助郷(読み)スケゴウ

デジタル大辞泉 「助郷」の意味・読み・例文・類語

すけ‐ごう〔‐ガウ〕【助郷】

 
宿宿()()  

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精選版 日本国語大辞典 「助郷」の意味・読み・例文・類語

すけ‐ごう‥ガウ【助郷】

 

(一)  
(二) 宿宿宿1721
(三) 
 

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「助郷」の意味・わかりやすい解説

助郷
すけごう


宿宿()宿()1603816162163714

 16947宿10022()宿()()()宿172510()宿1020()()()

 宿()宿宿宿宿17646512()()()()20()宿()()宿18725



宿21975

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改訂新版 世界大百科事典 「助郷」の意味・わかりやすい解説

助郷 (すけごう)


宿163714宿1661-73宿16947宿宿宿宿2宿宿172510宿宿宿

 宿宿宿1751-64宿宿宿宿宿宿186815宿272


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百科事典マイペディア 「助郷」の意味・わかりやすい解説

助郷【すけごう】

 
宿宿()()()
 

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「助郷」の解説

助郷
すけごう

江戸時代,街道の宿駅で継ぎ立てるべき人馬が宿内でまかなえない場合に,これを補う周辺村々,またその負担のこと。主要街道では早くから事実上の助郷(相対助郷)がみられたが,参勤交代制の確立などにともなう交通量の増大で,1637年(寛永14)東海道などに助馬村が設定された。94~96年(元禄7~9)の助郷帳発給により,特定村を指定して伝馬役負担を強制する厳密な意味での助郷制(指定助郷)が確立した。各地の脇往還でも幕藩領主により同様の助郷が設定されていった。助郷の中心は恒常的にこれを勤める定(じょう)助郷だが,負担軽減のため大助郷・代(だい)助郷・加助郷・増(まし)助郷・当分助郷などが周囲に設定された。伝馬役を百姓固有の役とする観念ともあいまって助郷の範囲は拡大する傾向にあり,近世後期には免除訴願や宿・助郷間の抗争が頻発した。助郷の負担は大きかったが,宿駅並の特権獲得の論拠となったり,村内下層民には稼ぎの機会にもなった。1868年(明治元)新政府は海内一同の助郷を宣言し改革を進めたが,貫徹されず,72年伝馬役とともに助郷も廃止された。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「助郷」の意味・わかりやすい解説

助郷
すけごう

 
宿宿宿 ()  (7︿1694 1002210︿1725) 宿23105 (1872)   

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旺文社日本史事典 三訂版 「助郷」の解説

助郷
すけごう

江戸時代,宿駅常備の人馬の不足を補充するため,宿駅近傍の村々が伝馬人夫を提供させられたこと,またそれを課された郷村
最初は臨時で,宿の周囲2〜3里まで課されただけであったが,参勤交代など交通量の増大で恒常的となり,10里以上まで課され,金銭代納が多くなり一種の租税となった。農村疲弊の一因となり,百姓一揆が頻発した。

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世界大百科事典(旧版)内の助郷の言及

【伝馬騒動】より

…1764‐65年(明和1‐2)武蔵国を中心に起きた助郷(すけごう)役増徴反対の百姓一揆。64年8月,江戸幕府は中山道の伝馬助郷役不足の解決と,翌年にせまった日光東照宮百五十回忌の交通量増大に対処するため,増助郷(ましすけごう)課役の方針をうちだし,板橋宿から和田宿までの武蔵,上野,信濃28宿の村々に高100石につき人足6人,馬3疋の増助郷を命じ,人馬役負担の困難な村には代金として高100石につき金6両2分を提出させようとした。…

【問屋場】より


宿宿

※「助郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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