エルト・エ・カッソ
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エルト・エ・カッソ Erto e Casso | |
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ヴァイオント湖 | |
行政 | |
国 |
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州 |
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県/大都市 |
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CAP(郵便番号) | 33080 |
市外局番 | 0427 |
ISTATコード | 093019 |
識別コード | D426 |
分離集落 | Casso, Erto |
隣接コムーネ | #隣接コムーネ参照 |
公式サイト | リンク |
人口 | |
人口 | 373 人 (2023-01-01 [1]) |
人口密度 | 7.1 人/km2 |
文化 | |
住民の呼称 | ertaniと cassani |
守護聖人 |
聖バルトロメオ (San Bartolomeo apostolo) |
祝祭日 | |
地理 | |
座標 | 北緯46度17分 東経12度22分 / 北緯46.283度 東経12.367度座標: 北緯46度17分 東経12度22分 / 北緯46.283度 東経12.367度 |
標高 | 830 (610 - 2668) [2] m |
面積 | 52.22 [3] km2 |
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エルト・エ・カッソ︵伊: Erto e Casso︶は、イタリア共和国フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州ポルデノーネ県にある、人口約400人の基礎自治体︵コムーネ︶。
地理[編集]
位置・広がり[編集]
ポルデノーネ県の西北部、ヴァイオント谷 (it:Valle del Vajont) に位置する。ベッルーノから北東へ約20km、県都ポルデノーネから北北西へ約41km、州都トリエステから北西へ約129kmの距離にある。 フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の最西端であり、コムーネ西側の山々はヴェネト州との境界となっている。隣接コムーネ[編集]
隣接するコムーネは以下の通り。BLはベッルーノ県︵ヴェネト州︶所属。 ●ペラローロ・ディ・カドーレ (BL) - 北 ●チモラーイス - 東 ●クラーウト - 南東 ●アルパゴ (BL) - 南 ●ソヴェルゼネ (BL) - 南西 ●ロンガローネ (BL) - 西 ●オスピターレ・ディ・カドーレ (BL) - 北西地勢[編集]
ヴァイオント谷を形成するヴァイオント川 (it:Vajont (torrente)) は、狭い峡谷を経て西のピアーヴェ川に注いでおり、この峡谷を堰きとめてヴァイオント・ダムが作られていた。ヴァイオント湖はダム湖の名残りである。谷は標高2000mを越える高山に囲まれており、東西に走る国道SS251が、東にサントズヴァルド峠︵Passo di Sant'Osvaldo、827m︶を越えてチモラーイス、西にピアーヴェ川沿いのロンガローネとを結んでいる。気候分類・地震分類[編集]
エルト・エ・カッソにおけるイタリアの気候分類 (it) および度日は、zona F, 3757 GGである[4]。 また、イタリアの地震リスク階級 (it) では、zona 2 (sismicità media) に分類される[5]。主要な集落[編集]
エルト・エ・カッソのコムーネはその名の通り、東部にあるエルト︵Erto︶と、西部にあるカッソ︵Casso︶という2つの分離集落︵フラツィオーネ︶からなる。二つの地区の中心集落はいずれもヴァイオント川の北側にあり、村の役場はエルトに置かれている。 エルトとカッソでは使われる言葉にも違いがあり、東のエルトではラディン語の方言が、西のカッソではベッルーノと同じヴェネト語の方言が話されていた。エルトは、現地エルトの方言では Nerto と呼ばれていた。カッソは、現地のカッソ方言では Cas と呼ばれるが、エルトの方言では Sciàs などの名で呼ばれ、古くは Chias などとも記録された[6]。歴史[編集]
近代まで[編集]
エルトにはローマ時代から人が暮らすようになったのが文書で確認でき、8世紀にはセスト・アル・レーゲナの領域に含まれた。カッソの集落ができたのはそれよりも新しく、11世紀のことである。
1950年代まで、この地の産業は伝統的な農業と、ささやかな交易によって成り立っていた。
ヴァイオント・ダム災害[編集]
詳細は「バイオントダム」を参照
1950年代の終わり、アドリア電力会社︵SADE︶ (it:Società Adriatica di Elettricità) が、カッソの集落の下に巨大ダムを建設し、ヴァイオント谷を貯水池とする事業を行った。1960年、世界最大の高さ︵堤高262m︶を持つヴァイオント・ダムが竣工した。しかし、ダムの完成後しばしば地滑りが発生した。
1963年10月9日、集落の対岸にあるトック山 (it:Monte Toc) が大規模な地滑りを起こし、ダム湖に発生した津波が周辺の町や村を襲った。これにより、コムーネのダム湖南岸にあったピネダ︵Pineda︶、プラダ︵Prada︶、北岸にあったスペッセ︵Spesse︶、サン・マルティーノ︵San Martino︶などといった集落が破壊され、中心集落であるエルトとカッソの一部も打撃を受けた。ヴァイオントダム災害は、全体で2000人以上の犠牲が出たが、エルト・エ・カッソのコムーネは、347人の犠牲者を出した。
再建[編集]
災害発生後3日以内に、この村の人々は安全のために避難をし、ヴァイオント谷は3年間無人の谷となった。 この間、一部の村人はマニアーゴに定住した。ヴァイオント谷の人々が移り住んだこの地区は、1971年にヴァイオントという独立のコムーネになった。 残る人々は、避難から3年後、村への立ち入りが禁止されていたにもかかわらず帰還し、エルトとカッソの集落を復興した。1976年には、国家モニュメント︵Monumento nazionale︶として指定された。近年は﹃EcoMuseo Vajont: continuità di vita﹄を謳い、エコツーリズムの拠点となっている。 ジロ・デ・イタリア 2013では、ヴァイオントダムの事故から50周年を記念し、第11ステージのゴールにエルト・エ・カッソを、翌日の第12ステージのスタートにロンガローネを組み込んだ。社会[編集]
人口[編集]
人口推移[編集]
人口推移 | ||
---|---|---|
年 | 人口 | ±% |
1871 | 726 | — |
1881 | 796 | +9.6% |
1901 | 882 | +10.8% |
1911 | 1,002 | +13.6% |
1921 | 1,021 | +1.9% |
1931 | 1,006 | −1.5% |
1936 | 868 | −13.7% |
1951 | 967 | +11.4% |
1961 | 842 | −12.9% |
1971 | 748 | −11.2% |
1981 | 556 | −25.7% |
1991 | 405 | −27.2% |
2001 | 424 | +4.7% |
2011 | 387 | −8.7% |
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/timeline/8fjuh68dq400ooxdzl43mzcu2rx9tke.png)
居住地区別人口[編集]
国立統計研究所(ISTAT)によれば、2001年時点での居住地区(Località abitata)別の人口は以下の通り[2]。
地区名 | 標高 | 人口 | 備考 |
---|---|---|---|
ERTO E CASSO | 610/2668 | 424 | |
CASSO | 950 | 35 | |
ERTO * | 830 | 341 | |
Case Sparse | - | 48 | |
Lago del Vajont | 723 | - | 人造湖 |
Monte Borgà | 1400/2228 | - | 非居住の山地 |
Monte Duranno | 1600/2668 | - | 非居住の山地 |
Monte Toc | 1100/1938 | - | 非居住の山地 |
Vajont | 725/2460 | - | 非居住の山地 |
●ISTATは人口統計上、家屋密度の高い centro abitato ︵居住の中心地区︶、密度の低い nucleo abitato ︵居住の核となる地区︶、まとまった居住地区を形成していない case sparse ︵散在家屋︶の区分を用いている。上の表で地名がすべて大文字で示されているものが centro abitato である。﹁*﹂印が付されているのは、コムーネの役場・役所 la casa comunale の置かれている地区である。
交通[編集]
道路[編集]
国道 ●SS251 (it:Strada statale 251 della Val di Zoldo e Val Cellina) ︹… - ロンガローネ︺ - カッソ - エルト - ︹チモラーイス - マニアーゴ - …︺脚注[編集]
(一)^ “Popolazione residente per sesso, età e stato civile al 1° gennaio 2023” (イタリア語). 国立統計研究所︵ISTAT︶. 2024年2月11日閲覧。メニューでVista per singola areaを選択。Ripartizione:Nord-est, Regione:Friuli-Venezia Giulia, Provincia:Pordenone, Comune:Erto e Casso を選択
(二)^ ab国立統計研究所︵ISTAT︶. “Tavola: Popolazione residente - Pordenone (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2019年10月22日閲覧。
(三)^ 国立統計研究所︵ISTAT︶. “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Pordenone (dettaglio comunale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2019年10月22日閲覧。
(四)^ “Tabella dei gradi/giorno dei Comuni italiani raggruppati per Regione e Provincia”. 新技術エネルギー環境局(ENEA) (2011年3月1日). 2017年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月20日閲覧。
(五)^ “classificazione sismica aggiornata al aprile 2023” (xls). https://rischi.protezionecivile.gov.it/it/sismico/attivita/classificazione-sismica/. イタリア市民保護局. 2023年12月16日閲覧。
(六)^ Sergio De Filippo. “La storia di Erto” (PDF) (イタリア語). 2012年6月30日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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オスピターレ・ディ・カドーレ (BL) | ペラローロ・ディ・カドーレ (BL) | ![]() | |
カステッラヴァッツォ (BL) ロンガローネ (BL) |
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チモラーイス | ||
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ソヴェルゼネ (BL) | ピエーヴェ・ダルパゴ (BL) | クラーウト |