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アーベル圏

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加法圏から転送)

数学 > ホモロジー代数圏論 > アーベル圏


: abelian category[ 1]/





5




[1]1958[2][3][3][4][]1955[5]exact category

加法圏

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上述のようにアーベル圏の著しい性質として加法圏になる事が挙げられるので、本節ではアーベル圏を導入する準備として、加法圏の定義とその性質を述べる。

定義

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加法圏は以下のように定義される:

定義 ― 前加法圏: preadditive category: Ab-category)であるとは、の任意の対象ABに対し、には2項演算子「」が定義されており、「」に関してアーベル群になり、さらに任意の射に対し、射の結合は下記の双線型性を満たす事を言う[6]

定義 ― 前加法圏加法圏英語版: additive category)であるとは、以下を満たす事を言う[7][8][9][10][11][注 2]

  1. 零対象を持つ
  2. の任意の対象ABに対し、ABが常に存在する。

特徴づけ

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加法圏の1番目の条件は以下のようにも言い換えられる:


  Z4[7]

Z

Z



加法圏の2番目の条件は以下のようにも言い換えられる:


  Z[12]

ABAB

ABAB

ABAB

ここで複積とは以下のように定義される概念である:

定義 ― ABを前加法圏の対象とするとき、

AB複積: biproduct)であるとは、以下を満たす事を言う[12]

実は次が成立する:


  ABAB[12]

アーベル圏

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本節ではまずアーベル圏の定義を述べ、次にアーベル圏が加法圏になる事を見る。そしてアーベル圏上のホモロジー代数について述べ、最後にアーベル圏が小さい圏であれば加群の圏に埋め込める事を見る。

定義

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アーベル圏は以下のように定義される。


  4[13]

(一)

(二)ABAB

(三)

(四)gh

RfixR-R-Mod[14]-Ab[14]

像と余像

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アーベル圏では射の射の核と余核の存在が保証されているので、以下の定義ができる:

定義 ― アーベル圏の射の余核の核f: image)という[15][16]

R-加群の圏の場合はfの余核Cなので、の核は通常の意味でのfに一致する。一般のアーベル圏の場合も、像k圏論的な意味での像の定義を満たす[15]

像と双対的に余像も定義できる:

定義 ― アーベル圏の射の核の余核f余像: coimage)という[16]

「核の余核」という定義より、R-加群の圏の場合、余像は通常の意味での余像に一致する。一般のアーベル圏の場合も圏論的な意味での余像の定義も満たす。

単射と全射

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アーベル圏では単射と全射を定義でき、これらはそれぞれモニック射、エピック射に一致する:


  

f: injective[17]

f: surjective[17]

定理 ― をアーベル圏とし、の射とする。このとき、

  • fが単射である必要十分条件はfがモニック射である事である[17]
  • fが全射である必要十分条件はfがエピック射である事である[17]

アーベル圏は加法圏

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アーベル圏の重要な性質として、アーベル圏が加法圏になる事が挙げられる:

定理 ― アーベル圏は加法圏である[18]



準備

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CAAA2

 such that , 
2

 such that , 

加法の定義

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AB2


[19]2



[ 3]

  


[19][19][19]

上記の定理からアーベル圏は加法圏である事が従う。

ホモロジー代数

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0

 such that for 


 for 



R-加群の圏への埋め込み

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アーベル圏は具体圏英語版とは限らないので、一般的にはアーベル圏の対象Aに対して「Aの元」という言葉は意味を持たない。しかしアーベル圏が小さい圏であれば、アーベル圏はR-加群の圏に埋め込むことができ、したがって埋め込み先で「Aの元」を考える事ができる[24]

定理 (ミッチェルの埋め込み定理) ― アーベル圏小さい圏であれば、ある環Rが存在してから左R-加群の圏R-Modへの共変関手

充満かつ忠実でしかも完全(後述)なものが存在する[25][注 4]

ここで「完全」は以下のように定義する:

定義 ― アーベル圏からアーベル圏への(共変)関手完全: exact)であるとは、の対象からなる任意の3項完全列

に対し、

も完全列になる事を言う[26]

なお、関手が完全であれば、3項のみならず任意の長さの完全系列に対して同様の事が成り立つ事を容易に示せる。


上記の定理からわかるように、アーベル圏の図式に関する定理を示したい場合はR-加群に埋め込んだ上でその定理を証明する事ができる[25]。よってR-加群の図式に対して成り立つ性質、例えば前述の5項補題や蛇の補題は任意のアーベル圏で成立する。

具体例

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RR-R-Mod[14]Ab[14][14][14][14]


定理 ― をアーベル圏とすると、双対圏はアーベル圏である[27]

前述のように左R-加群の圏R-Modはアーベル圏なので、上記の定理から右R-加群の圏Mod-Rもアーベル圏である。


アーベル圏上でチェイン複体を定義できる事をすでに見たが、チェイン複体のなす圏はアーベル圏になる:

定理 ― をアーベル圏とすると、上のチェイン複体の圏はアーベル圏である[28]

アーベル圏の双対もアーベル圏になる事から上のコチェイン複体の圏もアーベル圏になる。以上の事からR-加群上のホモロジーコホモロジーをアーベル圏に一般化できる。


アーベル圏上の前層や層もアーベル圏になるので、層係数のコホモロジーもアーベル圏上で展開できる:

定理 ― Xを位相空間とし、をアーベル圏とすると、に値を取るX上の前層の圏およびの圏はいずれもアーベル圏である[29]

アーベル圏の前層がアーベル圏になるのは下記の事実から従う:

定理 ― をアーベル圏、を小さい圏とするとからへの関手の圏はアーベル圏である[30]

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出典

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(一)^ #MacLane p.205.

(二)^ Grothendieck (1957)

(三)^ abDavid Eisenbud and Jerzy Weyman. MEMORIAL TRIBUTE Remembering David Buchsbaum.  American Mathematical Society. 20231222

(四)^ David Buchsbaum. nLab. 20231222

(五)^ Buchsbaum (1955)

(六)^ #MacLane p.28, 194.

(七)^ ab#MacLane p.194.

(八)^ # p.177.

(九)^ additive category. nLab. 20231219

(十)^ additive category. Encyclopedia of Mathematics. 20231219

(11)^ #Rotman p.303.

(12)^ abc# p.178.

(13)^ # p,168,

(14)^ abcdefg#Rotman p. 308.

(15)^ ab#Rotman p.309

(16)^ ab# pp.174-177.

(17)^ abcd12.5 Abelian categories. The Stacks project.  Columbia University. 202419

(18)^ # p.180.

(19)^ abcd# pp.193-194.

(20)^ # p.193

(21)^ # p.189

(22)^ 12.13 Complexes. The Stacks project.  Columbia University. 202419

(23)^ #Rotman p.349.

(24)^ #

(25)^ ab#Mitchell p.151.

(26)^ #Rotman p.315.

(27)^ #Rotman p. 307.

(28)^ #Rotman p.319.

(29)^ #Rotman pp. 309-311.

(30)^ #Rotman p.310.

注釈

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(一)^ abelian#Rotman p.303#Mitchell p.33. #MacLane p.198

(二)^ #2222

(三)^ 

(四)^ #Mitchell#Rotman p.316.R-ModAbR-

文献

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参考文献

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  • 河田敬義『ホモロジー代数』岩波書店〈岩波基礎数学選書〉、1990年11月8日。ISBN 978-4000078047 
  • Saunders Mac Lane (2013/4/17). Categories for the Working Mathematician. Graduate Texts in Mathematics. 5 (second ed.). Springer Science+Business Media. ISBN 978-1-4757-4721-8 
  • Joseph J. Rotman (2008/12/10). An Introduction to Homological Algebra. Universitext (second ed.). Springer-Verlag (Originally published by Academic Press, 1979). ISBN 978-0-387-68324-9 
  • 玉木大(信州大学教授). “Abel圏でのホモロジー代数”. Algebraic Topology: A guide to literature. 2023年12月20日閲覧。

原論文

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その他の文献

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関連項目

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