南九州新聞
表示
南九州新聞 | |
---|---|
南九州新聞社(鹿児島県鹿屋市上谷町) | |
種類 | 夕刊発行 |
サイズ | タブロイド判 |
| |
事業者 | 南九州新聞社 |
本社 | 鹿屋市 |
代表者 | 代表取締役 米永新人 |
創刊 | 1955年(昭和30年)5月21日 |
廃刊 | 2022年(令和4年)12月28日 |
言語 | 日本語 |
価格 | 月極 1,950円 |
発行数 | 5,000部(公称) |
ウェブサイト |
weboosumi |
有限会社 南九州新聞社 | |
本社所在地 |
日本 〒893-0061 鹿児島県鹿屋市上谷町9-5-5 |
設立 | 1955年5月21日 |
業種 | 情報・通信業 |
資本金 | 1,800万円 |
従業員数 | 12人 |
南九州新聞︵みなみきゅうしゅうしんぶん︶は、かつて南九州新聞社が発行していた夕刊の地域新聞。鹿児島県の大隅半島を中心として約5,000部が発行されていた。
2022年12月28日付で紙媒体の発行を休止し、ウェブメディアに移行した[1]。
概要[編集]
日曜日・祝祭日・お盆・年末年始は休刊となる。通常4ページ立てのモノクロ構成。3面に﹃おおすみFMネットワーク﹄の番組表が掲載される。通常は大隅半島関連の記事が1面に掲載された。 学校行事をトップ掲載するなど、県紙の南日本新聞では扱いきれない細部の内容も記事化する。おおすみFMネットワークの朝ワイド番組﹃おおすみおはようラジオ!﹄に当新聞の過去記事紹介コーナーがある。沿革[編集]
●1955年5月21日 - 米永代一郎が全業務を受け持ち、旬刊新聞の﹁社会新報﹂として創刊。 ●1957年5月 - 紙名を現在の﹁南九州新聞﹂に変更し日刊化される。 ●1971年9月 - 翌年5月まで休刊。 ●1973年5月 - 有限会社となる。 ●1975年8月 - 現社屋に移転。 ●1977年4月 - タブロイド判となり、ラジオ・テレビ欄を設ける。 ●1977年10月 - ラジオ・テレビ欄を廃止する。 ●2000年4月 - ブランケット判となり、テレビ欄が復活する。読売新聞による地域紙記事写真配信サービスを受ける。 ●2009年9月 - タブロイド判に戻し、テレビ欄と読売新聞による記事配信サービスを廃止。 ●2022年12月28日 - 紙媒体の発行を休止し、ウェブメディアへと移行。本社[編集]
●所在地 - 〒893-0061 鹿児島県鹿屋市上谷町9-5-5 ●創業日 - 1955年5月21日 ●資本金 - 1,800万円 ●職員数 - 社員10名・従業員15名脚注[編集]
- ^ “1955年創刊「南九州新聞」が紙媒体の発行休止へ 28日付まで、ウェブメディアに移行”. 2022年12月28日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 南九州新聞の地域密着型情報サイト -現在の公式サイト
- WEB大隅半島(過去の公式サイト)[リンク切れ]