「水上温泉」の版間の差分
Tetsuo1968 (会話 | 投稿記録) |
|||
(8人の利用者による、間の9版が非表示) | |||
3行目: | 3行目: | ||
|名称 = 水上温泉 |
|名称 = 水上温泉 |
||
|画像 = Minakami Onsen 01.jpg |
|画像 = Minakami Onsen 01.jpg |
||
|コメント = 利根川のほとり水上館 |
|コメント = [[利根川]]のほとり水上館 |
||
|所在地 = [[群馬県]][[利根郡]][[みなかみ町]] |
|所在地 = [[群馬県]][[利根郡]][[みなかみ町]] |
||
| 緯度度 = 36 | 緯度分 = 45 | 緯度秒 = 59 |
| 緯度度 = 36 | 緯度分 = 45 | 緯度秒 = 59 |
||
| 経度度 = 138 |経度分 = 57 | 経度秒 = 29 |
| 経度度 = 138 |経度分 = 57 | 経度秒 = 29 |
||
|交通アクセス = 鉄道:[[上越線]][[水上駅]]下車から徒歩約5分<br />車:[[関越自動車道]][[水上インターチェンジ|水上インターチェンジIC]]から[[国道291号]]経由 |
|交通アクセス = 鉄道:[[上越線]][[水上駅]]下車から徒歩約5分<br />車:[[関越自動車道]][[水上インターチェンジ|水上インターチェンジIC]]から[[国道291号]]経由 |
||
|泉質 = 硫酸塩泉 |
|泉質 = [[硫酸塩泉]] |
||
|湧出量 = |
|湧出量 = |
||
|pH = |
|pH = |
||
20行目: | 20行目: | ||
|特記事項 = |
|特記事項 = |
||
}} |
}} |
||
'''水上温泉'''︵みなかみおんせん︶は、[[群馬県]][[利根郡]][[みなかみ町]] |
'''水上温泉'''︵みなかみおんせん︶は、[[群馬県]][[利根郡]][[みなかみ町]]にある[[温泉]]。[[谷川岳]]南麓一帯を[[水上温泉郷]]と呼び、その根幹を成す中心温泉地である。[[第二次世界大戦]]後になって[[#アクセス|交通アクセスの良さ]]を理由に大幅に規模を拡大し、[[草津温泉]]や[[伊香保温泉]]と並ぶ県下有数の温泉地として発展した。﹁[[上毛かるた]]﹂では、﹁み﹂の札に﹁水上谷川 スキーと登山﹂として採録されている。
|
||
== 泉質 == |
== 泉質 == |
||
* カルシウム - 硫酸塩泉 |
* カルシウム - [[硫酸塩泉]] |
||
== 温泉街 == |
== 温泉街 == |
||
[[上越線]]の |
[[東日本旅客鉄道|JR東日本]][[上越線]]の[[水上駅]]近く、[[利根川]]上流の渓流沿いの崖に所狭しと大小の宿泊施設が櫛比する。その合間を縫って諏訪峡や水上峡があり、[[紅葉]]シーズンには多くの観光客で賑わう。温泉街をゆっくりと走るトテ[[馬車]]は水上温泉を代表する[[風物詩]]となっている。利根川には幾つもの橋が架かっており、湯原橋、水上橋は[[ライトアップ]]で知られる。[[スマートボール]]などの遊技場を有する昔ながらの[[温泉街]]は、今日では物珍しさによって注目を浴びている部分がある。 |
||
宿泊客を対象とした温泉地であるために、日帰りの温泉施設は規模に反して少ないが、今日では多くの旅館が日帰り客に対応するようになっている。また、町営の温泉施設「湯テルメ・谷川」や[[足湯]]が楽しめる「ふれあい交流館」などがあり、多様化するニーズに対応する姿勢を見せている。 |
宿泊客を対象とした温泉地であるために、日帰りの温泉施設は規模に反して少ないが、今日では多くの旅館が日帰り客に対応するようになっている。また、町営の温泉施設「湯テルメ・谷川」や[[足湯]]が楽しめる「ふれあい交流館」などがあり、多様化するニーズに対応する姿勢を見せている。 |
||
== 歴史 == |
== 歴史 == |
||
[[開湯伝説]]としては、[[永禄]]年間に海翁和尚が利根川の崖から立ち上る煙を発見したのが草創と伝えられる。 |
[[開湯伝説]]としては、[[永禄]]年間に海翁和尚が利根川の崖から立ち上る煙を発見したのが草創と伝えられる。[[清水トンネル]]が開通するまでは、一帯は隔絶された[[深山幽谷]]の温泉地として知られた。しかしながら、温泉情緒と雄大な渓谷美の自然が調和した温泉として多くの文人に愛され、牧水以外にも[[太宰治]]、[[北原白秋]]、[[与謝野晶子]]など多くの文人墨客が訪れたという。当時は水上温泉という名ではなく、湯原温泉と呼ばれた。今日でもこの地名を用いることがある。 |
||
[[1931年]]︵[[昭和]]6年︶に国鉄 |
[[1931年]]︵[[昭和]]6年︶に[[日本国有鉄道|国鉄]]上越線が開通すると[[首都圏 (日本)|首都圏]]の[[奥座敷]]として注目を浴びた。[[1966年]]︵昭和41年︶、[[菊富士ホテル火災]]が発生した。
|
||
以後は[[水上 (列車)|急行「ゆけむり」・特急「谷川」]]の運行、[[国道]]の整備や[[関越自動車道]]との接続などにより、団体旅行客を多数収容できる県下有数の行楽温泉地として発展した。平衡して歓楽的要素も強くなり、飲み屋やショーパブなども多く出店して、大規模な[[風俗街]]を形成した。 |
|||
⚫ | しかし、それにより[[熱海温泉 |
||
⚫ |
しかし、それにより[[熱海温泉]]や[[鬼怒川温泉]]などと同様に閉鎖的な温泉街を形成し、[[バブル崩壊|バブル経済崩壊]]後、団体旅行客の減少や旅行客のニーズの変化に伴って急激に衰退を余儀なくされた。今日では生き残りを賭けて、従来のイメージを払拭すべく、豊かな自然に着目し、一帯を[[レクリエーション]]拠点と位置付け、[[スキー]]や[[ラフティング]]などの[[アウトドア]]スポーツに力を入れ、[[レジャー]]一体型の温泉保養リゾートを目指しており、一定の成果が見られるようになっている。川沿いの遊歩道整備、地場食材を扱う農産物直売所とレストランを併設した﹁食彩の駅 M Forest﹂開業など活性化に取り組んでいる<ref>︻知っ得News︼地場産の希少な食材満喫 群馬・水上温泉﹃[[産経新聞]]﹄朝刊2022年7月15日13面</ref>。
|
||
なお、同様の路線で旧套から蝉脱し、スポーツ拠点として活路を見出している温泉地としては、鳥取県の[[皆生温泉]]が挙げられる。 |
|||
===近年の主な問題=== |
===近年の主な問題=== |
||
[[上越新幹線]][[清水トンネル|大清水トンネル]]が工事された際、泉脈の50m下をトンネルが通ったことにより、源泉枯れや湯量減少が発生した。[[1979年]]には[[衆議院]]の予算委員会でも問題として取り上げられ、[[日本鉄道建設公団]]より補償として新規源泉の[[ボーリング]]開発が行われた。 |
[[上越新幹線]][[清水トンネル|大清水トンネル]]が工事された際、泉脈の50m下をトンネルが通ったことにより、源泉枯れや湯量減少が発生した。[[1979年]]には[[衆議院]]の予算委員会でも問題として取り上げられ、[[日本鉄道建設公団]]より補償として新規源泉の[[ボーリング]]開発が行われた。 |
||
[[2004年]]に発生した[[温泉偽装問題]]では、温泉表記をしながら水道水を利用していた温泉が存在すると報じられた。また、一部旅館では温泉のみ徴収可能な入湯税も取っていたとして問題となった。 |
[[2004年]]に発生した[[温泉偽装問題]]では、温泉表記をしながら水道水を利用していた温泉が存在すると報じられた。また、一部旅館では温泉のみ徴収可能な[[入湯税]]も取っていたとして問題となった。 |
||
水上駅前に[[廃墟]]化した[[ホテル大宮]]があり、地元民は頭を悩ませているという<ref>『消えゆく日本の廃墟 廃墟が語る日本の裏歴史』68-69頁。</ref>。 |
|||
== アクセス == |
== アクセス == |
||
* 鉄道:[[上越線]][[水上駅]]下車から徒歩約5分 |
* 鉄道:[[上越線]][[水上駅]]下車から徒歩約5分 |
||
* 車:[[関越自動車道]][[水上インターチェンジ]]から[[国道291号]]経由 |
* 車:[[関越自動車道]][[水上インターチェンジ]]から[[国道291号]]経由 |
||
== 脚注 == |
|||
{{Reflist}} |
|||
== 参考文献 == |
|||
* 『消えゆく日本の廃墟 廃墟が語る日本の裏歴史』[[大洋図書]]、2014年 |
|||
== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
||
* [[いい湯だな]]([[デューク・エイセス]])- 4番目の歌詞 |
|||
* [[若山牧水]] |
|||
* [[菊富士ホテル火災]] |
|||
== 外部リンク == |
== 外部リンク == |
||
* [https://www.enjoy-minakami.jp/ みなかみパーフェクトガイド] - みなかみ町観光協会 |
|||
* [http://www.minakamionsen.com/ 水上温泉旅館協同組合] |
|||
{{温泉}} |
{{温泉}} |
2023年5月12日 (金) 06:14時点における最新版
![]() |
![]() | |
---|---|
![]() 利根川のほとり水上館 | |
温泉情報 | |
所在地 | 群馬県利根郡みなかみ町 |
座標 | 北緯36度45分59秒 東経138度57分29秒 / 北緯36.76639度 東経138.95806度座標: 北緯36度45分59秒 東経138度57分29秒 / 北緯36.76639度 東経138.95806度 |
交通 |
鉄道:上越線水上駅下車から徒歩約5分 車:関越自動車道水上インターチェンジICから国道291号経由 |
泉質 | 硫酸塩泉 |
外部リンク | http://www.minakamionsen.com/ |
泉質[編集]
●カルシウム - 硫酸塩泉温泉街[編集]
JR東日本上越線の水上駅近く、利根川上流の渓流沿いの崖に所狭しと大小の宿泊施設が櫛比する。その合間を縫って諏訪峡や水上峡があり、紅葉シーズンには多くの観光客で賑わう。温泉街をゆっくりと走るトテ馬車は水上温泉を代表する風物詩となっている。利根川には幾つもの橋が架かっており、湯原橋、水上橋はライトアップで知られる。スマートボールなどの遊技場を有する昔ながらの温泉街は、今日では物珍しさによって注目を浴びている部分がある。 宿泊客を対象とした温泉地であるために、日帰りの温泉施設は規模に反して少ないが、今日では多くの旅館が日帰り客に対応するようになっている。また、町営の温泉施設﹁湯テルメ・谷川﹂や足湯が楽しめる﹁ふれあい交流館﹂などがあり、多様化するニーズに対応する姿勢を見せている。歴史[編集]
開湯伝説としては、永禄年間に海翁和尚が利根川の崖から立ち上る煙を発見したのが草創と伝えられる。清水トンネルが開通するまでは、一帯は隔絶された深山幽谷の温泉地として知られた。しかしながら、温泉情緒と雄大な渓谷美の自然が調和した温泉として多くの文人に愛され、牧水以外にも太宰治、北原白秋、与謝野晶子など多くの文人墨客が訪れたという。当時は水上温泉という名ではなく、湯原温泉と呼ばれた。今日でもこの地名を用いることがある。 1931年︵昭和6年︶に国鉄上越線が開通すると首都圏の奥座敷として注目を浴びた。1966年︵昭和41年︶、菊富士ホテル火災が発生した。 以後は急行﹁ゆけむり﹂・特急﹁谷川﹂の運行、国道の整備や関越自動車道との接続などにより、団体旅行客を多数収容できる県下有数の行楽温泉地として発展した。平衡して歓楽的要素も強くなり、飲み屋やショーパブなども多く出店して、大規模な風俗街を形成した。 しかし、それにより熱海温泉や鬼怒川温泉などと同様に閉鎖的な温泉街を形成し、バブル経済崩壊後、団体旅行客の減少や旅行客のニーズの変化に伴って急激に衰退を余儀なくされた。今日では生き残りを賭けて、従来のイメージを払拭すべく、豊かな自然に着目し、一帯をレクリエーション拠点と位置付け、スキーやラフティングなどのアウトドアスポーツに力を入れ、レジャー一体型の温泉保養リゾートを目指しており、一定の成果が見られるようになっている。川沿いの遊歩道整備、地場食材を扱う農産物直売所とレストランを併設した﹁食彩の駅 M Forest﹂開業など活性化に取り組んでいる[1]。近年の主な問題[編集]
上越新幹線大清水トンネルが工事された際、泉脈の50m下をトンネルが通ったことにより、源泉枯れや湯量減少が発生した。1979年には衆議院の予算委員会でも問題として取り上げられ、日本鉄道建設公団より補償として新規源泉のボーリング開発が行われた。 2004年に発生した温泉偽装問題では、温泉表記をしながら水道水を利用していた温泉が存在すると報じられた。また、一部旅館では温泉のみ徴収可能な入湯税も取っていたとして問題となった。 水上駅前に廃墟化したホテル大宮があり、地元民は頭を悩ませているという[2]。アクセス[編集]
- 鉄道:上越線水上駅下車から徒歩約5分
- 車:関越自動車道水上インターチェンジから国道291号経由
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 『消えゆく日本の廃墟 廃墟が語る日本の裏歴史』大洋図書、2014年
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- みなかみパーフェクトガイド - みなかみ町観光協会