p進周期環
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数学の p進周期環︵ピーしんしゅうきかん、英: p-adic period rings︶とは、p 進数体に関係するある一群の環の総称である。p 進ホッジ理論や p進ガロア表現の理論、岩澤理論の研究に使われる[1][2][3]。ジャン=マルク・フォンテーヌによって導入された[4]。
性質
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p を素数、K を標数0の完備な離散付値体でその剰余体 kは完全体かつ標数が pであるものとする[5][4][6]。例えば p進数体 Qpの有限次拡大などがこのような体の例である[5]。剰余体が有限体であることは必ずしも仮定しない。これは剰余体が代数閉体である場合を扱えるようにしておくためである[6]。
K から p進周期環[7]と呼ばれる環 BdR, Bcrys
[注 1], Bstが構成される︵#構成参照︶。BdR は p進周期の体[9][10]、Bcrys
は crystalline period ring︵直訳: クリスタリン周期環︶[11] と呼ばれることもある。これらの環は次に述べる性質を持っている。
記号[注 2] 整数環が定義できる体 Fに対してその整数環を 𝒪F で表す。また体 Fに対してその代数的閉包を F、絶対ガロア群を GFで表す。CK を Kの完備化とする[注 3]。W を kに係数を持つヴィット・ベクトルの環 W(k) とし、その商体を K0 とする。K は K0 上の有限次完全分岐拡大になる。P0 を kに係数を持つヴィット・ベクトルの環 W(k) の商体とする。N を0以上の整数の集合とする。整数 nに対して Qp(n) で GKが円分指標の n乗で作用する Qp上の1次元ベクトル空間を表す[12]。CK(n) も同様。
BdR
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●BdR は完備離散付値体である[13]。その剰余体は自然に CKと同型である。BdR の離散付値を v、離散付値環 を B+
dR で表す。
●整数 iに対して付値が i以上の元からなる BdRの部分集合を Fili BdRで表す。これは BdRの減少フィルトレーションを定める。
●BdR には絶対ガロア群 GKが作用する。剰余体への射影 Fil0 BdR→ CKはこのガロア群の作用と可換である。
●GK の作用と可換な Qp線型な自然な単射 Qp(1) ↪ Fil1 BdRが存在する。この写像による0ではない元の像は BdRの素元になる。この自然な単射から任意の整数 iに対し自然な単射 Qp(i) ↪ Fili BdRが定まる。gri
Fil BdRと CK(i) は GKの作用も込みで同型である。
●BGK
dR = K
●BdRは Kをその有限次拡大に置き換えても変わらない。
●B+
dR は Kを含む[14]。これは自明なことではない[15]。
●B+
dR は離散付値から定義される位相を持つ[16]。これとは別に、定義 B+
dR ≔ lim← K⊗WW(R)/Ker(θK)m に現れる W(R) の位相の逆極限から得られる位相もある。Fontaine & Ouyang (2008, p. 93) はこの位相を natural topology︵直訳: 自然位相︶と呼んでいる。
●環準同型 s: CK→ B+
dR であって θ∘s が恒等写像となるものが存在する。ここで θ は B+
dR からその剰余体 CKへの自然な準同型である。しかし一意には定まらず GKの作用と可換にもならない。
Bcrys
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●Bcrys は GK作用に関して閉じている BdRの部分環である[13]。体の部分環なので整域である[17]。
●Bcrys は P0 と Qp(i) を含む︵i は任意の整数︶[13]。
●Bcrys は BdRの減少フィルトレーションから誘導される減少フィルトレーションを持つ。このフィルトレーションに関して gri
Fil Bcrys = gri
Fil BdRが任意の整数 iに対して成り立つ。これは形式的ローラン級数環 C⟦X⟧[X−1] と係数の絶対値が急減少するべき級数からなるその部分環との関係に似ている。
●Bcrys はフロベニウスと呼ばれる単射自己準同型 φ: Bcrys → Bcrys を持つ。これは次の性質を持つ。
●P0 のフロベニウスに関して半線型。
●GK の作用と可換。
●t ∈ Qp(1) ⊂ Bcrys に対して φ(t) = ptが成り立つ。
●Fil0 BdR∩ Bφ=1
crys = Qp
●BGK
crys = K0
●Bcrys も Kをその有限次拡大に置き換えても変わらない。
Bst
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●Bst は GK作用に関して閉じている Bcrys を含む BdRの部分環である[18]。体の部分環なので整域である[17]。
●Bst は usと書かれる一つの元で Bcrys 上生成される。us は Bcrys 上超越的なので[19]、Bst は Bcrys 上の一変数多項式環と同型な環である[18]。us は Kの素元 π の取り方によるので、Bst はこの素元の取り方に依存する環である。
●Bst はフロベニウスと呼ばれる単射自己準同型 φ: Bst→ Bstを持つ。フロベニウスの作用は Bcrys 上では Bcrys のフロベニウスと同じ。us には φ(us) = pusで作用する。フロベニウスは GKの作用と可換である。
●Bst はモノドロミー作用素と呼ばれる Bcrys 上の導分 Nを持つ。N は N(us) = 1 で定義され、GK の作用と可換である。
●フロベニウスとモノドロミー作用素は関係式 Nφ = pφN を満たす。
●BGK
st = K0
●BN=0
st = Bcrys
●Fil0 BdR∩ BN=0, φ=1
st = Qp
●Bstは BdRへの埋め込みを忘れれば Kをその有限次拡大に置き換えても変わらず︵モノドロミー作用素は分岐指数に応じて変わる︶、K の素元 π の取り方にも依らない。
構成
[編集]p 進周期環は次のように構成される。
BdR
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環 Rを射影系
の逆極限
R = lim← 𝒪K / p𝒪K
として定義する[20]。つまり、R は集合としては
𝒪K / p𝒪K
の元の無限列
(a0, a1, a2, ...)
であって
an = ap
n+1
を満たすもの全体である。また、環の加法や乗法は成分ごとに定義されたものである。
W(R)
を Rを係数とするヴィット・ベクトルのなす環とする。W(R) から Kの完備化 CKの整数環 𝒪CK への写像 θ を
で定義する。ここで、~an, m∈ 𝒪K
は、W(R)
の元
(a0, a1, a2, ...)
に対しその第 n成分
an = (an, 0, an, 1, an, 2, ...)
の第 m成分
an, m∈ 𝒪K / p𝒪K
を
𝒪K
に持ち上げたものである。θ は全射の環準同型である。また、その核は単項イデアルである。
R は自然に k代数になる[21]ので
W(R)
は自然に
W ≔ W(k)
代数になる。θ を
K
線型に延長した写像
K⊗WW(R) → CK
を
θK
とし、B+
dR を
で定義する。その商体を BdRとする。
Bcrys
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記号は前節と同じとする[14]。ξp を準同型 θ: W(R) → 𝒪CK の核の生成元とし、Qp ⊗Zp W(R) の部分環
WPD(R)
を
で定義する。WPD(R) の p進完備化を Acrys とし、B+
crys を
で定義する[22]。B+
crys は BdRに埋め込める。t を自然な単射 Qp(1) ↪ Fil1 BdRによる0ではない元の像とする[23]。Bcrys を
で定義する。
Bst
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記号は前節と同じとする[19]。π を Kの素元として、s = (sn)n∈N
を
π の 𝒪K における pべき乗根の系、つまり
s0 = π, sp
n+1 = sn
を満たすような 𝒪K の元の列とする。s ≔ (sn mod p)n ∈ Nと置くと、これは Rの元を定める。W(R) の元
[s]
を
s
のタイヒミュラー代表元とし、B+
dR の元
us
を
で定義する。右辺の級数は
θ([s]) = π であることにより
θ(π−1 ⊗ [s]) = 1
が成り立つので
B+
dR
で収束する。
Bst を
Bcrys 上
us
で生成される環として定義する。
脚注
[編集]注釈
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(一)^
文献によっては crys ではなく cris と書いている。Fontaine & Ouyang (2008) など。英語の crystal はフランス語では cristal である[8]。
(二)^
CKを除き Tsuji (1999, p. 1) に従っている。
(三)^
この記号は Brinon & Conrad (2009, p. 10) に合わせた。
出典
[編集]- ^ Brinon & Conrad 2009.
- ^ Fontaine & Ouyang 2008.
- ^ Colmez 2004.
- ^ a b Tsuji 1999, p. 1.
- ^ a b Fontaine & Ouyang 2008, p. 175.
- ^ a b Brinon & Conrad 2009, p. 7.
- ^ 中村 2010, p. 2.
- ^ crystal - French translation – Linguee
- ^ p進数
- ^ Brinon & Conrad 2009, p. 60.
- ^ Brinon & Conrad 2009, p. 131.
- ^ Fontaine & Ouyang 2008, pp. 4f.
- ^ a b c Tsuji 1999, p. 3.
- ^ a b Tsuji 1999, p. 7.
- ^ 中村 2010, p. 5.
- ^ Fontaine & Ouyang 2008, p. 93.
- ^ a b Fontaine & Ouyang 2008, p. 131.
- ^ a b Tsuji 1999, p. 4.
- ^ a b Tsuji 1999, p. 10.
- ^ Tsuji 1999, p. 5.
- ^ Brinon & Conrad 2009, pp. 50f.
- ^ Tsuji 1999, p. 8.
- ^ Tsuji 1999, p. 9.
参考文献
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●辻雄﹁Introduction to the theory of Fontaine on p-adic Galois representations (Algebraic Number Theory and Related Topics)﹂﹃数理解析研究所講究録﹄第1097巻、京都大学数理解析研究所、1999年4月、1-26頁、CRID 1050001202297633536、hdl:2433/63025、ISSN 1880-2818。
●中村健太郎﹁p-進表現論入門﹂﹃l進ガロア表現とガロア変形の整数論﹄︵PDF︶ 17巻︿l進ガロア表現とガロア変形の整数論報告集﹀、2010年。 NCID BB01563597。"参照先は﹁l進ガロア表現とガロア変形の整数論﹂報告集の原稿ページ"。
●Colmez, Pierre (2004), Fontaine's rings and p-adic L-functions
●Fontaine, Jean-Marc; Ouyang, Yi (2008). Theory of p-adic Galois representations 2023年3月21日閲覧。
●Brinon, Olivier; Conrad, Brian (2009). CMI Summer School notes on p-adic Hodge theory 2023年3月21日閲覧。