宮川潤一
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みやかわ じゅんいち 宮川 潤一 | |
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生誕 |
1965年12月1日(58歳) 日本・愛知県犬山市 |
国籍 | 日本 |
出身校 | 花園大学文学部仏教学科仏教学 |
職業 | 実業家 |
活動期間 | 1988年 - 現在 |
団体 |
MONET Technologies(代表取締役社長兼最高経営責任者) ソフトバンク(代表取締役社長執行役員兼CEO) 電気通信事業者協会会長 |
公式サイト | https://twitter.com/miyakawa11 |
映像外部リンク | |
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花園大学 Official YouTube Channel | |
【全編】花園学園創立150周年記念対談 宮川潤一氏×横田南嶺総長 - YouTube |
宮川 潤一︵みやかわ じゅんいち、1965年12月1日 - ︶は、日本の実業家。MONET Technologies代表取締役社長兼最高経営責任者、ソフトバンク代表取締役社長執行役員兼CEO、電気通信事業者協会会長。スプリント最高執行責任者なども歴任。孫正義の後継者の1人として知られている。愛知県犬山市出身、花園大学文学部仏教学科仏教学卒業。
経歴[編集]
愛知県犬山市生まれ[1]。実家は愛知県犬山市にある実家の臨済宗清水寺[2][3]。父親の願いもあり、花園大学に入学。学費を稼ぐためにバーで働き、来店する財界人の姿を見てビジネスへの思いを強くした[4][5]。 1988年︵平成元年︶花園大学文学部仏教学科仏教学コースを卒業後、経済を学ぶために会計事務所入所。本来なら実家の寺を継ぐはずだったが﹁35歳まで好きなことをやらせてほしい﹂と父親と掛け合い、大学を出るとゴミ焼却炉の製造、販売を始める。時はインターネットの黎明期。﹁これからはネットの時代だ﹂と考えて、ネット接続プロバイダーに鞍替えする[6][4]。 1991年︵平成3年︶起業し[2]、インターネットサービス・プロバイダー(ISP)会社 ももたろうインターネットを設立、代表取締役社長に就任。全く門外漢だったので岐阜大学に頼み込んで学生の手を借りて事業を立ち上げた[6][5]。 2000年︵平成12年︶名古屋めたりっく通信代表取締役社長に就任[5]。地元名古屋でそこそこの成功を収めていた宮川に孫正義から突然の電話が掛かってくる。﹁君は名古屋で終わる気か? 俺ともっと大きなことをやらんか﹂。その後、2001年6月、NTTに挑戦したブロードバンド、﹁泥船﹂とまでいわれた英ボーダフォン日本法人買収による携帯参入。通信業界の再編の波の中で、孫とともに修羅場をくぐることになる[6]。当時の部下に和田哲幸がいた[7]。 2001年︵平成13年︶ビー・ビー・テクノロジー社長室長に就任[8][5]。 2002年︵平成14年︶東京めたりっく通信代表取締役社長、大阪めたりっく通信代表取締役社長、ヴォックスネット代表取締役社長に就任[1][9][5]。その後経営破綻によってソフトバンクに買収され、同社内で進んでいた﹁ヤフーBB﹂と統合される。実質的に、この統合後の組織とノウハウが、ソフトバンクによるブロードバンド事業を立ち上げる上での中核となっていく。この段階でソフトバンクに合流、孫正義から現場を一手に任される立場となった[10]。 2003年︵平成15年︶ソフトバンクBB取締役に就任[5]。 2004年︵平成16年︶日本テレコム取締役常務執行役、BBモバイル取締役、ソフトバンクBB常務取締役に就任[5]。 2005年︵平成17年︶日本テレコム取締役専務執行役に就任[5]。 2006年︵平成18年︶ソフトバンクモバイル取締役専務執行役技術副統括ネットワーク統括本部長︵CTO︶に就任[5]。 2007年︵平成19年︶ソフトバンクモバイル取締役専務執行役員兼CTO、ソフトバンクBB取締役専務執行役員、ソフトバンクテレコム取締役専務執行役員に就任[5]。 2010年︵平成22年︶ウィルコム管財人代理、Wireless City Planning取締役COO、ウィルコム取締役に就任[1][9][5]。 2011年︵平成23年︶ソフトバンクテレコム取締役CTOに就任[5]。 2013年︵平成25年︶イー・アクセス取締役に就任[5]。 2014年︵平成26年︶ワイモバイル取締役、スプリントCOO、SoftBankUSCorp.CEO、BBIX取締役、Wireless City Planning取締役、ソフトバンクサテライトプランニング取締役に就任[5]。 2016年︵平成28年︶ソフトバンク専務取締役CTOに就任[5]。 2017年︵平成29年︶ビー・ビー・バックボーン代表取締役社長に就任[1][5]。 2018年︵平成30年︶ソフトバンク代表取締役副社長執行役員兼CTO テクノロジーユニット統括兼技術戦略統括[9]に就任。同年トヨタ自動車とソフトバンクが共同出資会社MONET Technologiesを設立[11]。同社代表取締役社長兼CEO就任[12]。 2021年︵令和3年︶ソフトバンク代表取締役社長、Wireless City Planning 代表取締役社長に就任[4]。2023年電気通信事業者協会会長[13]。脚注[編集]
- ^ a b c d AI・IoTがもたらす未来 いぬやまeーコミュニティーネットワーク
- ^ a b 花園大学同窓会通信97 花園大学
- ^ 2019.11.30今日の出来事対談 円覚寺
- ^ a b c ソフトバンク、6年ぶりの社長交代。異色の経歴の宮川氏は孫さんの厚い信頼に応えられるか
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 犬山市「AI・IoTがもたらす未来」
- ^ a b c 【日本経済新聞】「孫さん見損なったよ」 右腕がキレた日~知られざるソフトバンク(2)
- ^ 名古屋の風雲児・和田哲幸!元上司にあたるソフトバンク現社長・宮川潤一の教え、金言が次々と出てきました。名古屋を変えるエンタメ発想術と隠れたヒストリーに迫る
- ^ 日経ビジネス 2002/03/18号
- ^ a b c 略歴:宮川 潤一 ソフトバンク
- ^ “営業”から“技術”の会社に向かうソフトバンク。宮川新社長と5G以降
- ^ ソフトバンク宮川副社長とトヨタ友山副社長の共同会見で示された、新会社「MONET Technologies」の取り組み Car Watch 2018年10月6日
- ^ 「「MaaSを日本の主力産業にする」モネの宮川社長 」 日本経済新聞2019/10/11 12:20
- ^ 2023.06.09TCAの新会長にソフトバンクの宮川社長を選出
関連項目[編集]
- 愛知県出身の著名人
- 犬山市出身の著名人
- 花園大学出身の著名人
- 和田哲幸 - 元部下