出砂島射爆撃場

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出砂島射爆撃場
渡名喜村(字入砂)

出砂島で射撃訓練をおこなう海兵隊員

入砂島 (出砂島)

種類FAC6078
面積245,000m2
施設情報
管理者沖縄の米軍基地 米海兵隊
歴史
使用期間1945-

[1]

[]


西55km西4km 6111975116使[2]

: 0.26km2

:  100%

1818

使

使

姿NHK使[3][ 1]

沿[]


194520 - 使

1954291027 - 

197247515 - 

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19795497 - 

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4西[5]()宿[6][7]
入砂島は神がいる島なのでそこに潮干狩に行ったら「神様の島に来ました。無事に潮干狩をさせて下さい。」と合掌した後で島に上がり、また、乱暴な言葉を使ったり大声を出すと祟りがあると言われた。

—沖縄県「沖縄のしまじま」

1933年から町四反の新畑が開かれ、新設道路や防風林もつくられた。魚介類や海藻の宝庫で、とくにタコとエビの名産地であった。

出砂島射爆撃場で訓練を行うアメリカ海兵隊統合末端攻撃統制官ら(2015年1月15日撮影)。

1945年、慶良間諸島に侵攻した米艦隊は、この島にも特攻艇が秘匿されているのではないかと警戒し、入砂島に艦砲射撃を行った。その後も占領は続き、特定防衛施設として現在では深夜11時まで照明弾を落とし射爆訓練が行われる。その様子は4km先の渡名喜島からもよく見える。

この島は米軍の銃砲弾を浴び続け足の踏み場もないほどに地表は荒廃してしまっている。

—『渡名喜村史(上巻)』


1997()504[8]

地理[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 当時ディレクター(演出)を務め、オープニング映像を作成した遠藤理史は、「(「何もいない島に段々と生き物が住むようになって、最後には人も住む」というストーリーを持つ)オープニングの演出上、何もない島(無人島)であること」「実写で当時のアナログテレビ画面(4:3)のサイズに収まること」などの条件に合致したため、と語っている(小浜島は島が大きすぎて、ヘリコプターによる撮影では高度が必要だったことから選ばれなかった)[4]

出典[編集]



(一)^ FAC6078. www.pref.okinawa.jp. 2021412

(二)^  293

(三)^  . . 2021413

(四)^  (2024426). SNS NHK . .  . 2024429

(五)^ () 

(六)^ . www.vill.tonaki.okinawa.jp.  . 2021413

(七)^  .  . 2021413

(八)^ 2015 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]