日本歴史地名大系 「亀山市」の解説 亀山市かめやまし 面積:一一一・一三平方キロ 県中北部に位置し、西北部は鈴鹿山脈で滋賀県と接し、東は鈴鹿市、南は津市・安(あ)芸(げ)郡芸(げい)濃(のう)町、西は鈴鹿郡関(せき)町に接する。鈴鹿山脈に連なる山間地では、北から安(あん)楽(らく)川・椋(むく)川・鈴鹿川・中(なか)ノ川が、安楽谷・白(しら)木(き)谷・関谷・昼(ひる)生(お)谷などの渓谷を形成、その間はそれぞれ独立した丘陵状の台地となり、東南に向けてしだいに低平化し、市域の東部で伊勢平野に合する。中心市街地は鈴鹿川と椋川に挟まれた台地上を東西に延びている。 〔原始・古代〕 縄文時代前期と後期の遺物が鈴鹿川北岸の野(のむ)村(ら)遺跡から発見されている。また弥生時代の遺跡は、その西部一帯と陰(いん)凉(りよ)寺(うじ)山付近の鈴鹿川流域部、および御(おん)幣(べ)川沿いの地(じぞ)蔵(うそ)僧(う)遺跡や中ノ川沿いにあった合(あい)生(おい)遺跡などがある。古墳は右の諸河川と椋川に沿う高燥地に広く分布し、木(この)下(した)・山(やま)下(した)・太(たい)岡(こう)寺(じ)・野村・阿(あ)野(の)田(だ)・菅(すが)内(うち)・井(いだ)田(が)川(わ)・川(かわ)合(い)・井(いじ)尻(り)・徳(とく)原(はら)・能(の)褒(ぼ)野(の)などに多数分布している。 天武天皇元年壬申の乱が起こると、吉野を出た大海人皇子の一行は伊賀・伊勢を経て美濃国を目指したが、その途中﹁川曲坂下﹂で休止したという︵日本書紀︶。当時はまだ、のちの東海道鈴鹿越が開かれておらず、加(かぶ)太(と)越で要衝の地、関︵現鈴鹿郡関町︶に出るのが、大和国から東国へ向かう主要道であった。関の東に位置する亀山地方は、古代交通上重要な地であったといえよう。﹁和名抄﹂に載せる鈴鹿郡七郷のうち、英(あが)多(た)・長(なが)世(せ)・鈴鹿・神(かん)戸(べ)の四郷は、亀山地方にあったと推定される。﹁延喜式﹂神名帳の県(あが)主(たぬし)神社は英多郷の中心にあったと考えられ、周辺には古代豪族の古墳群が多い。神戸郷は文字どおり伊勢大神宮に奉仕する鈴鹿神戸の地で、野村・野(のじ)尻(り)を中心とする地域であったと推定される。右の四郷とは別に、いつの頃からか安楽川上流部は安楽郷、中ノ川がつくる蛭(ひび)谷(るだに)の集落は昼生庄とよばれ、自然の地勢に従って独自の地域を形成していた。 〔中世〕 ﹁吾妻鏡﹂文治三年︵一一八七︶四月二九日条によれば、現亀山市域には、葉(はわ)若(か)・井(いじ)後(り)・安楽三ヵ村の後鳥羽天皇の後院領があった。そのほかに鈴鹿庄・英(あが)田(た)庄・辺(へん)法(ぼう)寺(じ)庄・豊(とよ)田(だ)庄・昼生庄などがあったと推定される。このうち後院領三ヵ村は﹁吾妻鏡﹂承久三年︵一二二一︶八月七日条によれば、承久の乱により幕府によって没収され、乱が平穏に帰したのを謝するため、北条政子より伊勢神宮両宮に寄進され、その御厨となった。﹁神鳳鈔﹂や﹁外宮神領目録﹂には葉若・井後・安楽の三御厨のほか、安(あ)乃(の)︵野︶田(だ)・豊田・和(わ)田(だ)・非︵野︶鼓などの御厨名がみえるので、中世初期の市域には、かなり多くの御厨や荘園が錯綜していたものと思われる。 亀山市かめやまし 2005年1月11日:亀山市と鈴鹿郡関町が合併⇒【関町】三重県:鈴鹿郡⇒【亀山市】三重県 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「亀山市」の意味・わかりやすい解説 亀山〔市〕かめやま 三重県北部,鈴鹿山脈南東麓から伊勢平野に広がる市。北西部で滋賀県に接する。 1954年亀山町,昼生村,井田川村,川崎村,野登村の4村が合体,市制。 1955年白川村,神戸村の各一部を編入。 2005年関町と合体。中心市街地の亀山は東海道の宿場町,城下町で,城は鈴鹿川北岸の河岸段丘上にあった。城跡の多門櫓は正保年間 (1644~48) に築かれた武器庫で,当時から残る唯一の建築物。現在も古い町並みや野村一里塚 (国指定史跡) に当時の面影が残る。明治以降は関西本線の機関区が置かれ,鉄道の町として知られたほか,周辺の養蚕業を背景とした亀山製糸や亀山ろうそくの生産などで栄えた。ろうそくは現在も輸出向けの美術ろうそくとして市の特産品。 1965年名阪国道が通じてからは電機,機械などの工場が進出,養蚕業はチャ (茶) の栽培に取って代わった。関,坂下も宿場町の面影を残し,関は伝統的建造物群保存地区に指定されている。安楽川上流の石水渓はキャンプ,ハイキングの適地で付近一帯は鈴鹿国定公園に属する。JR関西本線と紀勢本線の分岐点で,東名阪自動車道,伊勢自動車道,国道1号線,名阪国道などが集まる交通の要衝。面積 191.04km2。人口4万9835︵2020︶。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報