本庄道堅
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本庄 道堅︵ほんじょう みちかた、享保18年4月9日︵1733年5月22日︶- 宝暦10年4月26日︵1760年6月9日︶︶は、美濃高富藩の第4代藩主。
信濃小諸藩主・牧野康周の次男︵実父・牧野康重は本庄宗資の五男︶。母は大和田氏。婚約者は本庄道矩の娘︵本庄道倫の養女、婚姻直前に死去︶。正室は堀田正実の娘。官位は従五位下、大和守。
信州小諸に生まれる。先代藩主・道倫が嗣子なくして宝暦6年︵1756年︶に死去したため、その跡を継いだ。同年12月18日、大和守に叙任する。宝暦7年︵1757年︶には日光御祭礼奉行、宝暦9年︵1759年︶に大坂加番代などを歴任した。道堅にも嗣子がなく、宝暦10年︵1760年︶4月26日に28歳で死去すると、跡を養嗣子の道信が継いだ。法号は真源院寂誉澄海覚竜。