バトマゾー
バトマゾー︵Batma dzoo、漢字表記‥巴特瑪璪、生没年不詳︶は、清の太宗ホンタイジの側室。元はチャハル部のリンダン・ハーンの妻。モンゴル・ホルチン部の出身。姓はボルジギト︵博爾済吉特︶氏︵Borjigit hala︶。
生涯[編集]
初め、リンダン・ハーンに嫁ぎ、福晋︵8人の大福晋の一つ︶となった。女子を1人産んだ。 1634年、リンダン・ハーンはチベット遠征に出発し、青海に入ろうとしたが、その途上シャラ・タラの草原で病死した。リンダン・ハーンが不在のモンゴルでは、ホンタイジ率いる後金軍がフヘ・ホトを占領した。同年、バトマゾーは後金に降って、ホンタイジと政略結婚し、側室となった。 崇徳元年︵1636年︶、衍慶宮淑妃に封ぜられた。順治9年︵1652年︶10月、皇考康恵淑妃に尊封された。その後、北京で薨去した。女子[編集]
- ボルジギト氏(リンダン・ハーンとの娘)
出典[編集]
- 『清史稿』
- 『尊封康恵淑妃冊文』