レニー・クラヴィッツ
レニー・クラヴィッツ | |
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フランス・ジュアン=レ=パン公演(2018年) | |
基本情報 | |
出生名 | レオナード・アルバート・クラヴィッツ |
生誕 | |
ジャンル | |
職業 | |
担当楽器 | |
活動期間 | 1989年 - |
レーベル | |
配偶者 | リサ・ボネット(1987年 - 1993年) |
著名な家族 | ゾーイ・クラヴィッツ(娘) |
公式サイト | www.lennykravitz.com |
著名使用楽器 | |
レオナード・アルバート・クラヴィッツ︵Leonard Albert Kravitz、1964年5月26日 - ︶は、アメリカ合衆国出身のシンガーソングライター、ミュージシャン、俳優。
特定の音楽ジャンルにこだわらないマルチプレイヤーで[2]、同国を代表する世界的なギタリストの一人。デビュー当時彼を紹介する時﹁黒いジョン・レノン﹂というキャッチコピーがよく使われた。代表曲に﹁イット・エイント・オーヴァー・ティル・イッツ・オーヴァー﹂﹁自由への疾走﹂﹁フライ・アウェイ﹂など。
サングラスを外した素顔︵2012年︶
幼い頃から音楽好きの両親の下で、音楽に親しむ生活を送ってきた。少年時代に好きだったミュージシャンは、カーティス・メイフィールド、ジェームス・ブラウン、ジョン・レノン、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックス、ジャクソン5など。
マルチプレイヤーであり、レコーディングにおいて自ら全ての楽器を演奏することもある︵﹁ロックンロール・イズ・デッド﹂など︶。近年の作品では長年のパートナーであるクレイグ・ロスがリードギターを録るケースが多い。多くの楽曲においてリズムギター/ベース/ドラム/コーラスワークに関してはキャリア初期から一貫して本人による録音である。
来歴[編集]
1964年、ニューヨークに生まれる。父親は東欧系ユダヤ人の血を引くNBCテレビのプロデューサー、母親はマイアミ出身バハマ系で、後に女優となるロキシー・ローカー (Roxie Roker)。 1974年に母親の仕事の都合で一家はロサンゼルスに移住、その後ビバリーヒルズ高校 (Beverly Hills High School) に入学する︵同窓生にはスラッシュやマリア・マッキー、そして俳優のニコラス・ケイジがいた︶。当時からすでに音楽的才能を発揮していたレニーは、やがてセッションミュージシャンを志すようになり、高校を中退。その後はセッション・ミュージシャンをこなす傍ら、自身のデモテープを制作してレコード会社へ売り込む生活を続けていた。 1989年にアルバム﹃レット・ラヴ・ルール﹄でヴァージン・レコードからデビューを果たす。その後、マドンナとの共作﹁ジャスティファイ・マイ・ラヴ﹂のプロデュースで注目を集め、1991年に発表した2枚目のアルバム﹃ママ・セッド﹄のヒットによってブレイクした。 1992年にはヴァネッサ・パラディのサード・アルバム﹃ビー・マイ・ベイビー﹄をプロデュースした。パラディとは交際の噂も立った。 1998年、アルバム﹃5﹄を発表。クラヴィッツは同アルバムの収録曲﹁フライ・アウェイ﹂でグラミー賞最優秀男性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞し、初のグラミー賞受賞を果たした[3]。 2009年、映画﹃プレシャス﹄に出演して本格的に俳優デビューを果たす。その演技が評価されて、NAACPイメージ・アワードおよびブラック・リール賞で助演男優賞にノミネートされた[4]。 その後、クラヴィッツはロードランナー・レコード/アトランティック・レコードに移籍して[5]、2011年8月に移籍第一弾のアルバム﹃ブラック・アンド・ホワイト・アメリカ﹄を発表した。しかし、ロードランナー/アトランティックとの契約はアルバム1枚で終了し、2014年には自身のレーベル﹁ロキシー・レコーズ﹂からの第1弾アルバム﹃ストラット﹄を発表した[6]。同年、ケイティ・ペリーのスーパーボウル・ハーフタイムショーにゲスト出演。 2024年3月12日、ハリウッドの殿堂入りを果たした[7]。音楽性[編集]
使用機材[編集]
アナログ機材の愛好者である。ヴィンテージに関してはコレクターといえる質と量の機材を所有しており、ステージでも使用することがある。所有ギターはフライングVやレスポールのようなギブソン社製のものが中心。 1960〜1970年代の音楽への愛着を強く打ち出していた初期は、楽器、コンソール、テープに至るまで全てアナログ機材を使用してのレコーディングという、当時の流行とは逆行するような拘りを見せていたが、アルバムを発表していくに連れ、次第にPro Toolsを中心としたPCでの編集作業にも力を入れ始めた。現在では、豊富なヴィンテージ機材をデジタルで録音し、編集する折衷したレコーディング形態へと移行している。人物[編集]
- 私生活では、1985年に女優のリサ・ボネットと出会い、その後1987年に結婚。1988年に娘(女優のゾーイ・クラヴィッツ)をもうけるが、1993年に離婚している。
- 2008年4月1日にヴェルヴェット・リヴォルヴァーを脱退したスコット・ウェイランド(ストーン・テンプル・パイロッツのボーカル)に替わり、新ボーカリストの候補に挙がっていたが、「メンバーとは友好的な関係だが、加入は出来ない」と明確に否定している。
- 2002年に「LENNY WORLD TOUR」、2008年に「LOVE REVOLUTION JAPAN TOUR」、2015年に「STRUT Japan Tour 2015[8]」 の一環で来日する予定だったが、いずれも体調不良で延期、中止になっている。
- 映画俳優のデンゼル・ワシントンと親交があり、『ニューズウィーク』誌のインタビューで「お互いに娘がいるからね、親の目を盗んで娘が何をしてるかとか、そんな話ばかりしてる。まあ、兄貴のような存在だな」と語っている。
ディスコグラフィ[編集]
詳細は「レニー・クラヴィッツの作品」を参照
スタジオ・アルバム[編集]
- 『レット・ラヴ・ルール』 - Let Love Rule (1989年)
- 『ママ・セッド』 - Mama Said (1991年)
- 『自由への疾走』 - Are You Gonna Go My Way (1993年)
※フジテレビ系列で深夜に放送されていた音楽番組『BEAT UK』では、UKシングルチャートNo.1を獲得
- 『サーカス』 - Circus (1995年) オリコン最高位1位
- 『5』 - 5 (1998年)
- 『LENNY』 - Lenny (2001年)
- 『バプティズム』 - Baptism (2004年)
- 『ラヴ・レヴォリューション』 - It Is Time For A Love Revolution (2008年)
- 『ブラック・アンド・ホワイト・アメリカ』 - Black and White America (2011年)
- 『ストラット』 - Strut (2014年)
- 『レイズ・ヴァイブレーション』 - Raise Vibration (2018年)
- 『ブルー・エレクトリック・ライト』 - Blue Electric Light (2024年)
コンピレーション・アルバム[編集]
- 『グレイテスト・ヒッツ』 - Greatest Hits (2000年)
フィルモグラフィ[編集]
- 『ズーランダー』 - Zoolander (2001年)
- 『潜水服は蝶の夢を見る』 - The Diving Bell and the Butterfly (2007年)
- 『プレシャス』 - Precious (2009年)
- 『ハンガー・ゲーム』 - The Hunger Games (2012年)
- 『大統領の執事の涙』 - Lee Daniels' The Butler (2013年)
- 『ハンガー・ゲーム2』 - The Hunger Games: Catching Fire (2013年)
日本公演[編集]
- 1990年 GREENING OF THE WORLD CONCERT IN JAPAN JOHN LENNON 50TH BIRTHDAY
- 1991年
- 1993年
- 1994年
- 1995年
- 1998年
- 2012年
※2002年と2008年にも予定されていたが、どちらも中止となっている。
日本でのタイアップ[編集]
曲名 | タイアップ | 備考 | 時期 |
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ビリーヴ | 日産・ラルゴ(W30) CMソング | 1993年 | |
オール・アイ・エヴァー・ウォンテッド | Levi's CMソング | 1994年 | |
モア・ザン・エニシング・イン・ディス・ワールド | |||
自由への疾走 | 日本オラクル CMソング | 1999年 | |
TBS系情報番組『みのもんたの朝ズバッ!』オープニング曲 | アイキャッチにも使用 | 2005年~2013年 | |
日産・ウイングロード(Y12) CMソング | 2006年~2007年 | ||
アサヒ飲料「ウィルキンソン タンサン」CMソング | 2012年~現在 | ||
スズキ・アルトワークス CMソング | 2015年 | ||
フライ・アウェイ | ノエビア化粧品 CMソング | 1999年 | |
イット・エイント・オーヴァー・ティル・イッツ・オーヴァー | フジテレビ系ドラマ『カバチタレ!』挿入歌 | 2001年 | |
ディグ・イン | マイクロソフト・Windows XP CMソング | ||
東宝配給映画『リターナー』主題歌 | 2002年 | ||
ロックンロール・イズ・デッド | 日産・ウイングロード(Y11) CMソング | 2001年 | |
バトルフィールド・オブ・ラヴ | 2002年 | ||
アイル・ビー・ウェイティング | ワーナー・ブラザース配給映画『L change the WorLd』 主題歌 | 2008年 | |
ルッキング・バック・オン・ラヴ | 日本テレビ系ドラマ『QP』オープニング曲 | 2011年 | |
Strut | 2014年 | ||
Raise Vibration | 2018年 | ||
Blue Electric Light | 2024年 |
関連項目[編集]
●デヴィッド・ボウイ - レニーはデビューした翌1990年に、ボウイの﹁サウンド・アンド・ヴィジョン・ツアー﹂のアメリカ公演で前座を務めた。1993年にボウイのアルバム ﹁郊外のブッダ﹂にレニーはギターで参加した。また、2004年のボウイの﹁リアリティ・ツアー﹂のニューヨーク公演に姿を現し、ステージ裏でボウイと一緒に写真を撮るなど、公私ともに親交が深い。 ●ミック・ジャガー - ﹃ワンダーリング・スピリット﹄︵1993年︶収録曲﹁ユーズ・ミー﹂に、レニーがヴォーカルで参加。また、﹃ゴッデス・イン・ザ・ドアウェイ﹄︵2001年︶収録曲﹁ゴッド・ゲイヴ・ミー・エヴリシング﹂はミックとレニーの共作で、レニーは演奏でも参加。 ●スラッシュ - ビバリーヒルズ高校時代の同級生。﹃ママ・セッド﹄にゲスト参加。 ●エアロスミス - ﹃ゲット・ア・グリップ﹄収録曲﹁ライン・アップ﹂は、スティーヴン・タイラー、ジョー・ペリー、レニーの共作。 ●ロキシー・ローカー (Roxie Roker) - アメリカの女優。実母。脚注[編集]
(一)^ abcdefghPrato, Greg. Lenny Kravitz Biography, Songs, & Albums - オールミュージック. 2022年4月27日閲覧。
(二)^ “﹃レイズ・ヴァイブレーション﹄レニー・クラヴィッツ︵Album Review︶”. billboard-japan (2018年9月11日). 2020年9月21日閲覧。
(三)^ Lenny Kravitz | AllMusic - Awards
(四)^ Lenny Kravitz - Awards - IMDb.com
(五)^ Lenny Kravitz to Team Up With Roadrunner / Atlantic to Release 9th Studio Album
(六)^ Graff, Gary (2014年9月22日). “Lenny Kravitz on His 'Grit'n'Glamour' - Filled New Album 'Strut' and Starting His Own Indie Label”. Billboard. 2017年11月8日閲覧。
(七)^ “米歌手レニー・クラヴィッツ、ハリウッド殿堂入り”. AFPBB news (2024年3月13日). 2024年3月26日閲覧。
(八)^ レニー・クラヴィッツ STRUT Japan Tour 2015 公演中止のお知らせ H.I.P レニー・クラヴィッツ 来日公演特設サイト 2015年2月27日付
外部リンク[編集]
- 公式ウェブサイト
- ワーナーミュージック・ジャパン - レニー・クラヴィッツ
- Lenny in French
- Lenny Kravitz (@LennyKravitz) - X(旧Twitter)
- レニー・クラヴィッツ - YouTubeチャンネル
- レニー・クラヴィッツ - allcinema
- Lenny Kravitz - IMDb(英語)