ザクセン=コーブルク=ゴータ公国
- ザクセン=コーブルク=ゴータ公国
- Herzogtum Sachsen-Coburg und Gotha
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←1826年 - 1918年 → (国旗) (国章)
ドイツ帝国内におけるザクセン=コーブルク=ゴータ公国-
首都 コーブルク・ゴータ - 公爵
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1826年 - 1844年 エルンスト1世 1844年 - 1893年 エルンスト2世 1893年 - 1900年 アルフレート 1900年 - 1918年 カール・エドゥアルト - 変遷
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創設 1826年 滅亡 1918年
ザクセン=コーブルクおよびゴータ公国︵Herzogtum Sachsen-Coburg und Gotha︶もしくはザクセン=コーブルク=ゴータ公国︵Sachsen-Coburg-Gotha、[ˈzaksn̩ ˈkoːbʊʁk ˈɡoːtaː]︶は、1826年から1918年までドイツ中部のテューリンゲン地方に存在した領邦国家。ザクセン=コーブルク公国 (de:Sachsen-Coburg) とザクセン=ゴータ公国 (de:Sachsen-Gotha) の同君連合であった。首都はそれぞれコーブルクとゴータに置かれた。
公国そのものは小規模ながら、公家であるザクセン=コーブルク=ゴータ家はその子女がヨーロッパ各国の王室に広がったことで知られる。ベルギー初代国王レオポルド1世や、イギリス女王ヴィクトリアの王配アルバートの出身国である。
テューリンゲン諸国におけるザクセン=コーブルク=ゴータ公国︵19 00年︶
ドイツ帝国のもとでテューリンゲン諸邦と総称された領邦群のうちのひとつである。
テューリンゲン地方は、歴史的経緯から各国が大小の飛地を有して入り組んでいた。ザクセン=コーブルク=ゴータ公国は、北のザクセン=ゴータ公国︵首都はゴータ、現在はテューリンゲン州ゴータ郡に所属︶と、南のザクセン=コーブルク公国︵首都はコーブルク、現在はバイエルン州コーブルク郡に所属︶の同君連合であり、2つの公国の領域は隔たっている。