印南丈作
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いんなみ じょうさく 印南 丈作 | |
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生誕 |
神山 源太郎 (かみやま げんたろう) 1831年8月23日 下野国都賀郡日光入町本町 (現:栃木県日光市) |
死没 |
1888年(明治21年)1月7日 栃木県那須郡那須野村 (現・那須塩原市三区町) |
国籍 | 日本 |
職業 | 実業家 |
著名な実績 | 那須疏水の開削 |
印南 丈作︵いんなみ じょうさく、1831年8月23日︵天保2年7月16日︶ - 1888年︵明治21年︶1月7日︶は、江戸期及び明治期の実業家。矢板武とともに那須野が原開拓の功労者として知られる。
略歴[編集]
●1831年︵天保2年︶ - 下野国都賀郡日光入町本町︵現‥栃木県日光市︶に生まれる。出生名は神山源太郎︵かみやま げんたろう︶。 ●1850年︵嘉永3年︶ - 那須郡大田原︵現‥栃木県大田原市︶の印南丈七の養子となり、彼の長女・トメと結婚する。 ●1880年︵明治13年︶ - 矢板武とともに那須開墾社を設立、同社社長となる。 ●1885年︵明治18年︶ - 那須疏水開削を実現する。 ●1888年︵明治21年︶ - 現在の那須塩原市三区町の自宅にて死去。 ●1918年︵大正7年︶ - 従五位を追贈された[1]。その他[編集]
●那須塩原市の烏森神社に印南丈作頌徳碑が建立されている。出典[編集]
- ^ 田尻佐 編『贈位諸賢伝 増補版 上』(近藤出版社、1975年)特旨贈位年表 p.46