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船弁慶︵ふなべんけい︶は、上方落語の演目の一つ。﹃舟弁慶﹄とも表記する。
能の﹃船弁慶﹄を題材にした噺。
主人公宅での遊びの誘いをめぐる会話の場面、妻の登場および主人公によるエピソードの語りの場面、華やかな大川での船遊びおよび夫婦喧嘩の場面の3部からなる大ネタ。登場人物の漫才のようなユーモラスなやりとりが続くほか、はめものを用いた動きのある演技を行うのが特徴で、演者には体力と技量が必要である。
5代目笑福亭松鶴、2代目三遊亭百生、6代目笑福亭松鶴、5代目桂文枝、2代目桂枝雀らが得意としていた。
あらすじ[編集]
ある暑い夏の日の夕方、喜六が自宅で仕事をしながら留守番をしていると、友人の清八が現れて、船遊びの誘いにやって来る。清八は﹁今晩は旦那衆を誘わいで︵=誘わず︶、身近な友達ばっかりで行く。年増やけれども、芸者も揚げるさかい、ひとり3円の割り前や﹂と告げる。喜六は妻・お松に散財がばれてきつく叱られることを恐れ、そのうえ、これまで毎回おごってもらって遊んでいたために、顔なじみの芸者たちに﹁弁慶はん︵=常にお供をしている、という意味の花柳界における隠語︶﹂と呼ばれて馬鹿にされていたことから、一旦は誘いを断る。清八は﹁誰かが、おまえの顔見てひと言でも﹃弁慶﹄言うたら、俺が割り前払︵は︶ろたる﹂と約束する。
そこへ、お松が帰ってくる。喜六は仕事着を外出着に着替えているところをお松に見つかり、外出先について口やかましく詰問される。清八は﹁喧嘩している友達を仲直りさせるための会をミナミで開く﹂と嘘をついて、逃げるように二人で出かけて行く。喜六は道中、清八に対し、近所で﹁スズメのお松﹂﹁雷のお松﹂とあだ名される自身の妻の恐ろしさについて、以下のように語る。
ある日喜六は、イカキを持って焼き豆腐を買ってくるようにお松に命じられたが、間違ってコンニャク︵あるいは油揚げとも︶を買ってきてしまう。お松の顔色を見て間違いを察した喜六は走って市へ戻り、今度はネブカ︵=ネギ。あるいは大根とも︶を買って自宅へ戻る。イカキの中身を見たお松はニタリと笑い、猫なで声で﹁ああ、ご苦労はん。ちょっとあんさんに話ィあるよって、こっちィおいはなれ︵=来なさい︶﹂と言うなり喜六の胸ぐらをつかみ、室内へ引きずり上げ、服を引きはがしてうつ伏せに押さえつけ、背中に大量の灸をすえはじめる。﹁人がちょっと甘い顔したらつけ上がりくさって、ド性骨︵どしょうぼね︶入れ替えてこましたるさかい﹂﹁熱い!!﹂﹁熱いンなら、こないしたる。こっち来さらせ﹂お松は、喜六を井戸端へ引きずって行き、冷たい井戸水を頭から喜六に浴びせかける。喜六が﹁嬶︵かか︶、堪忍してくれ。冷たいわい﹂と懇願すると、お松は﹁冷たいンなら、こないしたる﹂と言って、ふたたび喜六に灸をすえる。井戸水と灸を何度も繰り返されるうち、喜六はやっと、買い物が焼き豆腐だったことを思い出した︵焼き豆腐は、水から引き上げられた豆腐を直火で焼いて作られる︶。
以上のことを聞いて驚きあきれた清八は、﹁おまえ、嫁はんどついた︵=殴った︶ことないやろ﹂と喜六にたずねる。喜六は﹁わい、カナヅチ振り上げてん。ところがうちの嬶、体当たりしてきよってな、わいが、あお向けにひっくり返ったら、上から馬乗りになって涙こぼしとる。﹃何も泣かいでも︵=泣かなくても︶ええやないか﹄﹃ああ、わての水洟︵みずばな︶だす﹄。こう言われたら清やん、どつけんもんやなあ﹂と言ってのろける。
話をしているうちに、ふたりは難波橋の船着き場に着き、通い舟︵大きな船にアクセスするための小舟︶を経由して、友人や芸者の待つ﹁川市丸﹂に乗り込む。割り前を払いたくない喜六は芸者が﹁弁慶﹂と言うのを待ち構えるが、清八が先回りして口止めしていたために見込みが外れる。飲み食いするうち、泥酔した喜六は服を脱ぎ、赤いふんどし一丁になる。清八は面白がり、自身も服を脱いで﹁赤と白の源平踊りや﹂と、ふたりで座敷を出て船尾で踊り出す。
一方、お松も、夕涼みに近所の友人と連れ立って北浜にやって来る。友人に言われて、お松が大川を見やると、船の上で踊る喜六と清八を見つける。﹁まあいややの、あれ、うちの人やないか。うそォつきさらしよったな﹂頭にきたお松は難波橋に駆けて行き、通い舟をつかまえ、川市丸へ向かう。
お松は川市丸の座敷に飛び込み、﹁あんた。こんなとこで何してなはンねん﹂と叫ぶなり喜六の顔をひっかく。喜六は驚くが、酒に酔っており、友達の手前もあって、﹁何さらすんじゃ﹂と言い返すなり、お松を川の中へ突き落としてしまう。川は腰までの浅さであったため、お松はすぐに立ち上がるが、怒りと恥ずかしさのあまりに気がふれて、流れてきた竹竿を手にし、﹁そもそもこれは、桓武天皇九代の後胤、平知盛、幽霊なり……﹂と﹃船弁慶﹄の﹁祈り﹂の段における知盛の霊を演じはじめる。
周囲が呆然とする中、喜六はシゴキ︵=三尺帯。あるいは手ぬぐいとも︶を借り、﹁その時喜六は少しも騒がず、数珠をさらさらと、押し揉んで﹂と言いつつ輪にして大きな数珠に見立てて、﹁東方降三世夜叉明王、南方軍荼利夜叉明王……﹂と、﹁祈り﹂の段の弁慶を演じて応じる。
橋の上に野次馬ができ、騒ぎ始める。﹁あれ何だすねん﹂﹁えらい喧嘩でんな﹂﹁弁慶やってんのが幇間︵たいこもち︶。川ン中ァ立ってンのが仲居でんな。夫婦喧嘩と見せかけて、﹃船弁慶﹄の俄︵にわか︶やってまんねやがな。こら、ほめたらなあきまへんで﹂﹁川の中の知盛はんもええけども、船の上の弁慶はんも秀逸秀逸。よう!よう!船の上の弁慶はん!弁慶はん!﹂それを聞いた喜六は、
﹁何ィ、﹃弁慶﹄やと?今日は、3円の割り前じゃい!!﹂