盛岡八幡宮
盛岡八幡宮 | |
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所在地 | 岩手県盛岡市八幡町13-1 |
位置 | 北緯39度41分43.5秒 東経141度9分50.1秒 / 北緯39.695417度 東経141.163917度座標: 北緯39度41分43.5秒 東経141度9分50.1秒 / 北緯39.695417度 東経141.163917度 |
主祭神 |
誉田別命(応神天皇、八幡神) を主祭神とし、他に ・春日大神 ・白山大神 を祀る。 |
社格等 | 旧県社・別表神社 |
創建 | 康平5年(1062年) |
例祭 | 9月15日(南部流流鏑馬神事) |
主な神事 | チャグチャグ馬コ(6月第2土曜日) |
地図 |
盛岡八幡宮︵もりおかはちまんぐう︶は、岩手県盛岡市にある神社である。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社に加列されている。盛岡の総鎮守とされ、神事のチャグチャグ馬コ、例祭の山車行事︵盛岡山車︶、流鏑馬神事で知られる。
アクセス[編集]
●JR東日本IGRいわて銀河鉄道盛岡駅東口5番のりばより岩手県交通バス利用。※は14番のりばからの路線。 ●﹁251・252 茶畑(中野一丁目)行﹂、﹁422・404・611・612﹂に乗車した場合、﹁八幡宮前﹂下車。 ●﹁401・402・403・423・※510﹂に乗車した場合、﹁山王下﹂下車。徒歩5分。 ●ただし、﹁八幡宮前﹂を経由する路線については、八幡宮の諸行事に伴い、経路変更する場合があるため、この場合のアクセス方法は、﹁山王下﹂を経由する路線に乗車した場合に準ずる[1]。歴史[編集]
康平5年︵1062年︶、源頼義が安倍氏討伐の際に、戦勝を祈願して石清水八幡を勧請したのに始まると伝えられる。﹁鳩森八幡宮﹂と称し、地元の豪族の日戸氏が代々崇敬した。 文禄2年︵1593年︶、南部氏が盛岡城を築城した際に城内鎮守の神社として再建された。延宝8年︵1680年︶、南部重信は青森より南部氏の氏神であった櫛引八幡を勧請し、鳩森八幡の御旅所のあった現在地に祀って﹁新八幡﹂﹁南部新八幡﹂と称した。明治に入って鳩森八幡を新八幡に遷座、さらに明治22年︵1889年︶、市内の白山神社を合祀した。 明治39年︵1906年︶、岩手護國神社が岩手郡東中野村茶畑から当社境内に移設される。 平成14年︵2002年︶に正面一の鳥居が建て替えられた。旧鳥居は宝暦13年︵1763年︶に南部利雄︵南部藩8代藩主︶によって築造された歴史のあるもので、境内の別の場所に移築されている。 2020年東京オリンピックの聖火リレーでセレブレーション会場となった、 聖火ランナーは公募により1万人程度が選ばれた、聖火リレーについて、 組織委員会は スポンサー企業4社と各都道府県実行委員会が行ったランナー公募に延べ53万5717件の応募があったと発表した [2]。施設・境内社[編集]
元々は八幡山の頂上の小祠を本殿としていたが、後にそれを囲むように本殿が建てられた。拝殿は八幡山の麓にある。 境内に笠森稲荷神社︵盛岡八幡宮境内地に元々あった神社︶、神明社︵盛岡市神明町の名の起こりとなった神社︶、梅宮︵安産の神︶、盛岡天神社、十二支の守り神を祀る各神社︵十二支神社︶、神宝殿のほか、岩手護国神社、霊璽簿奉安殿、戦没者遺骨奉安殿、岩手県神社庁がある。周辺[編集]
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ^ 6/8「チャグチャグ馬コ」交通規制に伴うバス運行について 岩手県交通
- ^ “聖火リレー、公募に延べ53万件応募”. 日本経済新聞. (2019年9月27日). オリジナルの2019年9月27日時点におけるアーカイブ。 2019年9月27日閲覧。