の教えを信じ、その命令に服従すべし
編集何人も、洗礼を受けクリスチャンになることなくして騎士になることは出来ない。信仰の中に信仰のために死ぬことこそが騎士の義務であり、この戒律を地上で守ったものは、天国において絶対的名誉と共に聖なる花の芳香に包まれ報われる。
第二の戒律 汝、教会を護るべし
編集第二の戒律は第一の戒律を補完するものであり、キリストの戦士たちは常にこの文言を守ることを求めらる。騎士とは、教会の教えを守護する戦士であり、その血は一滴残さず聖なる教会の守護に流されねばならない。
第三の戒律 汝、須らく弱き者を尊び、かの者たちの守護者たるべし
編集第三の戒律において﹁弱き者﹂は教会を含むがそれに留まらない概念であり、騎士には世の中のあらゆる弱者を守護する任務が与えられる。騎士は、特に神に仕える聖職者、女性と子供、寡婦、そして孤児の守護者たらねばならない。
第四の戒律 汝、その生まれし国家を愛すべし
編集騎士は生まれ故郷の街や、自らの領地への狭い愛着心でなく、国全てを愛する「愛国心」を持たねばならない。
第五の戒律 汝、敵を前にして退くことなかれ
編集第五の戒律は戦場おいて繰り返し発揮された戒律であり、当時の騎士たちは﹁臆病者たるより死を選べ――一人の臆病者が全軍団を怯ませる!﹂﹁敵の撃滅か我らの全滅、それ以外になし!﹂と唱和した。また剣に対して飛び道具である投げ槍や弓は臆病者の騎士が使う武器と見做され、﹁初めに弓引く者に不幸あれ。かの者は肉弾戦に能わぬ臆病者なのだ﹂という警句も残されている。
第六の戒律 汝、異教徒に対し手を休めず、容赦をせず戦うべし
編集騎士道の武勇の発露として唯一正当性を持つのは、それを異教徒相手に発揮した時だけである。異教徒の侵略を食い止めるために戦い、また時には十字軍として敵地に侵攻することは、騎士の最高の献身であり貢献であった。
第七の戒律 汝、神の律法に反しない限りにおいて、臣従の義務を厳格に果たすべし
編集第七の戒律が教えるのはあらゆる封建的義務の遂行と、主君に対する揺るがぬ忠誠心である。臣下は主君に対し、その命令が詐害行為でなく、そして信仰、教会、弱き者を害するものでない限り、万事において服従する義務を有する。
第八の戒律 汝、嘘偽りを述べるなかれ、汝の誓言に忠実たるべし
編集騎士は偽りに警戒し、そして嘘を述べることは唾棄すべきことと知らねばならない。
第九の戒律 汝、寛大たれ、そして誰に対しても施しを為すべし
編集寛大さこそ騎士道の本質の一つである。寄進や贈答ほど偉大なことはなく、騎士は救貧院や病院の建設や、貧しい部下への寄付など、進んで喜びを持って手放さねばならない。
第十の戒律 汝、いついかなる時も正義と善の味方となりて、不正と悪に立ち向かうべし
編集騎士とは、常に助けを求められているがごとく耳を傾ける者である。そして騎士は秩序の守護者、不正義の復讐者なることをゆめ忘れてはならない。
その他文献
編集近世騎士道
編集武士道と騎士道
編集騎士道とは西洋一般の行動規範であるが、日本にも武士道と呼ばれる規範が存在し、騎士道と対比されることがある。武田による対比を以下に示す。
騎士道 | 武士道 | |||
---|---|---|---|---|
ゲルマン | 戦場での武勲が第一、決して引いてはならない | 戦国 | 勝利が第一、戦うべき時に戦う | = 戦場における行動原理 |
↓ | (キリスト教の影響) | ↓ | (儒教思想の影響) | |
中世盛期 | 神への献身、異教徒との戦い、弱者の守護 | 江戸 | 主君への忠誠、誠実である、世のため行動する | = 道義論的価値観 |
↓ | (国家主義、中世騎士物語の影響) | ↓ | (国家主義の影響) | |
近世 | 主君への忠誠、名誉と礼節、貴婦人への愛 | 明治 | 主君への忠義、名誉と敬意、フェア・プレイ精神 | = 民の上に立つ者としての規範 |
関連した作品
編集- 文学
- ミュージカル
- 酔いどれ公爵(1985年)
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ Francis Warre-Cornish (1908). Chivalry. Swan Sonnenschein & Co., Lim.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n レオン・ゴーティエ (2020年1月). 武田秀太郎. ed. 騎士道. 中央公論新社
- ^ From Sarmatia to Alania to Ossetia: The Land of the Iron People | GeoCurrents
- ^ トマス・ブルフィンチ 野上弥生子訳 『中世騎士道物語』岩波書店
- ^ アンドレア・ホプキンズ. 西洋騎士道大全. 東洋書林
- ^ 「神道にあらず儒道にあらず仏道にあらず、神儒仏三道融和の道念にして、中古以降専ら武門に於て其著しきを見る。鉄太郎(鉄舟)これを名付けて武士道と云ふ」山岡鉄舟・勝海舟『武士道』(慶応四年)
参考文献
編集- アンドレア・ホプキンス『西洋騎士道大全』東洋書林(2005/11/10)
- トマス・ブルフィンチ 野上弥生子訳 『中世騎士道物語』岩波書店
- グランド・オーディン著 堀越孝一監訳『西洋騎士道事典』原書房
- 新渡戸稲造著 矢内原忠雄訳 『武士道』 岩波文庫
- 李登輝『「武士道」解題-ノーブレス・オブリージュとは』小学館
- レオン・ゴーティエ著 武田秀太郎編訳『騎士道』中央公論新社
関連項目
編集- 騎士
- 武勲詩
- 黄金律
- 報徳思想
- 決闘
- 従士制度・封建制・荘園
- 騎士団
- 騎士修道会
- スイス傭兵
- フトゥッワ
- サラーフッディーン - 十字軍期、イスラムの騎士道と謳われた。長身で是非のはっきりした行動的なリチャード獅子心王とは対照的に、細身で内気で謙虚であり学者然としていた。
- 30人の戦い - 百年戦争中のエピソード。騎士道精神の発露と謳われた。
- 行動規範
外部リンク
編集- パラディン(フランス語版ウィキペディア)
- 主な宗教に共通する価値観 - ウェイバックマシン(2007年11月29日アーカイブ分)
- Cavalleria medievale(イタリア語)