鹿児島寿蔵
1898-1982, 人形作家、歌人
来歴
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福岡県福岡市生まれ。両親の出身地は筑前国秋月。高等小学校卒業後、井上式地理歴史標本作成所に就職し、教材用の模型などの彩色の仕事に就く。工場長格だった有岡米次郎が独立後、師事し博多人形製作を学ぶ。1917年︵大正6年︶に福岡に窯を構えて独立。当初はテラコッタ風の手捻り人形を作り、また本郷洋画研究所に通い岡田三郎助にデッサンを学んだ。短歌雑誌﹁ハカタ﹂同人を経て、﹁南方藝術﹂を編集発行。1920年︵大正9年︶、人形改革の志を抱いて上京。また、﹁アララギ﹂に入会して島木赤彦・土屋文明に師事する。
﹁アララギ﹂の短歌研修で高野山を訪れた際に高野紙の上質さに感動し、和紙の素材を徹底的に研究して、1932年︵昭和7年︶、粘土のかわりに紙を生麩糊で練って制作する﹁紙塑人形﹂を創始。1933年︵昭和8年︶日本紙塑藝術研究所を開き、1934年︵昭和9年︶には野口光彦や堀柳女と人形美術団体﹁甲戌会﹂を結成する。1936年︵昭和11年︶第1回帝展に﹁黄葉﹂で初入選する。1954年︵昭和29年︶、日本工芸会設立と共に正会員となり、常任理事や人形部会長を務める。1961年︵昭和36年︶、紙塑人形の人間国宝に選ばれる。戦後には日本著作家組合中央委員美術部代表、日本著作権協議会理事および専門委員を務めるなど、美術家の著作権確立に尽力した。
歌人としては、1944年︵昭和19年︶に﹁アララギ﹂選者、1945年︵昭和20年︶には短歌雑誌﹃潮汐﹄を創刊、主宰を務めた。1946年︵昭和21年︶に関東アララギ会﹁新泉﹂を小暮政次とともに始め、三国玲子を輩出した。1963年︵昭和38年︶から断続的に、6回にわたって宮中歌会始選者。1968年︵昭和43年︶、﹃故郷の灯﹄他で第2回迢空賞受賞。戦時中は日本文学報国会短歌部会初代常任理事であった。
1967年︵昭和42年︶に紫綬褒章、1973年︵昭和48年︶に勲三等瑞宝章を受章している。1982年︵昭和57年︶、83歳で没した。
著書
編集- 『新冬 歌集』墨水書房 (アララギ叢書) 1941
- 『潮汐 歌集』古今書院(アララギ叢書) 1941
- 『正岡子規』雄鶏社 (短歌文学読本)1950
- 『求青 歌集』白玉書房(アララギ叢書)1950
- 『魚鱗 初期歌集』清新書房(潮汐叢書)1952
- 『麦を吹く嵐 歌集』清新書房(潮汐叢書)1954
- 『故郷の灯 歌集』短歌研究社(潮汐叢書)1968
- 『海と花』新星書房(潮汐叢書)1970
- 『花冴々』新星書房(潮汐叢書)1972
- 『寿蔵紙塑人形』毎日新聞社, 1972
- 『寿蔵陶芸人形』講談社, 1974
- 『ははのくに 鹿児島寿蔵歌集』短歌新聞社, 1975
- 『古代祭場 歌集』新星書房, 1977
- 『臼と杵 歌集』五月書房, 1980
- 『人間国宝鹿児島寿蔵のすべて 人形と短歌にかけた生涯』朝日新聞西部本社企画部, 1984
- 『定本鹿児島寿蔵紙塑人形』角川書店, 1984
- 『人形と歌と 随想』朝日新聞社, 1985
- 『牡丹の花・朝と夕 遺歌集』新星書房, 1986
- 『斎藤茂吉の添削と批評 石川確治歌集山沢集原本による』短歌新聞社, 1987
- 『鹿児島寿蔵全歌集』新星書房, 1988